薬箱戦争 ● 第四夜
20020815
年賀状

画 ● 稲村 光男
update ● 20020830

●●● 「薬箱戦争」の第四夜です。・・・けど本題に入る前に、まず今回のタイトル画はなんですかこれ?「あけましておめでたうござゐます」って、年賀状じゃないですか。

光男● 左下には「皇紀弐千六百六拾年正月元旦」とありますから、えーと、西暦でいうとちょうど2000年になるのかな。ぼくが知人の方々にお送りした年賀ハガキです。

●●● この真夏に、よりによって年賀状なんて、盆と正月まちがえてませんか?今日は八月十五日、終戦記念日ですよ。

光男● そうそう、テレビつけてたら靖国神社やら映ってたね。

●●● 去年(2001年)は小泉総理大臣が13日に前倒し参拝したとかで、大変な騒ぎでしたよねー。

光男● この「薬箱戦争」で注目している「歴史教科書問題」についても、たしか公立中学校での採択の結果が出たのが去年の今日だったはず。

●●● そうでしたね。話題になった扶桑社版の「新しい歴史教科書」ですが、市販されたほうは数十万部も売れまくってたのに、採択はほとんどゼロだったみたいですけど。

光男● 文部省検定合格はクリアして、ベストセラーにもなったけれど採択はされず、実際に授業で使われることはないってあたりに落ち着いちゃって、陰ながら支持していたぼくとしては正直言ってとても残念でした。靖国神社に参拝はするけど八月十五日にはできない総理大臣っていうのと同じで。

●●● その後まもなくアメリカで9.11の同時多発テロが起こったりして、どちらもあれだけ国民的な関心を呼んだトピックだったのに、今にして思うとあれはなんだったんだろうって、なんだか不思議な感じがしちゃいますけど。

光男● 何も終わってないですからね。今日あたりニュースとか見ててつくづくそう思ったなあ。

●●● では、前回予告しましたように、その「歴史教科書問題」に好奇心をそそられてしまったきっかけとか、経緯といったあたりのおはなしにいってみましょう。まず前々回の「第二夜」では、この問題が話題になったことで、ずっと以前「献血劇場」VOL.25に掲載された「日本の神話礼讃」を思い出していた、ということでしたね。それを受けて前回「第三夜」ではさらにその神話の深い意味にまで踏み込んで、「歴史とは何か?」というような根本的なところについてこの教科書を支持する、というようなことでしたが。

光男● そうでしたね。でもそこで取り上げた三輪山神話ってまだまだすごくおもしろくて、ちょっと深入りしただけでもきっと一冊の本が書けちゃうんじゃないかな、ってくらいのものだから、すこし脱線してしまったかもしれない。もともと「日本の神話礼讃」は「献血劇場」に連載していた批評のページ「雨の日の女」の番外編として書いたんですけれど、あれっていつも書き出したら尽きないような材料を1ページくらいにストイックにまとめるって作業で、まあ文章の練習にはなったかな、と思うんですけど。

●●● 今回はちょっと予習してきましたよ。問題の扶桑社版「新しい歴史教科書」を生み出す母体になった「新しい歴史教科書をつくる会」という団体が発足したのは1996年末のようですね。同年12月に創設の記者会見が開かれた、ということなんですが、この運動には当時から注目していたんでしょうか?

光男● いえ、そのころは知りませんでした。あまり新聞やテレビのニュースをマメにチェックして社会問題のすみずみまで一家言を持つ、というような生活はしてなかったもので。

●●● まあ、なにしろ十年以上一度も選挙に行ったことがないというひとだから(笑)。でも調べてみたら、この「つくる会」って発足当時はたいていのメディアでほとんど黙殺されていたようですよ。

光男● そう、当時からまともに取り上げていたのは以前からそちら寄りの主張をしていた産経新聞くらいだったみたいですね。誰も彼もが「教科書問題」って言い出したのって、たぶん実際に教科書が完成して、検定を通ったくらいからじゃなかったかな。ぼく自身が特に注目するようになったのも、たしか2000年くらいからだったと思います。

●●● すると1997年夏の「献血劇場」誌に発表された「日本の神話礼讃」を書いた時点では、この運動にシンパシーをこめて、ってわけじゃなかったんですか?

