世相百断


第6話 人事異動



 
社長が交代して3ヶ月目に人事異動があった。私は経営企画部から千葉支店に異動になった。新社長と同じ企業出身の前任の支店長を総務部長に据えるための人事だった。形の上では次長から支店長への“昇格”だった。だが明らかな報復人事であり、いやがらせ人事だった。とうとう始まったな、と思った。

 予感はあった。人事兼務の私や総務部長が会社の仕組みについて説明しても、社長はまともに耳を貸さず、なぜそんなことをしていると、理解できない難詰を何度も受けていた。経営企画部長も、君がしっかりしていないから会社がこんなことになったと面罵されていた。前社長時代に業務部門の分社化に非協力的だった課長を企画課長や営業計画課長に据え、彼らを社長室に呼んではドアを閉め切って密談していることが毎日のこととなった。そこで会社のおおよそが決められているようだった。密室政治が始まっていた。

 トップが交代すれば、それを支えるスタッフにも変更が避けられない。これは充分理解できる。だがあまりにも強引で、適性を考えない拙劣な人事だった。担当実務に長けてはいるが視野の広さや経営感覚の点で疑問のある課長クラスに戦略を問うていたとすれば、彼らの用い方も大きく誤っていた。

 報復人事だというのは、まず外されたのが前社長と同じ企業グループ出身者だからである。私は一般採用の中途入社者だったが、若いときに数年、前社長と同じ会社に勤めていて、いつのまにかその会社の出身者のように見られていた。

 いやがらせ人事だというのは、総務部長が子会社の役員に送り込まれて何も仕事が与えられず、横浜に住んでいる私が遠距離通勤を強いられる千葉に異動させられたからである。自宅が遠くて遠距離通勤をしなければならない社員はいたが、本社以外の事業所に異動をかける場合はこれまでは居住地を配慮し、社員の住所録と首っ引きで遠距離通勤を避ける配転を行ってきた。営業エリアが一都三県だったのでそれが可能だった。三つの都県にまたがる異動はほとんどなかった。

 たいへんですね、と言われた。ひどいことをする、という声もあがっていた。気の毒がってくれた二人の取締役に、次はあなたたちの番ですよ、と私は言った。前社長に取締役に抜擢された彼らもにらまれていた。

 すぐそのとおりになった。兼務役員の彼らは経営企画部長と情報システム部長を外され、後任に社長と同じ企業出身者が坐った。社内の雰囲気が一挙に悪くなった。

 どんなことでも起きるのが会社さ、と私は言った。根っからのサラリーマンではないので、会社文化に染まっていないだけ冷静でいられることができた。

 始めてみれば千葉の通勤も悪くはなかった。1ヶ月に10冊近くも本が読めるようになった。東京を過ぎると通勤地獄はなくなり、ボックスを占領して足を投げ出し、読書にふけることができた。小ぶりな支店だったがやる気のある若い社員ばかりで活気があふれていた。役員の顔を見なければならないのは本社の会議に出席するときだけであり、理不尽な叱責も的外れな指示も受けることがなくなった。ノーテンキな性格が幸いして、翌年の暮に会社が危機的状態になって再建・雇用担当の肩書きで総務部に戻るまで、天国の毎日だった。

 ただし販売現場に身を置くと、月毎に販売数が落ちていくのが身に沁みてわかった。コスト削減ばかりが声高に叫ばれ、広告宣伝費も販促費も販売インセンティブも削られる一方だったから、販売店の棚を確保するのが急速に困難になってきた。社内メールでうるさいほどに全社に現場レポートを送っても、見るべき反応はなかった。本社からは、願望に彩られたできもしない販売計画の具体化の指示ばかりが下りてきた。

 この程度のばかげた事例はどこの会社にもあることだろう。それこそ人を死に追いやる人事がときどきマスコミをにぎわし、人を腐らせる理不尽な人事ならどこの会社でも枚挙に暇がない。

 だが、因果応報。人間の所業はめぐりめぐる。そんな人事がまかり通る会社は組織が腐り、人が育たない。育たないどころか、人材が流出していく。小さな会社ならすぐ経営危機を招き、大きな会社は土台が腐ってそれと気づいたときには大きいだけに修復が困難になっている。一時の権力に酔って愚かな人事に力を振るった、あるいはそれを許した経営者は、業績悪化や倒産の責任を問われ、その地位を追われる。

 人事の目的は何だろう。社員の力を発揮させ、組織をいきいきと機能させるためのものであろう。どんな人にも長所はある。その長所を伸ばす人事を行うことが社員を幸福にし、幸福な社員が多ければ会社もいきいきと発展する。危機に見舞われても反発力が強い。

 人間のやることだから、人事に情実はつきものだ。人は愚かなもので、すぐに学閥派閥で群を作りたがる。そうしないと不安になる。だからこそ、人が人の運命を左右する人事という仕事は恐ろしい。愚かで間違いやすい人間が人の運命を左右しかねない人事を行っているのだという自覚と、縁あって同じ組織で行動を共にしている仲間への温かい心遣り。これが人事の要諦である。

 この要諦が身についている人事権者は会社を発展させる。身についていない人事権者は会社を滅ぼす。

(2000年4月8日)


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