過去の日記より『ペリクリーズ』関連の記事を抜粋しました。

『ペリクリーズ』

彩の国さいたま芸術劇場(2/20、3/7)

2/21 行って来ました『ペリクリーズ』!

 以前から一度は行ってみたいと思っていながら、劇場の遠さに二の足を踏んでいた、世界のニナガワ演出による「彩の国シェイクスピアシリーズ」。今回の『ペリクリーズ』は主演内野聖陽、共演は市村正親、白石加代子……と、これでもかの超豪華キャスト、しかも(これほどの顔合わせとなれば当然困難が予想される)チケット取りも、幸運にも手持ちのクレジットカードの会員向け枠がある……というわけで、ついに念願の(?)観劇となりました。

 ……が、やはり埼玉は遠かった(^^;;;)。19時に開演、終わったら22時半、家についたらちょうど日付が変わる頃……というのは、当日も翌日もシゴトがある社会人にはキツイ〜〜。学生時代やその後の失業者時代には、某バンドのライブのためにはせっせと大宮ソニックシティにも通ったものですが……めっきり年齢を感じる今日この頃(^^;;)。

 前置きが長くなりましたが、本題。
 まず、何よりも一番に言いたいのは……

(ヒロイン、タイーサ・マリーナの2役)田中裕子バケモン

 なに? なんなんだ!? あの可憐さは〜〜〜〜!!! 2幕のマリーナ、「14歳」って役がぜんっっっぜん違和感ないんだもん!!! そりゃ、ああいう小柄でつるんとした顔立ちの女優さん(大竹しのぶとか)は、舞台ではかなり若作りが可能だってことはわかってたけど、でもでも、限度というものがあるでしょうが〜〜〜。信じられない!! 後ろ手に野の花を持って、歌をささやくように口ずさみながらスキップするところなんて、「あー、この人の演るオフェーリア観たい!」って思っちゃいましたよ。

 で、最大のお目当てだった内野さんは、やっぱり……というか、予想以上にステキでした(*^-^*)。端正な立ち姿、繊細な長い指の美しく細やかな表情。「シェイクスピア」と言えば誰もが想像するような長ゼリフを抑揚豊かに語る声、遭難の場面ではセミヌードですんばらしい背筋や腹筋をみせてくださるし、ダンスシーン(アップテンポなのとヒロインとのスローダンスとの2種も!)もあり、2幕に入ってからは老け役も……と、もう、盛りだくさんでございました。
 なによりもイントロの野戦服(シェイクスピア劇でなんでそんな衣装なのかは今は秘す)! 今回の席はF列30番という、上手側の一番端っこだったのですが、内野さんの登場の際、すぐ脇を通り過ぎたんですよ〜〜〜。事前情報を一切入れていなかった為、予想外の導入に呆然として、その瞬間よそ見していた(中央の通路から登場するのかと思ってそっちを視ていた)のは一生の不覚〜〜〜(T_T)。ハッと気がついたときは、既に、前方の舞台へと上がる階段の上に踞っていたのですが、その背中! 腰!! ホント、この人の「肉体の存在感」っていうか、「そこに一個の鍛え上げた肉体がある」という感じは、モノスゴイ。特に大柄だとか筋骨逞しいというわけではない(まぁ、平均以上の長身で良く鍛えた身体ではあるけれど)のですが、漂う雰囲気は、俳優というよりも、スポーツ選手とか格闘家に近いものがある。

 ストーリー自体は、粗筋だけ話せば笑っちゃうような、「悪人は懲らしめられ、誠実で高潔な主人公は苦難の末に幸せになりました」というおとぎ話なのですが、(俗な言い方ですが)演出と役者さんの演技で全然飽きませんでした。ただ、導入とラストに挿入された「戦場」はどう解釈したらいいのか、未だに決めかねていますが……。

 とりあえず、3/7にもう一枚チケットを押さえてある(またカイシャ早退けしなくちゃ)のを後悔せずに済む舞台でありました。今度はかなり後ろの列だけど、センターブロックだから、全体が良く見渡せそうなのも楽しみ。今日は、近くて美味しいこともあった反面、死角になっちゃうところも多くて……(^^;;)。特に、1幕のタイーサとペリクリーズのスローダンスがセットの蓮の花に隠れてほとんど見えなかったんですよ〜〜。