光男● そうですね。なにしろ知らなかったものですから。あ、でもこの運動のキャッチフレーズみたいになってた「自虐史観」て言葉は知ってたかもしれない。ひとつの流行語として、というか、そういえばそんな風潮もあるかな、くらいのシンパシーは持ってたような気もします。

●●● では、どういったきっかけでこの「歴史教科書問題」についてそんなに気にかけるようになっちゃったんですか?

光男● まあ、そんなわけでニュースも新聞記事もろくにチェックしてなかったぼくのような愚民にもちらほらこの問題のことが耳に入るようになってきたのが、前にも言ったようにちょうど2000年くらいだったかと思うんですが。

●●● 2000年といえば、今回のタイトル画になった年賀状の年ですね。

光男● そうなんです。それで思い出したことがひとつあって、ぼくの友人というか、大学の時の後輩で、いまだに「稲村さんはぼくの師匠だ」とか言ってるM君というよくわからないのがいるんですけど。

●●● いまだに学生時代の後輩に慕われてるんですね。いい話じゃないですか。

光男● いや、そんなのはこのM君くらいで、はっきり言って変わったやつですよ(笑)。あ、だけどぼくが初めて個展をやったときには受け付けとか手伝ってもらったりして、感謝してます。M君いろいろありがとう。

●●● いきなり年賀状をのっけたあげく、勝手に私信を入れないで下さいよ(笑)。で、そのM君がどうしたんですか?

光男● このM君、大学を卒業してからはしばらく大学院で国文学、とくに王朝期の日記文学かなんか勉強して、数年前からは高校の国語教師になって古文を教えてるそうなんですが。

●●● はあ、なんだかまともなコースを歩んでるじゃないですか。少なくともかわいらしい少女抒情画目当てにフリーペーパーを手にとるような少年少女にいきなり「思想」だの「歴史」だの「文学」だの語ってるのにくらべると。

光男● そう、まっとうだと思いますよ。ぼくは教育者になろうなんて思ったことないけど。

●●● あれ、そんなひとがなんでまた「教科書問題」なんて気にしてるのかな?って気もしますが、まあそれはさておいて、そのMさんという方はこの「薬箱戦争」で語ったような、たとえば記紀神話の評価なんかについても賛成してらっしゃるんですか?

光男● それがねー、ぼくが「やっぱり日本の古典でおもしろいのって、『古事記』とかだよな」っていうと、「えー、そうですかー?『古事記』なんてつまんないんじゃないですか。事実の羅列というか、そんなのばっかりでしょう」とか言うやつなんですよ。

●●● ああ、でもその感覚もわからないでもないなあ。「聖書」なんかでもそうですけど、王統譜というか、誰某の子孫の名前が何某で、みたいな、読んでて眠くなるような部分もあるし。

光男● そういうひとたちにちょっと待てよ、って思ったのも「日本の神話礼讃」を書いた動機だったんですけどね。で、そのM君があるとき「先輩、最近何かおもしろい本とかありましたか?」とか聞いてきたんです。それでぼくは、たまたま「大月隆寛って読んだことある?おもしろいよ」って答えたんですよ。

●●● 知ってますよ。大月隆寛さんというと、「BSマンガ夜話」の司会をやってる、からだのデカイ方ですよね。

光男● その大月さんの本がけっこうおもしろいよ、ってぼくはいったんですけれどM君は、「えー、右翼になっちゃう前の大月隆寛ですかあ?」とか言うんです。それでぼくは「それって『新しい歴史教科書をつくる会』とかに入って右翼になっちゃったっていうことか?」って問い返したのを覚えてるんです。

●●● はい、ちょっとプロフィールを見てみますと、当時国立歴史民俗博物館助教授だった大月隆寛氏は「新しい歴史教科書をつくる会」発足当時から賛同者に名をつらねていて、しばらくのあいだは事務局長も務められていたということですね。

