根来寺
番外
寺名 大伝法院根来寺
山号 一乗山
宗派 新義真言宗総本山
所在地 和歌山県那賀郡岩出町
SPOT
大門
根来一山の総門で嘉永3年(1850)に再建。左右に仁王像を配す。和歌山県の指定文化財

高さ16.88m、横幅17.63m、奥行き6m。

根来寺は、覚鑁(かくばん)上人〔興教(こうぎょう)大師〕が大治元年(1126)、この地に鎮守の祠(ほこら)と僧房を建てたのがはじまりと言われる。
のちに、高野山内衆徒との教義上の対立などから高野山を下り、根来で新義真言宗総本山の基礎を築く。(高野山の方を古義真言宗という)
室町時代末期には領地七十二万石、子院数3000を数え、鉄砲隊を持つ「根来衆」は数万にも及び隆盛を極めた。天正13年(1585)、羽柴(豊臣)秀吉の根来攻めで伽藍(がらん)や子院のほとんどを焼失。焼失をまぬがれた大塔(国宝)・大師堂(重要文化財)以外の建物は、江戸時代に復興したもの。


Snap shot
大門の仁王 大門の仁王
大門では日陰を利用して楽器の練習中 大門の前の不動明王
大門 受付の手前
ここの表示板は「negorodera」となっているが「negoroji」が一般的なようだ
左から、大師堂、大塔、大伝法堂 大師堂
真言宗の開宗、弘法大師空海上人像を本尊として祀っている。創建は大塔と同時代の建物で天正の兵火から残ったもので、内部の須弥壇と併せて重要文化財に指定されている。
大師堂本尊 弘法大師空海上人像 大塔(多宝塔) 国宝
明応5年(1496)に建立され我国最大の木造多宝塔で、秀吉の紀州征伐の焼打ちから残った。
(高さ40m、横幅15m)
大塔(多宝塔)の内部
12本の柱で内陣(ないじん)を円形に囲み、中央に4本の柱を立ててこの間に本尊を安置するという、
真言宗の大塔の形式を伝える大規模な多宝塔である。内陣に柱を円形に配する大塔形式を伝える唯一の多宝塔として極めて貴重な建物。
大塔(多宝塔)
廊下
大塔(多宝塔)
廊下の一部に、秀吉根来攻めの時の火縄銃の弾痕が残っている。
大伝法堂
本堂
大伝法堂 本堂 の本尊は大日如来で、大きさは約5mあり、左脇に金剛薩た、右に尊勝仏頂尊。重要文化財。 無縁仏群
水子堂 光明殿への道
光明殿(光明真言殿)
開山興教大師(かくばん上人)の御尊像を安置
本坊
本坊の庭園 国の名勝に指定
池泉式蓬莱庭園(ちせんしきほうらいていえん)である。享和元年(1801)に紀州家の吹上御殿御座所がここに移築された。
本坊の庭園
聖天堂(正面−池に浮かんでいる)と行者堂(その右)手前の池は浄土池。 聖天堂
朱塗の壇が有名な「根来塗」
浄土池 聖天堂と行者堂と池の住人
鐘桜門
ゆるやかな階段と異国風鐘楼。
奥の院
興教大師(かくばん上人)の御廟
写真は明るくしてますが、鬱蒼とした雰囲気です。
一乗閣
県議会議事堂として明治30年(1897年)、和歌山市一番丁に建設された。保存の為に移築。明治44年(1911年)に夏目漱石が「現代日本の開花」と題し講演したことで知られる。
根来の子守歌の石碑 岩出市民俗資料館 根来寺の敷地内にある。
発掘によって出土した陶磁器、漆器、仏具、武器などの遺品を展示。
魚眼の写真は息子の撮影

朱印

kazu_sanの一言
本坊の掛け軸

一期一会

根来寺は、以前に何回も訪れています。直前は僅か3ケ月前です。

今回は息子と一緒にお参りしました。これを機会にアチコチ回りました。不動堂は工事中で参拝出来ませんでしたが、かなりの部分をカバーしました。何しろ広いお寺です。これが最後と思う、一期一会が足りなかったのですね。


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