【下手の横好き 第54話】


ちあきなおみ礼賛




 ちあきなおみという歌手を私が知ったとき、彼女はもう歌の世界から姿を消していた。

 きっかけは、2005年12月24日にNHK−BS2で放映された『歌伝説 ちあきなおみの世界』だった。それまでもちあきなおみを知らなかったわけではないが、「喝采」を歌った歌手程度の認識しか私はもっていなかった。長年バロック音楽を中心にしたクラシックになじんでいた私は、たまにカラオケで気に入りの歌を歌うことはあっても、歌謡曲に特段の関心も思い入れもなかった。

 しかしこの90分番組を観て、日本にもこんなすごい歌手がいたのかとびっくりした。ちあきなおみの創り出す歌の世界の奥深さ、怪しい魅力、歌唱力の特段の高さと変幻自在さにある種のカルチャーショックとでもいっていいような衝撃を受けた。ちあきなおみは歌謡曲の世界などに収まりきらない、すさまじい歌の世界を現出させる、とんでもない歌手だった。

 番組は、ちあきなおみの歌手活動を編年体で構成しており、前半の若い頃の歌には聴き知ったものもあるが、ほとんど興味を覚えなかった。だが後半になると、私の知らない歌ばかりになったが、彼女のつむぎ出す歌の世界は俄然怪しく、奥深く、変幻多彩になり、その変幻多彩な歌につれて歌手が自在に姿を変えていく。歌謡曲、ポップス、ジャズ、シャンソンなどというジャンルを軽々と超えた歌のかずかずは、初めて体験する新鮮で衝撃的な世界だった。

 ちあきなおみが繰り広げてみせる演歌の世界はもちろん素晴らしい。この番組に触発されて数枚のCDを手に入れ、飽きもせずに繰り返し聴き入ってあらためてわかったのだが、並の演歌歌手がやるように彼女は声をかぎりに絶唱する歌い方をあまりしない。余裕をもった声量で、含みをもたせ、聴く者を誘い込むように歌う。特に、掠れたようなピアニッシモで歌う高音の表現は他の歌手には真似のできないテクニックだ。裏町の安酒場を店じまいして故郷に帰る女の哀切を歌った『紅とんぼ』や、届かぬ恋の想いに溜息をつく女のじれる心情を歌った『君知らず』などはこのテクニックを充分楽しませてくれる。

 もちろん、フォルティッシモで創り出すドラマチックな世界は迫力充分で感動的だ。世の中から零れ落ちてしまった孤独な女のつっぱった心境を歌った『かもめの街』では、歌い出しの静かなモノローグから、一転してフォルティッシモで自分の姿を投影してかもめに歌いかける哀切と高揚のないまぜになった表現には圧倒される。

 歌詞をじつによく消化して、自分の創るべき世界、言葉の機微を一曲の中で過剰と思えるほどに脚色して、ちあきなおみは単なる歌の世界を超えた人生のもの哀しさを繰り広げてみせる。ちあきなおみの歌には、演劇と共通した可視的な世界を感ずることができる。

 ちあきなおみは歌を物語として"演じる"ことのできる歌手で、不思議な世界にやすやすと聴く者を引きずり込んでしまうが、『歌伝説 ちあきなおみの世界』で、アメリカ民謡「朝日のあたる家(朝日楼)」の日本語バージョンを聴いて、そのリアルな表現力に言葉もなかった。孤独な女が最後に辿り着いたニューオリンズで春をひさいで身も心もぼろぼろになり、こんなふうになったら人生おしまいよと自虐的に歌う世界には、凄まじいばかりの現実感が漂っている。ファンの間で絶品と評されているらしいが、それは充分わかる。こんな歌を歌えるのはちあきなおみだけだろう。

 一緒に暮らしている男になにくれとなく世話をやき、揚句に男に去られてしまう、歌で演じる一人芝居の「ねぇあんた」も、純心だけが取柄の幼稚な女のすぐ脇に本当に男がいるようなリアルさを感じられる、不思議な世界を演じている。

 自分が歌いたい歌だけを歌いたいというちあきなおみが、歌謡曲、ニューミュージック、ジャズ、シャンソンなどさまざまな歌の世界を遍歴した果てに辿り着いたポルトガルのファドでは、人間の嫉妬心や所有欲を"憑き物"といっていいまでに怪しく表現して、まさにちあきなおみの世界である。

 そのちあきなおみが、1992年9月にいっさいの活動を停止して、歌の世界から消えてしまう。多くのファンや関係者から熱い復活の声があがっているにもかかわらず、彼女は再び歌の世界に戻ってはこなかった。

 そんなファンの声に応えるように、『歌伝説 ちあきなおみの世界』が2005年11月6日にNHK−BS2で初めて放映される。不要な解説などを入れず、ちあきなおみの魅力をたっぷりと盛り込んだこの番組は視聴者の反響を呼び、放送直後から再放映の希望が放送局に多数寄せられ、同じ月の24日にはハイビジョンで早くも再放映され、さらに翌12月24日のクリスマスイブにはNHK−BS2で再々放映される。私が観たのはこのときのものである。

