薬箱戦争 ● 第一夜
20011125
挿し絵
画 ● 稲村 光男
update ● 20020711
※今回の談話は2001年晩秋に採録されたものです。

●●● 「献血劇場」愛読者のみなさま、こんにちは。そうじゃなかったみなさまにははじめまして。
このたびは、点滴堂より発行されていましたフリーペーパー文化誌「献血劇場」のこころざしをくんで、これからこのサイトでもみなさまといっしょに「ほんとうにステキなものってなんだろう?」とかいうことを探ってみたい、ということになりましたけど・・・まずはじめに、この「薬箱戦争」ってタイトルは何ですか?

光男● いきなりむつかしい質問ですが。そもそも「献血劇場」ってタイトルになんか意味があったんでしょうか?

●●● うーん、こちらに聞き返されても・・・。あ、わかりました。とりあえず「献血劇場」「点滴堂」のネーミングにならって、何か医療関係の単語をつけてみたんですね。

光男● ミもフタもなく言ってしまうと、そんなところです。

●●● それじゃまず、「献血劇場」ってタイトルの由来からお聞きしないと。

光男● 「献血劇場」というタイトルは、創刊者だった割礼子が名付け親でした。創刊したのが92年のことだから、もう10年ちかく前になるけど、そういえばどんな意味があるのかなんて聞いたことがなかったなあ。ちなみに「点滴堂」という名称は、はじめ割礼子が「オフィス点滴」という事務所名にしようと考えていたところを、ぼくが「いや、だったら点滴堂にしよう」と言って決まった覚えがあります。いまでは「点滴堂」のほうは事務所とかではなく、一種のブランド名のように使ってますね。

●●● ようするに意味はないってことになるんでしょうか?

光男● でもね、「献血劇場」って誌名もぼく自身、最初は「なんだそれ」って思ってたんだけど、案外言い得て妙なところもあるな、なんて思うようになってきたりして。

●●● それはまたどんな意味合いで?

光男● もうずいぶん前だけど、薬害エイズの問題がクローズアップされて、おしまいには厚生省が謝罪するに至ったということがあったでしょう。あのころ、たまたま手元に例の輸入製剤を扱ってた「ミドリ十字」って企業を告発する本があって、なんとなくナナメ読みしてみたんだけど。

●●● ありましたね、たしか前身の「日本ブラッドバンク」には731部隊の出身者が関わってたとかなんとか。

光男● そう、それで日本の血液ビジネスの裏話みたいなことが書いてあって、輸血用の血液が献血のみによってまかなわれてるっていうのはタテマエで、売血がおこなわれてなければなりたたないんだ、みたいなことだったんだけど、それを読んで、この資本主義の世界で、考えてみると「献血」って不思議な存在だなあ、なんて思ったりして。

●●● なるほど、広告収入も皆無に等しいのに無償で配付されてきたフリーペーパー「献血劇場」って存在のもこの資本主義の世界では不思議な存在かも。すると、稲村光男によるイラスト作品て、献血するとパンとか牛乳とかもらえたみたいな、そういうものだったのかな?

光男● ぼく自身、「献血劇場」について「資本主義の埒外にあるメディア」って言ったこともある。ただ、ほんとうは「資本主義の埒外」なんてどこにもないわけで。アンチ商業主義であれば優れているとか、マイナーなものに思い入れしてればかっこいいような気がするとか、そういう低能な発想に結びついちゃしょうがないし。

●●● たしかに、「献血劇場」に連載されてきた「雨の日の女」についても、いろんなレコードや本について「紹介」されてるページ、といった評価もいただきましたけど、とりあげられてるのはどれもこれもメジャーな物件ばかりですよね。いまさら紹介するまでもない古典、というか。

光男● そうでしょう、だいたい「雨の日の女」で取り上げてる物件ってビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」とかコクトーの「恐るべき子供たち」とか、いまさら紹介もヘチマもないよね。

●●● すでに「献血劇場」自体の何万倍もメジャーだっていう(笑)。どの物件を取り上げるかが大事なんじゃなくて、っていうか、「雨の日の女」の場合その取り合わせが絶妙で独特だって評価もありましたからそれも大事なんでしょうけど、それをどんなふうに読み解くかがもっとたいせつなことだっていうのは、ちょっとよく読めば納得できますけど。