2/23 引き続き『ペリクリーズ』話

 蜷川『ペリクリーズ』は、タイトルロールであるペリクリーズの内野さんと、もうお一方を除いて、すべての役者さんが複数の役を演じるのですが、中でも圧巻は市村正親さんでしょう。語り手であるガワー(白石加代子さんと二人で)、放浪のペリクリーズを一時匿い、後にはペリクリーズの娘マリーナを預かり育てるターサスの太守クリーオン(その奥方は白石さん)、ペリクリーズの妻となるタイーサの父にして、ペンタポリスの王サイモニディーズ、そしてなんと、2幕ではマリーナに求婚するミティリーニの太守ライシマカスまで!!
 えー、つまりですね、このお芝居には二組の「老父・娘・娘婿」の組み合わせが登場するのですが、それぞれを演じる役者さんは3人とも同じで、ただ、「老父」と「娘婿」役が1幕と2幕で入れ替わるという……(^^;;)。
 ちなみに、各役者さんの実年齢は、内野さんが34歳(たぶん)、市村さんが54歳(でしたっけ?)、田中裕子さんは……にも描いたように、年齢不詳ということで(爆)。 市村さんの方が「老父」を演じる1幕はともかく、2幕はどうなっちゃうんだ!?と、内心不安だらけだったのですが……ハイ、わたくしが悪うございましたm(__)m。トップクラスの舞台俳優さん達の演技というものを侮っていたつもりはなかったのですが、でも、やっぱりわかっていなかったですね。反省。
 そういえば市村さんって、『クリスマス・キャロル』を一人芝居でなさった方でしたっけ(^^;;)。最近でこそ老け役が続いていますが、まだまだお声も身ごなしも若々しくていらっしゃいますもの。田中さんのオソロシイほどの化けっぷり(褒め言葉なんです!)に、内野さんの気合いの入った老け役(いつか内野さんで『リア王』を観てみたいですね〜)も相まって、市村さんの「若き貴公子」役にも、ま〜ったく違和感を感じませんでした。

 というわけで、イキナリですが、某さん、ご覧になっていらっしゃいますか〜!? 「脱皮後」もそのまんま市村さんでオッケーですよ〜〜〜!!(激爆)

 はい〜〜〜、ジツはここしばらく、「東宝ミュージカル版『聖闘士星矢』」なんて妄想ネタを脳内でこねまわしておりまして(^^;;)、老師(童虎)役は市村さんがいいなぁ……と思っていたのです。昔SMAPが演ったときには、演出の三ツ矢さんが自ら務められた役ですし、アニメでも『シリウスの伝説』のモーラ役の故・宇野重吉とか、『もののけ姫』の美輪明宏や森繁とか、やはりこの手の「長老」役に大物をキャスティングすると作品の格調が上がってよろしいかと(^^;;)。
 ちなみに、上でのナゾの呼びかけ相手の某さんは、ネット知人にして観劇仲間でして、奇遇にも同じネタを考えていらしたことがひょんなことから先日判明いたしまして(笑)。お互いそんなネタは一度も話したことがなかったクセに、星矢ちゃん、沙織さん、老師のキャスティングは一緒だったのが大笑いです。 まぁ、観たミュージカルがかなり共通しているから、当然と言えばそうかもしれませんが……(^^;;)。

3/7 演劇づけな週末 その1

 金曜夜:『ペリクリーズ』2度目観劇。
 シゴトは立て込む、雨は降る……と、まるで天が「行くな」と言わんばかりの状況下でしたが、「前々から予告しておきましたので、行きます!」と漢らしく(^^;;)早退。あ、勿論、シゴトの目鼻は一応つけてから出てきましたよ。>言い訳(^^;;)
 だって〜、今のところに再就職する前、「3月は芝居のチケット取りまくってるから休んだり早退したりしますよ」って、初めから話つけてたし〜〜(^^;;)。 だから、劇場駅前のハンバーガー屋で10分も待たされて結局注文キャンセルするハメになったことや、帰りの埼京線で前の電車が人身事故って、30分止まっちゃった挙げ句、乗り継ぎ電車も遅れまくって、結局帰宅できたのは午前1時だった……とかは、「シゴトさぼった天罰」というわけではないと思う(^^;;;)。

