* 雨の日の女 ◆ その28*

絵と文・稲村 光男

RAINYDAY WOMEN #12&35

books & records review with lyrical illustrations
by mitsuo inamura
初出誌◆フリーペーパー「献血劇場」VOL.28◆ 19980427 / 初版発行
「雨の日の女」ロゴ
雨の日の女
… but I would not feel so all alone, everybody must get stoned.
◆◆◆

『雨の日の女』は、「この堂々めぐりの世の中からのがれることはできないものか」ということを、本やレコードといった物件をとおして探究するページです。

今回の物件 ◆ ザ・バーズ
「ミスター・タンブリン・マン」
the Byrds / Mr.Tambourine Man

もしもタイム・マシンがあったなら、みなさんはどんなことをしてみたいと思いますか?
ぼくは40年の時をさかのぼり、ぼくが生まれるずっと前の東北のかたすみの山あいの小さな部落へ行ってみたいと思います。
そして少女時代のぼくのおかあさんと出会ってみたいのです。

雨の日の女#28 挿絵1 ミスター・タンブリン・マン(完全生産限定紙ジャケット仕様)

そんな埒もないことを想うようになってしまったのは、ある小説を読んで目の覚めるような思いをしてしまってからのことです。
それは谷崎潤一郎の昭和6年の作品、「吉野葛」という一篇でした。

吉野山、初音の鼓、静御前。忠信狐、恨み葛の葉。

あまりにも見事なイメージの撩乱をあくまでもさりげなく描いた紀行文のかたちをとりながら、ひとりの青年のたましいが亡き母の面影を求めて風景の中に伝説の眠る大和の国吉野郡国栖村へとたどりつくというおはなしで、谷崎文学の代表作といえばむしろ「刺青」「春琴抄」「細雪」などなど、堂々たる名作が他にいくらでも思い浮かぶのですが、それらにもましてぼくがとりわけ偏愛せずにいられなくなってしまったのが、このささやかながらあまりにもステキな珠玉作なのです。

「四十年前の日も、つい昨日の日も、此処では同じに明け、同じに暮れていたのだろう。津村は『昔』と壁一と重の隣へ来た気がした。ほんの一瞬眼をつぶって再び見開けば、何処かその辺の籬の内に、母が少女の群れに交って遊んでいるかも知れなかった。」

谷崎潤一郎「吉野葛」より

けれどこの堂々めぐりの世の現実では、この壁一と重のむこうがわはいつだってまぼろしでしかないものです。
恋しくば訪ね来てみよと誘われて、行ってみたところで狐につままれてしまうのが関の山なのです。
たとえばやはり母恋いものの古典的傑作で、以前にこのページでとりあげた泉鏡花の「草迷宮」(雨の日の女#17)では、そこにこの世ならぬものがあらわれることでこのうえなくステキな世界ができあがっています。
けれどあろうことか谷崎潤一郎の「吉野葛」では、この世の現実世界だけを舞台にそれをやってしまっているのでした。
これから読んでみようという方のためあまりくわしくは言えませんが、この小説における吉野郡国栖村という山あいの小さな部落への訪れはとりもなおさずはるかな神話世界の「妣が国・常世へ」の流離であり、その旅の果てに彼は生まれる前の少女時代のお母さんと、まぼろしではなく現実の生身の処女と出会ってしまうのです。

●各社から発行されている「吉野葛」で、とくにおすすめしたいのは「蘆刈」を併せて収めた岩波文庫版

●司馬遼太郎はあるところで、南北朝史はドラマチックな時代なのにどうも小説にはなりにくく、「私本太平記」を書いた吉川英治をはじめとする作家たちもそれを書き上げると仕事が衰弱するか、亡くなってしまわれる、という意味のことを指摘していましたが、そんな魅力的ながら難儀な時代を題材とすべく吉野へ旅する小説家の紀行文という設定でこのおはなしを綴り、以後晩年まで数十年にわたって充実しまくった文筆活動を繰り広げた谷崎潤一郎という文豪はやはりとんでもなく老獪な傑物だったのではないかと思います。

●なお、あらゆる近代小説の中でもいちばんと言ってもいいくらいぼくが偏愛しているこの作品については【「薬箱戦争」第二夜 / 倭迹迹日百襲姫】でも触れています。また【雨の日の女#37 / 中上健次「千年の愉楽」 】でも谷崎文学について言及していますのであわせてご覧ください。