光男● そのへんのもどかしさについては「Ripple」誌の31号で、ブリジット・フォンテーヌの歌を描いてみた「ランボオのように」という作品の前書きで書いたことがありました。

●●● えーと、「つまり、ぼくらはその気にさえなればほんとうにたくさんの記号を手に入れることが可能にはなったものの、それが有効であるコンテクストは決定的に失ってしまったままで燻っているという現実。ぼくはとりあえずこれをもってぼくらの世紀末の総括としておきたいと思います。実を言うとぼくの心はもう次へ行ってしまいたがっているのですから。」というところですか。

光男● そうそう、「ぼくらの世紀末」ってフレーズもいまやなつかしいけど、これを書いた99年頃まで、「献血劇場」には「桃色世紀末文化誌」ってコピーがついてた。結局のところなんで「世紀末」なんてつけたかって言うと、実は2000年を越えてまでやっていくつもりはなかったからでした。いまだから言うけど(笑)。

●●● あ、そうなんですか。それはまたどういうわけで?

光男● うーん、そんなに深い考えがあったわけじゃないけど、こんなのそういつまでも続くわけないっていうか、さっき言ったように「資本主義の埒外」なんてどこにもないとか、どこかにそういう落とし所があるに決まってるんだから、とりあえず2000年くらいまで、ぼくが30になるくらいまでやってみようかくらいのつもりだったもので。

●●● モラトリアム気分ですね。それで99年頃には「もう次へ行ってしまいたがっている」という心境に至ったと。それでいま、2001年に至って、「献血劇場」がしばらくのお休みを余儀なくされてる状況のなかでこの「薬箱戦争」をはじめるというのはどんな感じなんでしょうか。

光男● はい、このへんからがこの「薬箱戦争」の「布告」にあたる第一夜の本題ですね。

●●● あいかわらずというか、いつもながら前置きが長いですね(笑)。

光男● で、そんな感じでやってきた「献血劇場」だったんですが、やっていくうちに思ってもなかったような手ごたえがでてきてしまった。するとそれと同時に、欲が深くなってしまったのか、どうにもしがたいもどかしさも感じるようになってきました。

●●● そのもどかしさというのをもうちょっとお聞きしないと。

光男● たとえば「献血劇場」では「ステキなものを求める万年少年少女」という読者像を描いてやってきましたが、それについての失望感はVOL.34の「雨の日の女」に書いたことがあります。

●●● はい、「・・・実際のところ、おとなになることを拒んで少年少女の記号に身を固めて生きていくことだって、伝統的な価値観が溶解し、通過儀礼もなしくずしに解体してしまったいまどきのこの国ではいとも簡単なことで、よく見るといい歳をしてずうずうしくも似非万年少年少女を気取っている醜悪な人間はそこいらじゅうにあふれかえってしまっていて、ぼくらがやっていることもただそんな風潮を助長しているだけみたいな気がすると、ひどく憂鬱でたまりません。だってそれはちっともステキじゃなかったのですから。」とありますね。この回、「献血劇場」はじまって以来というくらい、みなさまからかなりの反響をお寄せいただきました。

光男● 「読んでいてとてもショックでした」という方がすごくたくさんで。でもぼくはむしろそんな反響が多かったので「献血劇場」の読者って、ほんとうにまじめに読んでくれてるんだなあってちょっとだけ安心した部分もありました。だってそのへんのところを総括しておかないと、次へは進めないし。

●●● さっきの「ぼくらの世紀末の総括」というのはそういうことですね。では、「実を言うとぼくの心はもう次へ行ってしまいたがっているのですから。」という、その「次」の展開がこの「薬箱戦争」になるんですか。

光男● そのとおり、と言ってしまえたらいいけど、ほんとうは「次」はまだ見えてません。そこで「薬箱戦争」では、これまでの「献血劇場」のコンテンツを検証しながら、ぼくらが「次」へ踏み出すための思想を探ってみたいと思うのです。

●●● なるほど。「思想」という言葉がでましたけど、時代全体についてもいまはほんとうに「次」が見えてこないところに来てますよね。

光男● まあ、そういう言い方はいつでもあるような気もするけどね。でも実際に90年代が終わって、ぼくも30になって、やっと遅ればせながら時代と自分の位置関係が見えてきた部分って確かにあるかも。