 と、余談はさておき。芝居の方は、内野さんはちょっとセリフかんでましたが(^^;;)、田中裕子さんの美しさ愛らしさも、白石加代子さんの存在感も変わらず安心して観られましたし、市村さんは更にノリノリ(特に2幕のライシマカスの「改心前」が♪)で、「若童虎様役には、ちと落ち着きが足りないかも…」と一瞬心配になってしまったくらい(^^;;)。
#いや「改心後」は、ちゃーんとご身分にふさわしい貴公子ぶりでいらっしゃいましたが。
 中日も過ぎて舞台も客席もいい具合にリラックスしてきた感じ。笑いどころでは、ちゃんと客席全体が湧くし。事前情報ゼロだったわたしは、初見時は、結構衝撃的なイントロに「重い話なのかな〜」って身構えちゃって、しばらく息詰めて観ちゃっていたけど、ジツは中盤(ペリクリーズの遭難)以降、かなり笑えるところが多いんですよね。今回はマスコミやネットで既にある程度情報が出回っているのか、あるいはリピーターが多いのか(^^;;)、マイ初見(2日目)よりも客席の反応がずっと良かったです。
 原作本のあとがきによると、この作品、発表当時はかなり人気があって、繰り返し上演されて、「ノベライズ」まで出ていたらしいです。わかりやすい「勧善懲悪」「生き別れの親子・夫婦の再会」「誠実で高潔な主人公が苦難の果てに幸せを掴む物語」という、見るからに荒唐無稽な「おとぎ話」な筋立てではあるんだけれど、物語全体の「語り手」を置き、時に下世話なネタや楽屋オチや自己ツッコミまで交えて飄々と語らせる……というスタイルって、もしかしたら、現代人が『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』とかを、「んなわけねーだろ!」ってのは重々承知の上で「お約束」を楽しむ……ってのと同じ感覚だったのかな? そういや、新橋演舞場や新宿コマ劇場あたりの演歌歌手のショーは、大抵、芝居とコンサートの2部構成らしいですが、「芝居」の内容はやっぱりベタベタの「勧善懲悪」だったり「お涙ちょうだい」な時代物が多いようですから……。

 ……が、ほのぼのとした余韻に水を引っかけるように、ラスト、イントロと同じ「戦場」に引き戻されるのは、未だにどう解釈してよいのか困惑しているのですが。この「戦場」は、おそらく一昨年のアフガンをイメージしてのことでしょうが、ここへ来て、またいっそうシャレにならない状態になってるからなぁ……。
 「銃声」の響く中で、手足や片目を喪った傷だらけの旅芸人達が演じる「正しい者が報われ、悪者が罰せられるおとぎ話」って……この後のロンドン公演を踏まえてのことなのかどうか。折しも、波瀾万丈の道のりを経て帰宅して、TVつけたら国連安保理の中継(?)真っ最中。
 「演劇」はしばしば時代の鏡となるけれど、こ、こういうシンクロはかなりイヤ……。ヘタレと言われてもいいから、わたしは逃げたい(^^;;)。
  #通訳のねーちゃんの声がまた、破壊的に耳障りだったし。

4/21 大阪『ペリクリーズ』が始まったんですね

 ここ数日、また『ペリクリーズ』関連の検索が増えたなあ……と思ってたら、『ペリクリーズ』の大阪公演が始まったんですね。巡回コースに入れている某ウチニスト様の日記によれば、大阪公演はカーテンコールありだとか?(初日と2日目だけかもしれませんが) いいなぁ……

