酒を讃(ほ)むる歌十三首 (万葉集から、大伴旅人の歌)
大伴旅人は、万葉集の編纂をしたと言われる大歌人の大伴家持の父。この13首は連作と言われている。
酔ったいきおいで詠んだ(?) 同じ言葉や同趣旨が多く、酒飲みらしい、しつこさも窺えて楽しい。
同じクダを巻くにしても、歌なら、なんとなく上品。 |
歌 |
解釈 |
験なき物を思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし |
くよくよと甲斐のない物思いに耽るよりは、一杯の濁り酒を飲む方がよいらしい。 |
酒の名を聖と負ほせし古の大き聖の言の宣しさ |
酒の名を聖人と名付けた昔の大聖人の言葉のなんと結構なことよ。 |
古の七の賢しき人たちも
欲りせし物は酒にしあるらし |
昔の竹林の七賢も、欲しがったものは酒であったそうな。
*竹林の七賢:中国・魏(三国時代)の時代末期に、河内郡山陽の竹林で酒をくみかわしながら清談を行なったと伝えられる七人の自由人 |
賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし |
かしこぶって物を言うよりは、酒を飲んで酔い泣きするようがましのようであるよ。 |
言はむすべ為むすべ知らず極りて貴き物は酒にしあるらし |
言いようもなく、どうしようもない程に、この上もなく貴い物は酒であるらしい。 |
中々に人とあらずは酒壺になりてしかも酒に染みなむ |
なまじ人であるよりは、いっそ酒壺になってしまいたい。いつも酒浸りでいられようから。 |
あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む |
ああみっともない。かしこぶって、酒を飲まない人をよく見れば、猿にそっくりではないか。 |
価なき宝といふとも一坏の濁れる酒に豈まさめやも |
値のつけようもない宝であっても、一杯の濁酒にどうしてまさろうか。 |
夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るに豈しかめやも |
暗い夜にも輝く宝玉であっても、酒を飲んで憂さ晴らしするのにどうして及ぼうか。 |
世間の遊びの道に楽しきは酔ひ泣きするにあるべかるらし |
世の中の遊びで一番楽しいことと言ったら、酒に酔って泣くことに決まっているようだ。 |
この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ |
現世が楽しければ、来世には虫だろうと鳥だろうと、俺はなってしまおうよ。 |
生まるれば遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな |
この世に生れれば、結局は死んでしまうのだから、この世に生きている間は楽しく過ごしたいものよ。 |
黙然居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣するになほ及かずけり |
黙りこくってかしこぶっていることなど、酒を飲んで酔い泣きするのに、どうして及ぼうか |