●●● ああ、そういえば30歳になったんですね。もっとも以前から年齢をカミング・アウトすると、文章を通して知ってる方からは「もっと年輩の方かと思ってました」って感想がいっぱい来ますけど。顔を見た方はなおさら(笑)。

光男● ぼくは1970年生まれなので、2000年に30歳になりました。ところで、1970年という年には1940年生まれのジョン・レノンがローリング・ストーン誌のインタビューで「夢は、終わりました。すべて以前と変わってはいず、ただ私は30歳になり、まわりには長い髪をしている人たちが多くなったというだけですね」と語ってます。

●●● ちょっと「ぼくらの世紀末の総括」に似たトーンですね。「よく見るといい歳をしてずうずうしくも似非万年少年少女を気取っている醜悪な人間はそこいらじゅうにあふれかえってしまって」いるだけ。

光男● あまりにおこがましいのは承知の上で、ぼくも「ジョンの魂」にならって「葉子とぼくだけを信じる」って言っちゃおうかな、なんて(笑)。それはともかく、ジョン・レノンの場合、その60年代の総括の「次」に発表されたのは「イマジン」という作品でした。

●●● 「イマジン」の「ぼくらの上には空だけ」ってフレーズについては、「献血劇場」VOL.36の「雨の日の女」でちょっと触れてますね。

光男● 「歴史の終焉」とかいうことと強引に絡めて持ち出したんだけど、でも、すごくむずかしいよね。たとえば10年くらい前、湾岸戦争とかの頃だったか、反戦アピールかなんかやってる民青のやつらがこの歌を歌ってるの見て、踏みつぶしたくなるくらいイヤだった。あのころからぼくは共産党ってのがどうしてもダメです。このことはいずれまた「薬箱戦争」で語るかもしれません。

●●● はあ、そうでしたか。ちなみに選挙なんかではどこを支持してるんですか?

光男● ぼくは選挙権を持って10年になるわけですが、1度も投票したことがありません。たぶんこれからもないでしょう。

●●● あ、そういうこというと怒る人いっぱいいますよ。知ーらない(笑)。じゃあ、それもいずれ「薬箱戦争」で釈明していただきましょう。

光男● 話は戻って、1970年に「夢は、終わりました」って歌ったのはジョン・レノンだけじゃありませんでした。ニール・ヤングもそう歌ってます。

●●● 名作「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」のタイトル曲にありますね。あれも1970年代を迎えて、すべては夢のなかのことだった、っていう。「献血劇場」VOL.36では「90年代の十年間にいちばんよく聴いたレコードかも」って書いてましたが。

光男● なんてアナクロな、って思われるかもしれませんが、たしかにあのギターの音、ピアノの感触、それにあの歌が、ぼくにとってこの十年間、いちばんリアルであり続けていました。それで、ニール・ヤングの場合はその「次」に、これまた名作の誉れ高い「ハーヴェスト」というアルバムがあります。

●●● 「孤独の旅路 / Heart of Gold」の大ヒット曲が入ったLPですね。

光男● 曲順からいうとその「孤独の旅路」の次に「国のために用意はいいか? / Are You Ready for the Country」って曲があって。マディ・ウォーターズの「ローリン・アンド・タンブリン」をパロディにしたみたいな、ちょっと軽めのブルース・ナンバーですが、最近はこの歌がちょっと気になってるんです。

●●● 「ころんだりすべったり、ドミノであそんだり。左に寄ったり右寄りになったり。それも悪くないね。でも、国のために用意はいいかい?だってそろそろ行く時だよ」って歌ですが。イデオロギーと徴兵とかに関する歌なんですかね。

光男● そういえばニール・ヤングって、80年代にはロナルド・レーガンを支持するって言ってたんだよ。知ってた?