 その後もなお視聴者の再放映の要望はやまず、翌06年2月25日にはNHK総合テレビで再々々放映、同年6月15日にはまたもやNHK−BS2で再々々々放映、さらに翌07年8月9日にもNHK−BS2で再々々々々放映されるというロングラン状態が続いた。私も都合3回この番組を観、最後の放映はビデオに録画した。

 このほかテレビ東京の『たけしの誰でもピカソ』でも民放初の本格的な特集番組が組まれた。

 引退後十数年してなお、ちあきなおみの歌の世界にいかに多くの人が魅了されているかの証左であろう。

 ちあきなおみは1978年に俳優の郷^治と結婚したが、92年9月11日に郷が肺癌のため死去。夫の遺体が荼毘に付されるとき、柩にしがみついて「私も一緒に焼いて」と号泣したという。これを機にいっさいの芸能活動を停止して、その後、公の場所にはまったく姿を現していない。夫に先立たれて、歌う心が萎えきってしまったのだろう。人間の情念を凄まじいばかりに歌いあげた歌手の、歌の世界そのものを彷彿させる話ではないか。

 そういえばちあきなおみの歌には「喝采」「冬隣」など、彼女の運命を予見したような歌がいくつかある。男に去られた女の孤独と哀切を歌った作品も多い。

 引退後もちあきなおみの人気は衰えず、毎年のようにベスト盤などのCDがリリースされ、よく売れているらしい。オンラインショッピングでちあきなおみの作品を選ぼうとすると、現在でも200近い商品が出てくる。

 ちあきなおみの歌はテレビCMにも登場している。

 水原弘のオリジナル曲「黄昏のビギン」は、1991年にリメークされ、水原弘の渋い雰囲気とはひと味違った、ちあきなおみらしくない素直でしっとりとした恋歌に生まれ変わり、京成電鉄・スカイライナーのテレビCMに使われた。

 戦後間もなく小畑実が歌った「星影の小径」も、素晴らしい編曲とちあきなおみの歌唱力でオリジナルとはひと味もふた味も違うファンタスティックで透明な恋歌に生まれ変わり、AGFマキシム・レギューラーコーヒーやキリンビバレッジの「実感」のテレビCMに流れた。

 こうした曲がテレビから流れてきたのを初めて聴いたときには、ずいぶん昔に聴いた曲とはまったく違った新鮮なイメージに、私も、おやっ、と耳を澄ませたのを覚えている。「誰が歌っているのか」との問い合わせが放送局に多数寄せられるなど話題になったらしい。

 ちあきなおみは、美空ひばりと並ぶ2大天才歌手といわれている。だがそう称されている割には、熱狂的なファンを除けば、その人気は美空ひばりに比べようもなく、知られている歌も少ない。彼女の実力に対して過小評価されていると思われてならないが、どうしてなのだろうか。

 歌も歌手もそれぞれ好みがあり、優劣を比較するなど無粋で無意味であるが、敢えていえば、美空ひばりが常にファンのために歌った歌手であったのに対し、ちあきなおみは自分のために歌い続けた歌手であった、といえないだろうか。

 ちあきなおみの歌唱力、表現力は誰もが認めるところである。1972年には「喝采」で日本レコード大賞も受賞している。どのCDを聴いても、けっして手を抜かず、実に丁寧に歌詞と曲の内包する世界を最大限に表現した、完成度の高いものになっている。歌謡曲を歌っても、あるときはド演歌、あるときはジャズ風に、またはシャンソン風にと、あらゆるジャンルをないまぜにして、しかも無理なく歌い上げてしまう。どんなアレンジの曲にも対応できる才能をもった歌手、日本の歌謡曲にリアリズムを持ち込んだ、稀有な歌手である。作曲家の船村徹が「音符の裏を読んで歌う歌手」と彼女を評したそうだが、まさに作詞家や作曲家の意図を超えた世界を表現できる歌手であるということだろう。

 ちあきなおみのもうひとつの魅力は、上述の「黄昏のビギン」や「星影の小径」のように、他人の持ち歌を多数歌っていることだろう。しかもそのどれもがオリジナル曲を凌駕して、ちあきなおみの歌にしてしまっている。古い流行歌が、ちあきなおみによって新しい息吹きを吹き込まれ、私たちの前に甦ってくる。

 特に男歌がいい。若い頃に私が好きだった青木光一の「男の友情」などは、オリジナルの透明感のある歌から、ややスローテンポの情感を込めた歌い方で、空を見上げて東京に出て行ってしまった旧友を思う若い男の屈託を余すところなく表現して、まさに熱唱、オリジナルを超えてしまっている。岡晴夫や春日八郎など、戦後を代表する歌手の歌も、オリジナルを超えたちあきなおみの歌にしてしまっている。

 石原裕次郎の歌などは、歌手のイメージが強すぎて、誰が歌っても歌いにくい歌だろう。しかし「夜霧よ今夜もありがとう」「泣かせるぜ」「粋な別れ」とどの歌を聴いても、換骨奪胎の編曲の妙とちあきなおみの歌唱力、表現力でオリジナルとはまったく違う歌に仕上がっている。

