秋篠寺
第五番
寺名 秋篠寺
宗派 単立寺院(どこにも属さない)
所在地 奈良県奈良市秋篠町
SPOT
本堂(国宝)
奈良時代末期776年、光仁天皇の勅願により、善珠が創建したと伝わる。大同元年(806年)、桓武天皇の五七忌が秋篠寺で行われた、天皇家とも関連の深い寺院であったと思われる。
本堂は鎌倉時代の建立。


Snap shot
本堂 本尊の薬師如来座像等が祭られている。 「あきしの」という美しい響きを持つ、この寺の一つの魅力は金堂跡の苔庭である。
苔が光って美しい。「入るな」という無粋な立て札は見あたらないが、多分誰もが踏み込むのを躊躇する。自然の見事さである。
東門 住宅地の中に、突然現れる。 香水閣(こうずいかく) 霊水が湧いている。明治維新までは、この井戸で汲まれた水が宮中行事に使われたとのこと。日頃は門が閉じられている。毎年6月6日には公開されるとのこと。
大元堂 秘仏.大元帥明王は6月6日のみ公開。激しい怒りの形相をしている。「勝負の神」であり、「元帥」という肩書きの由来と言われている。 大元堂
今日は秘仏の公開日。並んでいます。
2010.6.6
鐘楼 行者
会津八一の歌碑

秋篠のみ寺を出でてかえり見る生駒ヶ岳に日は落ちんとす

壮大な光景を歌っている。
技芸天立像(ぎげいてんりゅうぞう)
秋篠寺で一番有名なのが、この仏像。本堂に一列に並んでいる仏像の中で、左側に少し離れて居てる。ここは仏像をすぐ近くで見ることが出来る。手を伸ばせば触れることができる距離まで近づけるというのがうれしい。「豊満、贅肉なし、美貌だが媚びることなし」見飽きることのない、お姿とお顔である。
秋篠宮妃殿下の紀子さまに似てるとも言われているが..。
本堂 近くの松。

見事なエンタシスだ
(エンタシス=円柱の柱身の胴部につけられたふくらみ。古代ギリシャの神殿建築や,法隆寺の中門・回廊が有名)
本堂 近くの藤棚。 本堂前のベンチ
五木寛之は、ここに座って本堂を眺めると、−黙して横たわる本堂は、単純、素朴、そして明快である−と感じたとのこと。私も眺めて見た、喫煙出来るのがうれしい。お寺ではめったにない。
川田順の歌碑
大元堂の裏手にある。その積もりで探さないと見過ごしてしまう。
「諸々の み佛の中の技芸天 何の えにしぞ
われを見たまふ」
川田順は住友の人である、辻井喬 著の「虹の岬」を読んだ。ビジネスマンだが、歌を愛し、人を愛した人である。
南門

車で行くと、東門から入り、南門に抜けることになる。電車の人は、逆になる。
秋篠窯の煙突
南門から少し歩くと、この窯がある。
看板に、営業時間は9時30分〜日没までと書いてある。日没までと言うのが楽しい。
今西方哉(いまにしまさや)氏の窯である。氏は染め付けの大家であり、2003年4月にも大阪三越で染め付け展を開催されている。奥様によると手前の大きな窯は、3年に一度位しか火が入らないようだ。
当日左の窯元で買った、ぐいのみ。写真ではわかりにくいが口は、やや楕円なのが面白い。いいお値段なのだが、このクラスは木箱が付かない。しかし、きっぷのいい今西氏の奥様に、五木寛之の百寺巡礼やっていますと言ったら木箱とおまけの銘々皿まで付けてくれた。五木さんありがとう。五木さんは、このお店にも立ち寄られたそうですが、あいにく雨だったせいもあり、短い時間だったとのこと。
今西氏は染め付けが本業なので、焼き物は、このお店でしか入手出来ない。

大元帥明王
鎌倉時代の作品。重要文化財
木彫り。実物は暗いところにあるせいか、彩色の鮮やかさは写真ほどではない。間近で拝観することが出来る。

朱印

五木寛之の一言
仏とは光である。
闇を照らす光。あまねく空間を照らす光−−−−。
kazu_sanの一言
秋篠窯の今西氏の奥様に、技芸天を見た(大サ−ビスしてもらったからでもないが..)
そこに温かさがある。
一生懸命がんばってください。きっとうまく行きますよ...。と語りかけるような温かさが。


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