4/23 戦場の『ペリクリーズ』略して「戦ペリ」

 またまた時空越え私信(^^;;):
 はい、さいたまではカーテンコールなかったんです〜。>某さん
 こちらの記事によると、元々「カーテンコールなし」が演出家の意向だったみたいですね。終幕、難民たちが一列に並んで、客席に向かって「役者たちのご挨拶」をするのが、その替わり…というか。観る側としても、「これは、平和な国の美しいホールで人気俳優たちが出演する芝居ではなく、どこかの国の戦場近くで、戦禍に深く傷ついた名も知れぬ人々が、切なる祈りをこめて演じた物語なんですよ」ってサインなんだろうな……と思うと、あまりカーテンコールを無理強いしてしまうのもためらわれたし……
 #と言いつつ、「あわよくば」の期待を捨てきれずに客電が入るまで拍手は続けましたが(^^;;)。
 話では、さいたまでも楽日だけはカーテンコールがあったらしいし、上記のアサヒの記事によると、ロンドンの2日目からはなし崩しに入れるようになっちゃったみたいですが(爆)。
 でも、「戦禍の中でひととき夢見る幸福な物語」の言わんとするところが、「こんな時代だからこそ、人は幸せな夢を見る」であり、「夢見ること」の方を強調するのならば、戦時下の状況が「現実」となっている観客には、「傷だらけの難民達」ではなく、「自国のおとぎ話を異国の言葉で演じる異国の俳優達」の笑顔のカーテンコールを届ける必要があったんじゃないかなぁ……なんて思うので、仕方ないですね(^^;;)。

 個人的には、さいたま公演の時点では、「夢見ることの肯定」よりも「戦争という『現実』の指摘」の方に重きが置かれているような印象があったんですけどね。「メメント・モリ(死を思え)」というか、「こういう悲劇があったんだよ。その悲劇は、今現在も、これからも続いているんだよ」の方にメッセージの主眼があるんじゃないのかな……って。
 事前に入手していた数少ない情報では、稽古時に想定していた「戦禍」は、もちろんイラクではなく、一昨年のアフガンだったようですし。あの後1年あまりを経て、メディアの情報量 が減って (≒人の記憶が薄れて)きた頃だったことを思うと、当初は「忘れるな」の方が強かったんじゃないかな……と。
 2度目に見た3/7のことですが、開演ギリギリ、ブザーも鳴ってから客席に入ろうとしたら、入り口前に、ボロボロの服を着た男の人が、杖とギブスの脚を投げ出して座っていたんですよ。「なぜこんなところに、こんな人が…」って一瞬ギョッとして、咄嗟に目をそらしつつドキドキしながら場内に入って、客席についたところで、「あ、あれ、スタンバイ中の俳優さん*だ」ってようやく気づいたのですが(^^;;)。目にした瞬間は、そうと気づかずに「ホンモノ」だと思いこんじゃったんですよね。
 *:冒頭、難民に扮した俳優達が客席通路を通って舞台に上がるところから芝居が始まるのです。
 あ、「ホンモノ」って、なんの「ホンモノ」かといいますとね……「傷痍軍人」っていうのかな、ご存じないですか? わたしは、子供の頃(かれこれ20年前だ)、浅草の酉の市とか羽子板市だとか、たまに銀座あたりでも時折見かけたのですが。屋台の列の中や繁華街の道ばたにですね、義手 or 義足(しばしば、顔や生身の部分の手足にもケロイド付)のおじいさんが座り込んでいたりするんですよ。たいてい、二人組で、片方がアコーディオンとかバンドネオンとかを演奏していたりするんですけど……。
 #だから、「物乞い」ではなく「大道芸人」になるのかなぁ、一応は。
 一度だけ、「(あの人たちは)お国の為にケガぁしただから」って父親に言われて、お金を渡しに行ったことがあったけど、怖くってね〜(^^;;)、極力先方を見ないようにして、お盆にお金(お札だったかコインだったかももう覚えていませんが)を放り込むようにして、親の処に逃げ戻った記憶があります。
 そんなにあちこち観劇サイトを回っているわけではないので、ワタシが見た「客電が落ちる前に場外でスタンバイに入ってた俳優さん」が演出家の計算の上のことなのか、そもそも実在したのかどうかすら(わたしの何かの見間違いかもしれないし)アヤシイのですが(爆)、もし、あれが「ボロボロの(扮装をした)俳優を開演前にあえて客の目に触れさせる」演出だったとしたら……それはやっぱり、カーテンコールを入れるわけにはいかなかっただろうな、と。

 追記:
  これを書いている途中で、いつも拝読している某ウチニスト様の観劇日記で、大阪楽のカーテンコールのレポートを拝見しました。Wお姫様抱っこですって!?  ああ、やっぱり羨ましい……
 さいたま楽から一ヶ月あまり、ロンドンの観客ほどではないにせよ、日本の観客にとっても「戦争」は身近な「現実」になってしまったが故の「とびきり楽しいカーテンコール」なのかな……と、ふと、考える。


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