 普通の女性歌手が男歌を歌っても多分さまにならないことが多いだろうが、ちあきなおみは男歌を男になりきって歌詞を解釈し、歌う。だから違和感はまったく感じない。女性歌手が男になりきって歌う男歌は、オリジナルとは違った怪しい世界をかもし出す。自らの個性を殺すことなく、他人の歌を難なく歌いこなしてしまう才能はまったく見事というしかない。

 天才肌で職人気質のちあきなおみは、その歌遍歴の中で絶えず変身し、成長しつづけてきた。多彩な才能と作品をもったそのちあきなおみが、世間では意外なほどに理解されていない。ちあきなおみってどんな歌手、と訊かれれば、多くの人がかつての私同様、「喝采」の歌手、と答えるのではないだろうか。どんなジャンルの曲も軽々と歌いこなしてしまうちあきなおみの才能が、逆に彼女のイメージを弱めてしまっているのかもしれない。

 もともと人前に出るのはあまり好きではない性格だったようで、おまけに売れることにもあまり欲のない人だったらしい。1988年の紅白歌合戦に11年ぶりに復帰したとき、「何でいまさら…」とつぶやいたというエピソードなどはそのあたりのこと物語っていよう。演歌もあまり歌いたくなかったようで、自分の歌の世界を求めて遍歴を繰り返した彼女は、業界からみれば使い勝手のいい歌手ではなかったのかもしれない。だからその素晴らしい才能にもかかわらず、芸能界で大成功するチャンスに恵まれなかったのだろう。

 そのいい例が「矢切の渡し」だろう。この歌は1988年に細川たかしが歌って、前年の「北酒場」に続いて2年連続でレコード大賞を受賞したが、実はちあきなおみが1976年に発表したオリジナルのカバーバージョンなのである。

 オリジナルは「酒場川」のB面に収録されたが、あまり売れずに廃盤になってしまった。ところが1982年に梅沢富美男主演のTVドラマに使われたことをきっかけに有線放送にリクエストが殺到、急遽再リリースされた。

 しかし当時ちあきなおみはコロンビアからビクターに移籍していて、ジャズやシャンソンを集めたアルバム作りを中心とする歌手活動に注力していて、再びこの曲を歌うことを拒んだ。このままでは大ヒット曲が生まれるせっかくのチャンスを逃してしまうとあせるコロンビアに対して、細川たかしサイドがこの曲を熱望、そして結果は細川たかしのレコード大賞受賞に終り、ちあきなおみの「矢切の渡し」は幻の作品に終る。

 ちあきなおみは運のない人だったというよりも、自分の歌の道を極めるために運も捨てた、ということだろう。

 ただし、ちあきなおみのオリジナルと細川たかしのカバーバージョンを比べると、作品のもつ深みは雲泥の差である。細川たかしはこの歌を例によって気持よく音吐朗々と歌い、歌に味も素っ気もない。「矢切の渡し」は歌詞をしっかり読めばわかるが、親の心にそむいて故郷を出奔するために、冷たい雨の降る夕暮に小さな渡し舟に乗って見えない未来に不安を抱えながら踏み出す男と女の物語である。女は男の心変りの予感に震えて、「見捨てないでね……」と懇願し、「どこへ行くのよ……」と小さな声で問う。ちあきなおみはこの男と女の不安と喜び、戸惑いと決意が交錯する遣り取りを、男と女の心情できちんと歌い分け、余韻嫋嫋の作品に仕上げている。ちあきなおみの「矢切の渡し」には人間ドラマがあるが、細川たかしの「矢切の渡し」からはいっさいそれが感じられない。

 ちなみに「矢切の渡し」がヒットしはじめ、ちあきなおみのオリジナルと細川たかしのカバーバージョンが並存していたころ、有線放送のチャートでは常にちあきなおみの「矢切りの渡し」の方が順位が上だったそうである。

 上述の『歌伝説 ちあきなおみの世界』のなかでも作曲者である船村徹が、細川たかしのような歌い方なら誰でも歌える、「矢切の渡し」はやはりちあきなおみのように歌わなければいけないと言っている。この歌の人気に火をつけた梅沢富美男も、ちあきなおみの歌でなければ踊れないと言っている。

 ファンだけでなく、ミュージシャンにもちあきなおみの復帰を願っている人は少なくないらしい。歌手として絶えず成長しつづけ、人生の哀しさ奥深さを怪しいまでに表現してみせるちあきなおみが、今ふたたび歌ったらどんな世界を見せてくれるだろうかと私も思わないこともない。ちあきなおみなら、60歳で歌えば60歳の世界を、70歳で歌えば70歳の世界を変幻自在に表現して見せてくれるかもしれない。

 半面、テレビのナツメロ番組などで往年の人気歌手が歌唱力の衰えた無残な姿をさらしているのをみると、ちあきなおみのこんな姿だけは見たくない、とも思う。

 不世出の天才歌手・ちあきなおみは、やはりこのままそっとしておくのがいい。

(2007年10月9日)

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