ムックと共に


第27話 登山と犬(2) 雑草の運び屋は誰だ



 
今回は犬連れ登山と山の植生について考えてみる。

 磐梯山で指摘された、雑草の種を犬が山中に持ち込むという点だが、インターネットで調べていたらこの典型例が白山にあった。 

《「犬連れ」が種子運ぶ同伴お断り》と題されたこのページによると、昨年の7月らしいが、白山の登山道や室道周辺にオオバコやスズメノカタビラなどが群生していることが石川県自然保護センターなどの調査で発見されたという。白山にも最近犬連れ登山者が増え、犬の体毛につきやすい低地の植物が山岳地に運ばれて繁殖した可能性が大きいとみられ、登山者にマナーの徹底を求めるという。

 マナーの徹底とは具体的に何かはこのホームページに明記していないが、県自然保護センターは「犬の糞に含まれる菌についても、高山植物に変化を及ぼす懸念材料となっており」白山登山バスを運行する北陸鉄道に犬連れ客の乗車拒否について協力を求めるという。犬原因説に立ち、犬を山に入れないようにと登山者に求めている。現状はどうなっているのかと石川県のホームページを開いてみると、

《白山登山に関するお知らせ》に「犬などペット連れの登山はお止めください」とある。

 私も白山には夏に一度登っており、ハクサンコザクラ、ハクサンイチゲ、クロユリ、コバイケイソウなど、ハクサンの名を冠せられた花々を初め、豊かな植物群がいたるところに見事なお花畑をひろげ、稜線からの槍穂を初めとする雄大な展望とあいまって、楽しい山旅を経験したものだった。

 白山に展開するこの豊かな高山植物の生態系が乱れるおそれがあるとは大問題だ。適切な対策を講じてこれを防がなければならないという点については誰も異論があるまい。

 原因が解明されたわけではないが、登山者が連れて入った犬が運び屋の可能性大と県自然保護センターが推測し、犬連れ登山の自粛を求めているのはまず致し方あるまい。迅速な対策が必要なこの段階では、可能性のもっとも大きな要因をシャットアウトすることが必要だ。

 このメッセージを見ただけで、私は犬を連れての白山登山は諦める。

 だが同時に、犬連れ登山を禁止しただけで問題は解決するのか、という疑問を禁じえない。オオバコやスズメノカタビラの種子は本当に犬の毛について白山に運ばれたのか。犬以外のルートは疑わなくていいのか。

 素人の私がこんなことを言わなくても、石川県自然保護センターは多分実証的な原因究明を行っているのだろう。問題は白山の植生を守ることだから、犬以外の原因がもしあるなら、それも潰さねばいっとき駆除をしてもまた白山に雑草がはびこるかもしれない。

 オオバコの種子の特性を調べてみた。オオバコの種子は濡らすとぬるぬるした液を出し、この液によって人間の靴裏などにつき、別の場所に運ばれて繁殖するという。私が見たホームページでは、近年伊吹山の登山道などでもよく見られるようになり、多くの人が伊吹山に登るようになったためではないかと書いてある。このためオオバコは、人がどの程度自然の中に入り込んでいるかを知る指標植物になっているという。

 オオバコの種子のこの特性からすると、犯人は犬よりもむしろ人間の可能性が大だろう。

 そもそも犬連れ登山者は自宅から車に犬を乗せて登山口までやってくる。途中でオオバコの生えている草地や道を歩かせないかぎり、犬の足裏にオオバコのつく可能性は非常に少ない。ましてや種子の特性からすれば「犬の体毛につく」ことは考えられない。もし登山口のオオバコを山中まで運び込んだとしたら、オオバコは人によく踏まれる道などに生えているから、犬だけでなく人間も運び屋になる。

 より可能性の大きな運搬道具は登山靴だと考えるのが自然だろう。オオバコの種子を登山靴が踏み、靴裏の土が山中でこぼれ落ち、それによってオオバコが新しい土地で繁殖しはじめる。伊吹山の例はまさにこのことを物語っているし、後述する尾瀬でも同じ問題が発生していることがそれを証明している。尾瀬で登山者が犬を連れているのを見たことがないが、オオバコを初めとする多くの“雑草”が進入し、問題化している。

 したがってもし白山からオオバコを断固シャットアウトするなら、犬連れ登山を禁止しただけでは不充分で、登山者が運び上げるオオバコをどうするかを真剣に考えねば問題は解決しないだろう。むしろこちらこそ根本問題で、早急な対策が必要だ。

 スズメノカタビラはどうか。これは人家の周りにどこにでも見られるイネ科の植物で、写真を見ればああこの雑草かとどなたもわかるだろう。一年中といっていいほど始終花を咲かせ、結実する。麦畑やゴルフ場の芝生にこの草がはびこり、除草しているという。