どんなものにも季節があって、
変わっていき、移ろい行きます。
ターン ターン ターン
そして天の下には、
すべての目的のための時があるんです。

Turn! Turn! Turn! ( To Everything There Is A Season) / the Byrds
Words from the Book of Ecclesiastes / Adaptation and Music by Peet Seeger

バーズの二枚目のLPのタイトル曲にもなったこの歌の歌詞は聖書の「伝道の書」からとられたものとのことで、日本古典のいわゆる無常観とはちょっとちがいますが、ともあれあらゆるものが時の流れの中にあるということだけは洋の東西問わず圧倒的な真実で、エントロピーの法則を説くまでもなくなにもかもがその時の流れに移ろい行くというこの世の現実からは何人ものがれられず、ぼくもあなたもいつのまにか歳をとってしまい、過ぎ去ってしまった季節のむこう側はみんなまぼろしになってしまい指一本触れることさえできません。

けれどこの堂々めぐりにすこしでも反逆してみせるなんてことはできないものなのでしょうか?
つまりぼくらがいついつまでも万年少年少女であることは?

雨の日の女#28 挿絵2 The Very Best of the Byrds

「昨日よりも若く」。
この奇跡的にステキなフレーズはバーズの四枚目のアルバムのタイトルで、そこに収録されたボブ・ディランの「マイ・バック・ペイジズ」という曲で歌われている歌詞から採られたものですが、結局のところこの世の堂々めぐりからのがれるべくぼくらがめざすものはそれだったんだ、と思うのです。

ああ、だけどあの頃ぼくはずっと年老いていて、
いま、ぼくはあの頃よりもずっと若い。

My Back Pages / the Byrds
Words and Music by Bob Dylan

ああ、ぼくもこんなふうにうたうことができたなら、と思わずにはいられません。

20世紀の科学はアインシュタインの相対性理論を生み人類は宇宙空間へととびたちましたが、どうやらタイム・マシンも不老長寿のお薬もまだまだ夢まぼろしでしかないようで、そんなこの世紀末に生きるぼくらに何かがあるとするなら、それはやはりステキな言葉、ステキな詩、ステキな歌でしかありえないと思うのです。

「吉野葛」という小説は紀行文に擬した散文的形式をとりながら、ぼくらに奇跡的タイム・マシン効果を感じさせてくれることで、まぎれもない一篇の詩的作品でした。
できないことをできるようにしてしまうこと。ほんの一瞬でも時の流れを止めてしまい、この世の堂々めぐりに反逆してみせること。
それこそがぼくのいう「詩」というものなのですから。

ザ・バーズはぼくが愛してやまないいちばんステキなフォーク・ロック・バンドです。
ビートルズ・ミーツ・ボブ・ディランと言われバッハの平均律で味付けした初期のフォーク・ロックからジョン・コルトレーンのモード奏法やインド音楽にかぶれた中期のサイケデリック・ラーガ・スペース・ロック、さらには後期のグラム・パーソンズ・シンドローム以降のカントリー・ロックにいたるまで、様々なスタイルに変容したもののそのどれもが好きで大好きでたまらないのですが、とりあえず今回の物件には新鮮なきらめきのかたまりだけでできたようなあまりにもすばらしい最初のLP「ミスター・タンブリン・マン」をあげておきます。
なかでもやはりボブ・ディランの作品をとりあげ全米チャート一位の大ヒットとなったファースト・シングルでもあるタイトル曲を聴いているとき、ぼくはただただ、ほんとうにしあわせになってしまうのです。

雨の日の女#28 挿絵3 The Essential Byrds

ねえ、ミスター・タンブリン・マン、ぼくのために歌っておくれ。
眠くはないけれど行くところもない。
ジングル・ジャングルの朝にやってきて、あんたについていくよ。
魔法のうずまく船で旅につれていって。
感覚は裸にされて、両手は何も感じない。
足のつま先もしびれてて、ブーツのかかとがさまよいだすのを待ってるだけ。
用意はできてるよ、どこへだっていってしまおう。
消えていってしまうんだ。ぼく自身のパレードの中に。
ぼくの行く手に踊りの魔法をかけてしまって。
きっとそのとりこになってしまうから。