光男● そう、それでそっち側についたら右翼っていうあんまりにもわかりやすいレッテル貼りってやっぱり根強いんだなあ、とか思って。思わず「なにが右翼だ。おまえに今年送った年賀状を見たか!」とか言ってしまいました。それが今回のタイトル画に掲載したイラストなんです。

●●● なるほど、「日の丸」に「皇紀弐千六百六拾年正月元旦」の年賀状ですね。うわー、そう言われてみるとたしかにこりゃウヨクだわ(笑)。

光男● そしたらM君は「ええー、先輩も右翼だったんですか???カンベンしてくださいよー」だってさ。そういうレッテル貼りで何がどうなるわけでもないと思うんだけど、まあ、M君は「噂の真相」なんかの愛読者だったからなー(笑)。

●●● はあ・・・(苦笑)。それでは、さらにさかのぼって、この大月隆寛さんの著作に興味を持つようになったきっかけというのはどんなことからでした?

光男● それがフリーペーパー「献血劇場」で「ほんとうにステキなこと」を探究していくきっかけとも深く関わってるんです。

●●● 大月隆寛さんというひとは、さっき言ったように「BSマンガ夜話」の司会をされたり、サブカルチャー方面にもわりと造詣の深いもの書きの方のようですが、基本的には民俗学者さんですね。柳田國男とかへの興味といったあたりに接点があったのかな?って思ったんですけど。

光男● たしかに、結果的にはそれが関わってくるんですが、まず最初にぼくがこのひとの書いたものを読んだのは、フリーペーパー「献血劇場」をはじめてまもなく、1993年に発行された別冊宝島の「新・メディアの作り方」という本に掲載されてた文章でした。

●●● 別冊宝島の「メディアの作り方」というと、ミニコミ作りのマニュアル本なんてあまりなかった時代に、実際的なノウハウがいろいろ載ってる本ということで、何かと重宝でしたよね。93年の「新・メディアの作り方」というのは、90年代前半、ワープロが普及してパソコンによるDTPも身近になってきたという時勢にあわせて発行されたその改訂版みたいなものですが、これに大月氏は「『マイナー』の誇りと栄光を、いま正しく取り戻すこと」という文を寄稿されてます。

光男● その文章を読んで正直ぼくはかなり影響をうけました。それから何年もフリーペーパー文化誌「献血劇場」を発行していていつも無意識に気になってたのが、「これ、大月隆寛さんに読んでもらってもはずかしくないものなのかな?」ということだったんです。

●●● へえ、そうだったんですか。でも、この「新・メディアの作り方」の大月氏の文章って、そういう小さなメディアのこと、はっきりいってボロクソに書いてるじゃないですか。冒頭からいきなり「とにかく、ミニコミでも同人誌でもいいけど、いわゆる自前の学生メディアとか若者メディアの元気が今、まるでないよね。もうほんとに信じられないくらいに、ない。」って決めつけですよ。

光男● 基本的にこういった雑誌やムックが「ミニコミ」やら「同人誌」やら、あるいはぼくらがつくってたような「フリーペーパー」がとりあげられる時って、たいがい「いま、フリーペーパーが輝いてる!」みたいなおめでたくも楽天的な調子で語られるものなのに、この大月さんの文だけがまったくちがってて、それでいまだに忘れられないんです。

●●● そういえばたしかに、「『献血劇場』評あれこれ」のページにもありますように、「献血劇場」も長いことやっているあいだにいろんな雑誌や本にとりあげられましたけど、たいていの場合そういう、「フリーペーパーの自由な精神がステキ」ってノリの特集でしたね。

光男● そうですよね、たとえばその「自由」ってことが無条件にステキなものなのかな?っていうあたりぼくはずっと疑問だったんですけど、そのへんに絡まって柳田國男先生の言ってることが引っかかってくる。

●●● ははあ、なるほど。柳田國男というひとはこんなことを言ってますね。

僕がはじめて自由という言葉を聞いたのは明治十二、三年の頃だった。家の門のところに酔っ払いが寝ていた。これはバクチうちでしたがね。皆でどかせようとするとその酔っ払いが「どこに寝ようと自由の権だ」と怒鳴ったんですよ。僕の七、八つくらいの頃だった。