●●● そうなんですか?「ブリキの兵隊とニクソンがやってくる」って歌ったCSN&Yの「オハイオ」とか、なんか左よりと言うか、革命的と言うか、そんなひとってイメージがありましたが。レーガンなんて絵にかいたような保守反動、タカ派だったじゃないですか。

光男● 彼自身はカナダ人だから、合衆国では選挙権もないらしいんだけどね。80年代にはアメリカでも日本でも右傾化なんてことが言われてたけど、実際にはたいていのミュージシャンがチャリティやら反核やらで左に寄ってたから、そのなかでひとり、異様な感じだった。

●●● まあ、当時の日本のカウンター・カルチャーというか、若者文化の担い手で「中曽根支持」なんて言ったひと、あまり聞かなかったかなあ。

光男● それで、ここ数年の日本はまた右傾化してるっていう見方があるでしょう。それはいろんな意味で80年代のそれとは全然別物なんだけど、ぼく自身この時代の流れを見てきて、いろいろ感じることがあったので、そのへんをこの「薬箱戦争」で検討していきたいと思ってます。

●●● うーん、なんだかちょっとキナ臭い感じもしてきましたが。ここへきて世界中、アメリカの同時多発テロ以来たいへんなことになってしまってるし、「国のために用意はいいかい?だってそろそろ行く時だよ」ってのはあまりにリアルですね。
ところで、「薬箱」はともかく、なんで「戦争」なんですか?この時期ちょっとシャレにならない気もしますけど。

光男● 一瞬考えたのは「薬箱革命」というタイトルでした。でもぼくが生きてきたこの時代のなかで、確実にダメになってしまったのが「革命」という言葉だって気付いたので、すぐボツにしてしまいました。

●●● 「夢は、終わりました」というわけですか。そういえばあのテロが起きて、アメリカでは「イマジン」が自粛される動きがあったみたいですけど。でもまっ先に呼応して開催されたイベントでニール・ヤングが歌ったのがその「イマジン」だったそうですね。

光男● ぼくはそれを聞いて、ああ、やっぱりやってくれたか、って思いました。

●●● そのイベント自体はミュージシャンのみならず、ロバート・デ・ニーロとか映画界のひとたちも含めて、アメリカのスターたちが一同に会して合衆国の掲げる民主主義の正義を昂揚する、みたいなものだったらしいですけどね。トリがウィりー・ネルソンだったとか。

光男● そんなわかりやすすぎるくらい右に寄り切ったイベントで「イマジン」を歌うところがニール・ヤングなんです。さすが自分が所属してるレコード会社に「故意に売れるわけがない作品を作るアーティスト」って告訴された人物だけあって(笑)。だけど冗談抜きで、そのあとうちの近所でも日本を代表するミュージシャンが集まって「イマジン」の大合唱ってイベントがあったけど、あんなのは民青と同じだよね。小野洋子のメッセージとかもあったんだけど、なんだか社民党あたりの女性議員と同じくらいくらいカッコ悪いなあって思ってしまいました。失礼ながら。

●●● たしか湾岸戦争のとき、ニール・ヤングが演ったのはボブ・ディランの「風に吹かれて」でしたね。

光男● ジミヘンみたいなアレンジでね。ぼくは当時それを聞いてこれこそ民青が歌う「イマジン」とかの対極にあるものって思って、まさにここにポップ・ミュージックが持つ異化作用の力がある、とかいうことを大学の卒論でもちょっと触れて、担当教官の方に「どういうこと?」って説明を求められたことを覚えてます。

●●● ああ、そういえばアメリカ研究を専攻してたんですよね。で、それはどういうことなんですか?

光男● たとえば民青の連中とか、あんまり好きな物言いじゃないけど、平和ボケ文化人が「イマジン」を歌う、そこであの歌の言葉は死んでます。単なる記号なんです。それはタカ派国威発揚集会でウィリー・ネルソンが歌うとかいうのとまったく等価でしかないでしょう。まあ、セリーヌ・ディオンが歌う「ゴッド・ブレス・アメリカ」でもなんでもいけど。ぼくはほんとうにどうでもいい。そこには異化作用がない。ようするにぼくがいつも言っている「ステキな言葉ステキな歌ステキな詩」は、そんなところにはないんです。

●●● では「イマジン」というのはつまらない、ステキじゃない歌なんですか?ニール・ヤングが歌うとき、それは何か違うんですか?