 イネ科のこの草は、種子の特徴からすればオオバコ以上に犬の体毛につきやすい。しかし草丈が低く、実がいつも地上にこぼれているから、オオバコ同様登山靴について山中に運ばれる可能性のほうが大きい。山に入る人間の数と犬の数を比べてみれば、どちらがこうした雑草の種を高山に運び込む可能性が大きいかは考えるまでもなく明らかである。

 それでもまだ犬が犯人だという人のために、産経新聞の次の記事を紹介しよう。

 第36次南極越冬隊のラングボブデの「ぬるめ池」にある観測小屋の近くで、隊員がイネ科の植物を確認した。南極大陸では初めての発見だったという。持ち帰ってサンプルを調べた結果、世界中で見られる「オオスズメノカタビラ」であると判明した。観測隊の物資に付着して運ばれたか、トウゾクカモメのフンなどで南極に近い島から運ばれた種子が発芽したものと推定されているという。

 これを読めば、犯人の可能性は登山者や犬だけではないようである。白山でも昨年はビジターセンターの改築工事を行っていたようだから、資材や建設機材に付着してこうした雑草の種子が入り込んだ可能性も否定できない。スズメノカタビラは鳥の餌になるから、野鳥が運び屋になる例もあるだろう。

 犯人探しもさることながら、さらに考えねばならないのは、こうした雑草の進出による植生の変化とは具体的に何かということである。一般的に、こうした雑草が山中で繁殖すると、即、高山植物の生育地が雑草に占拠されてしまうというイメージを抱きがちだ。白山の例を読んだとき、私もそういうイメージを抱いた。しかし果たしてそうなのか。

 本来山中に存在しない平地性植物や帰化植物を移入植物というそうだが、尾瀬の場合、白山で問題になっているオオバコやスズメノカタビラを含め、47種が確認されているという(『代償植生概念――移入植物はほんとうに高山植物を駆逐してしまうのか?』)。この『代償植生概念』によると、もともと尾瀬の移入植物は明治時代にダム工事計画の測量調査や工事の際に入ったのがそもそもの始まりで、また山小屋の建築材料物資をヘリコプターで運搬した際に侵入したものがほとんどらしい。その証拠に、山小屋周辺に数多くの移入植物が見られるという。「確かに多くの登山者は都会に住んでいて、ここへ来るまでの間はアスファルト上を歩くし、車やバスを利用しての入山がほとんどなので、靴底に泥がたくさんついているとは考えがたい」とこのホームページの著者は記しているが、私もまったく同感で、犬の場合も事情が違うとは思えない。

 もちろん登山者が運び屋でないと断定できないから、現在は登山道の入口に靴底の泥を除去する装置を備えて入山者を“指導”しているが、いろいろの理由で実効はあがっていないらしい。これらの移入植物はみな繁殖力が強いために高山植物を駆逐してしまう可能性があるという考えのもとに、除去作業を行い、たとえば1999年には山ノ鼻で120kgの移入植物の除去を行ったが、尾瀬保護財団によると「毎年除去作業をするもののまったく効果が見られず、年々増えているように思う」状況らしい。

 これは植物の生態からすれば当然なことだと『代償植生概念』の著者は言う。ある植物を除去すれば、短期的には植物は育たなくなるが、やがてその状況に適応した別の植物が必ず侵入してくる。

 では、こうした繁殖力の強い“雑草”が進出すると、高山の湿原やお花畑はみな雑草にとって代わられてしまうのか。雑草=強靭な繁殖力という先入観念を脇に措いて、移入植物の繁殖力について冷静にみてみよう。

 たとえばオオバコやスズメノカタビラは踏み固められた地面に生えているので繁殖力が旺盛だとみられているが、踏みつけの少ない場所や日陰、背丈の高い植物の中にはけっして生えていない。オオバコやスズメノカタビラにとってそのような環境は生育しづらく、他の植物に駆逐されてしまう。つまりオオバコやスズメノカタビラにとっても一定の生育条件の整った環境でしか生きることはできず、彼らが無条件で他の植物を駆逐するほどのオソロシイ繁殖力をもっているわけではない。

 ここでさきほどの《「犬連れ」が種子運ぶ同伴お断り》をもう一度よく読み返してみると、オオバコやスズメノカタビラなどが群生しているのは「白山の登山道や室堂周辺」で、具体的には、オオバコの群生地は標高1970mまでの登山道沿いに数箇所、スズメノカタビラは「室堂ビジターセンターや南竜周辺」の「土が安定しているところに」多いという。まさに多くの登山者が通行し、集まる、したがって他の植物が生えにくいよく踏み固められた裸地ではないか。登山道を離れた人の入らない草地や斜面ならともかく、大勢の登山者が通行するこうした場所にオオバコやスズメノカタビラが進出した原因は、犬ではなく、登山者またはその他の原因の可能性が大きいと考えるのが自然だろう。

