| 【下手の横好き 第18話】 |
| 単独行 |
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40歳直前で山歩きを始めた頃から、私は単独行だった。理由は単純。一緒に山に行く仲間がまわりにいなかったからにすぎない。 私のような初心者の場合、山岳会乃至はハイキングクラブに入って、まず人について山歩きをしながら山のイロハを学ぶ、というのがもっともオーソドックスで安全な山歩き入門コースだろう。しかし私はしょうのない性格で、人様から手取り足取りされて学ぶのが好きではない。やるべきことが出てくれば、たとえ回り道でも独学で知識を蓄えてきた。それに、中年男がいまさら初心者ですと頭を下げて、山岳会やハイキングクラブに入り、若い人の教えを乞うのにも抵抗感がないわけではなかった。というより、面倒くさかった。いつもの病気が出て、人に教わるより自分で実践したほうが早いと、行動に移ってしまった。 それでまず、山を歩く前に、登山に関する本や雑誌、ガイドブックなどを買い求めてひととおり予備知識を仕込んだ。 そのうえで、独りで山を歩いてみることにした。 初めての本格的な山歩きは、9月の八ヶ岳だった。歩くコースのイメージをガイドブックでしっかりと頭に刻み、行程表も地図やガイドブックと首っ引きで作った。そうしたうえで、行者小屋に泊まって、阿弥陀岳と赤岳を歩いた。 しかし机の上でプランを考えていたのと実際に歩いてみるのとでは、あたりまえだが大違いだった。中岳とのコルから阿弥陀岳にとりかかったときは、文字どおり胸突く急登に下りはどうなることかと不安に駆られた。いま考えるとばかばかしいかぎりだが、そのときは下りで転倒したら命がなくなるのではないかと恐ろしかった。快晴の頂上に着いても、そのことが頭を離れなかった。 下り道はえらく緊張し、たぶん傍から見たらみっともないへっぴり腰だったと思う。しかし実際に下ってみたら、一歩一歩慎重に足を運んでいるうちになんのこともなくコルに着いた。急斜面はとっついてしまえば見た目ほどたいへんでないらしいことがわかった。 その夜の行者小屋はぎゅうぎゅう詰めの満員だったし、帰りの電車もラッシュアワー以上の超満員で、とうとう茅野から八王子まで、デッキで身動きもままならない缶詰状態で立ち通しだった。連休の山歩きとはどんなものかがよくわかった。 こんな経験をひとつひとつ積んで、私は私なりの単独での山歩きのスタイルをつくってきた。すこしでも快適な山旅をする知恵も身につけてきた。 たとえば、夜行列車では指定席を取ったうえで、座席はほかの人に譲って自分は通路に銀マットを敷いてゆっくり身体を伸ばして寝たほうが疲れがすくない。混雑する登山口の駅ではタクシーの運転手と一緒に客引きまがいのことをして同乗者を募り、相乗りでバスより快適迅速に登山口に向かってしまう。山小屋にはできるだけ早く入って快適な場所を確保する、等々。 私が山歩きを始めた頃から、単独行は危険だということは言われてきたし、実際危険な山歩きをしていると私自身も自戒しつづけてきた。中年初心者が単独行で事故を起こせば、まず厳しく批判されることは間違いなかった。それ以上に、女房子供のいる自営業者は、山で怪我をして休業を強いられればその日から収入が途絶える。遭難死でもすれば、家族は路頭に迷う。なによりも山は遊びで、遊びで事故や怪我をしてはいけない。いきおい計画も行動も、慎重の上にも慎重になる。 そんなふうに山歩きをつづけていつの間にか25年がすぎた。その間、かなり危険なコースや厳冬期の山にも登ったが、私自身も怪我や遭難騒ぎを引き起こしたこともなく、同行者も無事故であったのはまったくさいわいなことだった。 もちろん、頑なに単独でばかり山を歩いているわけではない。山歩きをする友人は若干だがいて、そういう友人と山を歩くのは楽しかった。家族山行もずいぶんした。以前勤めていた会社ではハイキングクラブもつくった。そのどれもが、それぞれ楽しかった。 だがあらためて考えてみると、同行者のいる場合と単独行ではあきらかに山歩きの味わいが違うような気がする。どちらがいいということではなく、あきらかに違う山歩きになるということだ。 単独行は他人が介在しない分、山との距離が近くなる。山歩きの密度が濃くなる。ものを言わない分だけ、目や耳や皮膚の感度が研ぎ澄まされてくる。 それに当然のことだが、自由度は大きくなる。私は山歩きを百%スポーツだとは考えていない。スポーツであると同時に、日常からかりそめに脱出する旅でもあると考えている。旅はやはり自由でなければ味わいは深まらない。 もっとも、単独で山歩きをする人間にはある共通項があるのかもしれない。独りでいることが怖くない、あるいは苦痛に感じない人間でないと、単独行登山はできない。 私自身を考えてみると、たしかにそうだ。