光男● もういちど振り返ってみてください。「イマジン」というのは「ジョンの魂」の次に発表された作品です。つまりビートルズと60年代という20世紀最大の夢が終わったというとんでもない文脈のうえに立って、その次に見られるべき夢について歌われたものでした。それは「ぼくらの上には空だけ」というものだったんです。さて、それではかつて「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」を歌ったニール・ヤングがいまこの状況のなかで歌う「イマジン」の言葉がステキなものになりうるとしたら、それは何ゆえでしょう?

●●● 「文脈」、ですか。それが単なる記号である言葉に異化作用をもたらして、有効なもの、ステキなものにする?

光男● そう、ぼくが決定的に失われてしまったと言った「コンテクスト」というやつですね。あるいは「物語」ということも問題になってくるのかも。
第一夜からだいぶ長くなってしまいましたが、最後にもうひとつだけ。1970年にはもうひとり、「夢は、終わりました」ということを日本で体現してみせたひとがいました。三島由紀夫がそうです。

●●● 最後の連作「豊饒の海」は、一作目の「春の雪」の主人公松枝清顕の「夢日記」を軸に輪廻転生が繰り返され、おしまいの「天人五衰」にいたってそれが破綻して、「ぼくは夢を見たことがなかったからです」の言葉とともに夢日記は焼かれてしまい、「記憶もなければ何もないところ」へ至ってしまう、というものでしたね。

光男● そのラストには「『豊饒の海』完。昭和四十五年十一月二十五日」と日付けが記されてます。その日なにがあったか、もう説明はいらないと思いますが、これがぼくの生まれた日です。

●●● いや〜、呪われた生まれですね(笑)。

●●● 三島由紀夫というひとのイデオロギーについてもここで云々するのはやめておきますが、ただひとつ、こうしてみるとジョン・レノンが「イマジン」で歌ったのって、「豊饒の海」のラストと同じようなものだったのかもしれないよ。

●●● あ、なるほど。「国境もない、宗教もない、ぼくらの上には空だけ」っていうのは、「天人五衰」で描かれた月修寺の庭、「記憶もなければ何もないところ」と通じると。だとしたら空想社会主義的ユートピアどころか、ずいぶんまた荒涼とした風景だなあ。民青のひとたちが反戦アピールで歌うっていうのとは、何百光年も離れた解釈ですね。

光男● つまりぼくらは「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」とでもいうべき荒涼とした夢のあとに産み落とされてしまって、ここまできてあらためてそれを思い知らされて、それでもなんとかしてまだ見えてこない「次」へ行ってしまいたがっているんです。

●●● うーん、同じ言葉同じ歌が、文脈ひとつでこれだけ違った解釈ができてしまうんですね。

光男● あ、ひとつ「薬箱戦争」のタイトルの説明を思いつきましたよ。

●●● いまごろ後付けで思いついてどうするんですか(笑)。

光男● まあ聞いてください。近代戦においては戦争においてルールがありますよね。たとえば赤十字とか、医療関係の施設を攻撃目標にしてはいけないとかって、そのルールの代表的なものですけど、もしも薬箱のなかで戦争が起こってしまったらどうしますか?そんな文脈の錯乱のなかにほんとうにステキな言葉ステキな歌ステキな詩をもういちど見つけだしたいんです、っていうのはどうでしょう。

●●● どうでしょう、って言われても(笑)。またお得意のこじつけが出ましたところで、では最後にお聞きします。勝算はありますか?

光男● それはちっともわかりません。でもぼくはやってみるだけです。ぼくにできるのはできることをやるだけですから。まずはゆっくりと、いろんなことに思いを馳せていきたいと思っているところです。

● 第一夜後記 * 20020701 ●

あとがき ・・・ということで、「薬箱戦争」第一夜は、2001年秋の晩の談話をご覧いただきました。その夏には「靖国神社参拝問題」「教科書問題」が取り沙汰され、初秋に米国同時多発テロが起き、続いてアフガニスタンへの派兵が行われ・・・、という時期でした。ほんとうはこの談話室も、そういったトピックにも絡めながら語りおろしていくべく、2001年のうちに開設したかったのですが、諸般の事情からずっと遅くなってしまいました。けれどこれからはなるべくこまめにいろんな談話を更新していくつもりですので、どうぞ「薬箱戦争」をお楽しみください。ときどきチェックしてみてくださいね。

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