 登山者の増加とそれによる高山の裸地化、植生の破壊の悩みは四国の剣山でも同様で、『徳島・三嶺を守る会』が主催した勉強会『三嶺塾』によると、剣山頂上付近の植生(1986年当時)は踏みつけの程度の低いあまり人の入っていない場所はミヤマクマザサ群落、踏みつけの影響をある程度受けている場所はヒメスゲ群落、かなりの程度に踏み荒らされた場所はスズメノカタビラ群落、激しく踏み荒らされている場所は裸地化していたという。雑草と大雑把にくくってしまっては見えなくなるが、それぞれの植物がそれぞれの生育条件にあった環境に住み分けている。

 では人に踏み荒らされたこうした裸地に“雑草”も生えなかったらどうなるか。雨による表土の流出でますます荒地化するだけだろう。たとえば人に踏み荒らされた未舗装の道路や公園では、「植物の生えている所は根がはっているため土砂が流失していないことから、周りより盛り上がっているはずです。一方、植物の生えていない裸地は常に土砂の流失が生じるため、周りより低くなっているはずです」と『代償植生概念』の著者は言う。「つまり、オオバコなどの移入種は裸地を草原化する最初の植物であり、土砂の流失を防ぐ重要な植物といえます」

 これはまさに、視点と発想のコペルニクス的転換といえる。

 裸地を草原化し、土砂の流出を防ぐ植物を代償植生というそうだ。代償植生には、オオバコやスズメノカタビラなど移入植物だけではなく、植生の変化で裸地に新たに進出してきた在来種もあるという。「オオバコなどの移入種が傷付いた登山道や湿原のかさぶたの役割をしているのであり、決して、登山道や湿原を覆い尽くすことはありえないのです」(『代償植生概念』)。代償植生とは自然がもつ復元機能のひとつであり、雑草=悪との固定観念で高山のオオバコやスズメノカタビラなどの移入植物をやみくもに敵視・除去するだけでは、人間が自然の復元力を阻害することになりはしないか。

 問題を整理しよう。

 白山の場合、自然の復元力を超える規模の登山者の入山により、登山道や登山者のための施設周辺の裸地化が進んだ。そこへ何らかの原因で、裸地を好環境とするオオバコなどが運び込まれ、根を張った。根本問題は、自然の自己回復力を超える人間による環境への負荷であろう。

 すこしきつい言い方になるが、白山のオオバコやスズメノカタビラの“発見”による短絡的な犬連れ登山者お断りは、かなりの程度冤罪の可能性が濃い。冤罪は、罪のないものを罪ありと断じるという誤りを犯すと同時に、真の犯罪者(原因)を見逃し、真実の究明を不可能にするという、二重の誤りを犯す。

 美しい自然はそのままの状態でいつまでも保たれるのがいいにきまっている。白山にかぎらす、登山と環境保護の関係でいえば、完璧な対策は山に人を入れないことである。しかしそれでは、そもそもわれわれは山のすばらしさを体験できなくなってしまう。自然利用と環境保護のバランスを何らかの方法で取るほかはあるまい。思いつくままにいくつかのアイデアを記すと、

  • 環境悪化が懸念される特定山域は、ニュージーランドのように入山を予約制にし、自然に過剰な負荷を与えない範囲内に登山者の数量規制をする。
  • 上記のような山は入山料を徴収する。
  • 同様に上記のような山の一定地域への立ち入りはガイド同伴を条件とする。
  • 高山植物の生育地をやや広めに立ち入り禁止区域にし、復元力の弱い植生の保護の徹底を図る。
  • 監視員の数を増やす。
  • 登山者への環境保護・登山マナー教育を徹底する。

 いずれの方法も難しいことはわかる。だが、自然と人間のよりよい関係を創りながらわれわれが自然をいつまでも楽しむためには、観光会社の登山ツアーの現状などを目の当たりにすると、一部山域ではさらに一歩進んだ対策を本腰を入れて考えなければならない状況にきているのではないだろうか。

 私は、人間を規制しないで犬連れ登山を規制するのはおかしいなどというつもりは毛頭ない。犬の入れない山域があるのはやむをえないだろう。だからといって、安易に犬連れ登山を禁止することで一件落着するのではなく、植生変化の原因を冷静に分析し、有効な対策を講じてもらいたいと願うばかりである。

(2001年8月26日)


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