一日中山に独りでいて誰と口をきかなくても何も苦痛を感じない。普段でも他人とべたべたつきあうのはあまり好きではない。別段人間嫌いというわけでもないが、たとえば誰かと酒を飲む場合でも、大騒ぎをするより静かに語り合いながら飲みたい口だ。 結局いい悪いや比較の問題ではなく、登山者の性向の問題なのだろう。 それにおもしろいことに、単独で何日もの縦走をしていると、だんだん人懐こくなってくる。ちょっとしたきっかけで他人と話したくなってくる。たぶん人恋しさがそうさせるのだろう。単独行者同士、そういう心情は共通してもっていて、山では見知らぬ単独行者とけっこう楽しく語り合うことが多い。ときには意気投合する、などということもある。 だが、こっちが単独で先方がグループだと、まずこういう関係はつくれない。グループには見えないバリアができてしまって、外部の人間を拒む。そういう意味では、単独行者のほうが開放的であるともいえる。すくなくとも、単独行者=偏屈な人間嫌いではない。 山で写真を撮るようになって、いっそう単独行が楽しくなった。独りなら、これはと思う花や景色を目の前にして、ゆっくりカメラを構えることができる。しかし同行者がいるとそうはいかない。待っていられると気が気ではなくなり、写真撮影に落ち着きがなくなる。家内などは心得ていて、私が写真を撮りだすと一人で適当なところまで歩いて休憩しているが、それでも単独行のように落ち着いて被写体に向き合うわけにはいかなくなる。思いが嵩じれば、もう一度この季節に一人でここへ来ようと、残念な気持をかかえながら歩き出さざるをえなくなる。べつに同行者が悪いわけでもないし、同行者が煩わしいわけでもないが、誰かが一緒で、今日の山歩きは写真は捨てようと思ったことは数かぎりなくある。 うまい下手はさておき、写真とは、レンズを通して山や花と向き合う、対話するということで、これはやはり単独がいちばんいい。大勢で行く山岳写真の撮影ツアーが悪いとははいわないが、やはり感性が最も研ぎ澄まされ、密度の濃い山との対話ができるのは単独行だ。写真撮影にかぎらず、登山そのものがいわば山との対話のようなものだから、やはりもっとも密度の濃い山歩きの形態は単独行だと私は思う。 単独行登山は、山中で出会う危険も含めて、すべてのことを自分ひとりで引き受けなければならない。その分、孤独の中で自分をコントロールする力がなければできないし、また、自己コントロール能力が自ずと身についてくるのではないだろうか。単独行者性善説をとるつもりはないが、感性を鋭く磨かれ、否応なく自己を律する結果、たとえ傍目があろうとなかろうと、自分の行動を常にコントロールし、たとえば山でごみを捨てたり、花や樹木を折り取ったりということをする人はすくないのではないかと思う。 単独行登山は危険だとよく言われ、たしかにそうだと思うが、言われているほど単独行者が遭難事故を起こしているのかどうか、疑問も感じている。単独行者が事故を起こすとメディアに取り上げられることが多いが、単独行とそうでない場合の登山者総数に対する事故率はどうなのだろうか。 たしかに単独行はいったん事が起き、周囲に誰もいなければすべてを自分で対処しなければならず、事故率はかなり高くなる。それだけ計画も行動も慎重になるし、山に対して敬虔にもなる。こういう人が簡単に遭難するとは、私自身の経験からも思えない。 問題は単独か否かではなく、山歩きのノウハウが身についているかどうかではないだろうか。山歩きのノウハウが身についている登山者なら、単独であれパーティーであれ、そう簡単には事故を起こさない。 もっとも危険なのは、たとえば観光会社のパックツアー登山などでそれなりの山を何回か経験し、その結果自分はそれなりの経験があると錯覚して単独で山に出掛けるケースなどではないのだろうか。 とまあ、単独行登山礼賛をいろいろ言ったが、要は人に迷惑をかけずに、自然に優しく、山歩きができればどんなスタイルでもいい。しかしこれが、言うは易しく、行うは難い。 それにしても、中年からの単独行登山といい、犬連れ山歩きといい、世間から冷たい目で見られがちなスタイルで山歩きを行なっているのは、いかにも大勢に順応することを潔しとせずに生きてきた私らしいスタイルだと我ながら思う。ヨワイ六十を過ぎて、近頃こころもち角が取れてきたかなとも思うが、人間の性癖はそう簡単に変わらない。このごろは中年単独行登山を卒業し、初老単独行登山になってきたので、よけい始末が悪い。 三浦雄一郎さんのような怪物には遠く及びもつかないが、せいぜい彼の爪の垢でも煎じて飲ませてもらって、私もまだまだ当分、多少は緊張を強いられる単独行登山をつづけようと思っている。 |
| (2003年7月20日) |
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