昭和25年「展望」誌掲載の座談会「進歩・保守・反動」での柳田國男の発言より。

光男● 明治の自由民権運動というやつも、不平士族の叛乱とのかかわりとか、議会開設の要求には「五箇条の御誓文」が根拠になってたりとか、ちょっと勉強してみると単に進歩的な思想運動だったわけじゃないみたいだっていうことがわかってくるけど、そこに異常なくらい鋭い感受性を持ってたらしい当時の松岡國男少年が何を感じたかっていう証言をみてみると、すごくリアルだと思う。さらにたいせつなことには、昭和25年の戦後民主主義の風潮のさなかで、柳田先生は「今と似ているような気がするね。新しいものがただもう無考えに飛び出してくる状態は大体今と似てると思う」と言って明治の「自由」を語ってるんです。

●●● その数年後にも桑原武夫との対談で同じことを言ってますね。

桑原 リベルテがたんなるエゴイズムになったとして、めいめいしたいことをしたらいいという形のリベルテになると、それはまずいと思う。
柳田 それでないリベルテはあるでしょうか。いつかもみんなに笑われながらそんな話をしたが、七十年も昔、田舎の私の家の前で、酔っ払いが門にもたれてどうしても起きない。みんなが寄ってたかって起こそうとしたが、「自由の権だい!」と言った。自由の権利っていやなもんだと、子供心にそう思ったが。(笑)

昭和33年「現代倫理」誌掲載の柳田國男・桑原武夫対談「日本人の道徳意識」より。

それにしてもこれ、70年も前の体験談ですよ。よほど強烈な印象だったんでしょうか。
ここで大月隆寛氏のことにもどりますと、彼はそんな柳田國男という先達へ、「20世紀最大のクソジジイ」という最大の賛辞を捧げてるとのことですね。。

光男● うーん、全く同感なんですが、この大月さんというひともなかなかのものですよ。ぼくは最初読んだとき、「なんだこの物わかりの悪いクソオヤジは!」って思ったもの。

●●● そんな言い方していいんですかね?(笑)

光男● ではこのへんで「新・メディアの作り方」に載ってた大月さんの文章、ちょっと引用してみましょうか。

今回、少しでも大学で人気のあるミニコミみたいなものがあればと思って集めてもらったんだけど、読んでめまいしたよ。まず数自体が少ないんだけど、かろうじてあったものもほとんどが悪いけど高校の文芸部以下。駒場のやつなんかほんと信じられなかったなあ。
「これ、ほんとに学内で人気あんのかよ」ってたずねると、「学内では案外読んでるのがいますよ」って言う。そりゃコミケあたりの同人誌の優秀なものの方が、メディアの質としてはよっぽど高いよ。サブカルチュアの質と偏差値がある程度連動していた状況ってのは、もはや完璧に崩壊してるのかもしれないね。ああ、「内輪」ってこういうふうに腐っていくんだなぁ、ってなんかものすごくわが世代の社会的責任を感じたよね。
たしかに勘違いはあるんだけど、その勘違いを勘違いのまま電圧を高めることもできないくらいたしかな世間を意識してるのか、っていうとそうじゃない。たしかな世界を意識してれば、コンチクショーって頑張れるんだよ。それもないのね。だからデローッとしてるだけだし、それじゃ表現の水準もあがらない。みっともないものを作ってるのに、それをみっともないといってやる関係もなければ、みっともないと自覚するだけの意識もない。「こんなみっともないもん作ってるぞ」って思われるかもしれないことに対して、なんにも構えてないのね。それは別に自分たちのやってることに自信があるからなんかじゃなくて、そういう視線をあらかじめカットアウトする仕掛けがどっかにあるんだろうと思う。でなきゃ、ああいう種類の厚顔無恥の内実って説明つかないもん。そのくせ妙な役にもたたないプライドだけはもっているのがミエミエでさなんなんだよこれは、って思う。

別冊宝島EX「新・メディアの作り方」掲載
大月隆寛「『マイナー』の誇りと栄光を、いま正しく取り戻すこと」より

どうですか?この偽善的な物わかりのよさなんかかけらもない指摘。

●●● うーん、たしかに。とか言っちゃったら、たしかに「クソオヤジ」だって言ってるようなものかな?(笑)でも、鋭いですねえ。

光男● そう、耳が痛い言葉ですよ。ぼくらが作ってたフリーペーパーのようなミニメディアであれなんであれ、何かものをつくったり表現したりしているひとにとってはね。

●●● この指摘をふまえた上でなにかをやろうとするとなると、たいへんなことですよねー。でもこれをクリアしないことには、やっぱりかっこわるいことしかできないかも。

光男● もうちょっとだけ引用させていただきます。

今は要するに“バブル崩壊”って原爆が落ちた状態で、その八十年代のスカの残留放射能だって充分計測されてないままなんだよ。ただ、廣島だって向こう百年何も生えないなんていわれてたけど、雑草が数年で生えてきたんだからね。必ず若いモンは若いモンでジタバタするし、それは僕自身、脳天気に信じてるところあるよ。で、そういうジタバタの中から雑草の芽がまた生えてきた時に、原爆以前の自分たちの経験とどうつないでゆくのかってことだよ。

別冊宝島EX「新・メディアの作り方」掲載
大月隆寛「『マイナー』の誇りと栄光を、いま正しく取り戻すこと」より

ぼくはこれ、90年代はじめくらいに読んだぼくらの世代への言葉としてものすごく切実なものだったと思うんです。

●●● で、それから十年近くのあいだあれこれジタバタしてきたわけですね。いまになってみて、いかがですか?

光男● この期におよんでつくづく思うのは、「八十年代のスカの残留放射能」ってのは想情以上に強力だったんだなあってことですね。さきにあげたようなみっともないものを厚顔無恥につくりだして広めていく無秩序な汚染状態はますますひどくなっていくばかりだと思う。

●●● 「第一夜」で言ってたようなことにも関係してきそうですね。まあ、経済だって“バブル崩壊”このかたずっと不況で先が見えないままですから。

光男● そんなことばかり言ってるとまったくどうしようもなく絶望的なおはなしなんですけど、だけどひとつ、ぼくがまったく予想もしてなかった成りゆきをみせたのが「歴史教科書問題」だったんです。

●●● ああ、そうでした、また教科書のおはなしからだいぶそれてしまいましたね。

光男● 今回もだいぶ長くなってしまったのでこのへんまでにしておきましょうか。続きは次回「第五夜」にということで。

●●● そうですか。では次回は、えーと、その大月隆寛氏が一時は事務局長も務めてたという「新しい歴史教科書をつくる会」が実際につくってしまった教科書とは、今回おはなししたような1990年代の思想状況をうけて、いったいどんな意味を持って登場してきたのか?といったおはなしを。どうぞみなさまお楽しみに。

第四夜後記 * 20020819

あとがき 今回話題にのぼりました大月隆寛氏は1959年生まれ、早稲田大学法学部卒業後、成城大学大学院研究科博士後期課程単位取得、東京外語大学助手を経て、国立歴史民俗博物館助教授となり、97年辞職、現在は「野放し(笑)」という経歴の民俗学者さん。著書には「厩舎物語」(ちくま文庫)「民俗学という不幸」(青弓社)「独立書評愚連隊(天)(地)」(国書刊行会)など多数あります。時事問題やサブカルチャー関係の事象についての言及はみうらじゅんの挿し絵がついてる「いまどきの物言い」(毎日新聞社)やナンシー関との対談集「地獄で仏」(文春文庫)などでお楽しみいただけます。歴史教科書問題にかかわる顛末も満載の「あたしの民主主義」(毎日新聞社)も参考にぜひどうぞ。また、「どうちがうの?新しい歴史教科書VSいままでの歴史教科書」(夏目書房)というブックレットでは巻末の「総講評」を執筆されてます。この問題のひとまずの総括として、次回の予習のためにもぜひご一読くださいね。

どうちがうの?―新しい歴史教科書vsいままでの歴史教科書 夏目書房編集部 4931391907
◆◇ search
万年少年少女思想談話室●薬箱戦争薬箱戦争
フリーペーパー 献血劇場 web-site / top献血劇場  web-site / top
稲村光男抒情画工房 | 薬箱手帖