Mr.Tambourine Man / the Byrds
Words and Music by Bob Dylan

詩曲のすばらしさにもおとらずそのアレンジも演奏もあまりにステキなこの伝説的トラックが、実はバックをメンバー以外のスタジオ・ミュージシャンがデッチあげたモンキーズ状態だったということさえ、もうこの際どうでもいいことです。
ロジャー・マッギンの12弦リッケンバッカーが鐘の音のように鳴り響き天国へと誘うようなハーモニーがぼくらをつつみこむこの2分18秒のあいだだけ、時間は止まりこの世の堂々めぐりは意味を失ってしまうような気持ちになってしまうのですから。
それはまるで、ここでは省かれてしまった原詩の一節に「明日まで、今日のことは忘れさせて」とあるシュールレアリスティックなイメージそのままに。

ぼくらもこの歌のようにこの世の堂々めぐりからのがれて、どこへなりと消え去ってしまいたいのです。
そうして少女時代のお母さんのようなまぼろしと出会うなんて無理な相談さえも、あるいは不可能なことではないのかもしれません。
もしもぼくらもまたこんな魔法のようにステキな歌を、ステキな詩ステキな言葉を歌うことさえできたなら。
このレコードの最後に収められた映画「博士の異常な愛情」の挿入歌を聴き終えるころ、ぼくはそんなふうに確信してしまうのでした。

ぼくらはまた出会うよ。
いつか、どこでかはわからない。
けれどきっとまた出会うんだ。
ある晴れた日に。

We'll Meet Again / the Byrds

はたしてそんなことはできないものなのでしょうか?

■つづく■

今回の物件
◆ ザ・バーズ「ミスター・タンブリン・マン」

THE BYRDS / " MR.TAMBOURINE MAN" 1965 Columbia

表題曲はじめ四曲のボブ・ディラン・ナンバー、ビートルズの色濃い影響下にありながら逆にジョージ・ハリスンをインスパイアしてしまった「リムニーのベル」などを収録。ロジャー・マッギン自身が「レノンとディランをひとつに合わせることができたなら」と語ったブリティッシュ・インヴェンジョンとフォーク・ソング・ブームの混合というコンセプトに加えて、もうひとつ注目すべきはアメリカン・ポップスへのアプローチ。本文ではメンバー自身が演奏していなかったことについて「どうでもよいこと」と書いてしまいましたが、実は「ミスター・タンブリン・マン」で演奏しているのがレオン・ラッセル、ハル・ブレインといったサーフ/ホット・ロッド系ないしフィル・スペクターとも関係するミュージシャンで、プロデュースを手掛けたテリー・メルチャーが手本としたのがビーチ・ボーイズの「ドント・ウォリー・ベイビー」であり、そうしてできあがったバンド・アンサンブルがこのアルバム全体、ひいてはフォーク・ロック・サウンド全般の基調となったことも、中期のバーズがゲイリー・アッシャーやヴァン・ダイク・パークスといったブライアン・ウィルソンとも深い因縁を持つ人脈と交わっていったこととあわせて重要。そんなこともみんな含めて、とにかくステキなポップ・ミュージックを語るとき外すことのできない宝物のような一枚です。

●ディスク・ガイド→ ザ・バーズのCDをさがす

●今回の物件「ミスター・タンブリン・マン」はもとより、フォーク・ロックの完成形「ターン・ターン・ターン」、いちはやくサイケデリック・サウンドを模索した「霧の五次元」、パティ・スミス・グループがカヴァーした「ロックンロール・スター」を収録した「昨日よりも若く」、そしてキャロル・キング作品を取り上げた最高傑作とも評される「名うてのバード兄弟」へと至る初期〜中期の作品はどれもハズレなしのステキな作品群。

ミスター・タンブリン・マン ターン・ターン・ターン 霧の5次元 昨日よりも若く 名うてのバード兄弟

●一転して、グラム・パーソンズを迎え大胆にカントリー・ロック・バンドへと転身した「ロデオの恋人」もまた重要作。このアルバムを中心としたバーズおよびフライング・ブリトー・ブラザーズグラム・パーソンズのソロ作品についての文章は「喫茶 点滴堂」へ寄せていますのでぜひご一読ください。

●他方、バーズを脱退したデヴィッド・クロスビーが結成したCSN&Yや、アメリカン・ニュー・シネマの代表作「イージー・ライダー」のサントラでディラン作品をとりあげた「イッツ・オールライト・マ」にはじまるロジャー・マッギンのソロ活動など、グループとしてのバーズをこえてアメリカン・ロック・シーン全体から見ても注目すべき作品が多数あって、あらためてその原点としてのバーズの価値が感じられます。

●後期の作品は比較的地味な印象かもしれませんが、最後のオリジナル・アルバムとなった1971年の「ファーザー・アロング」まで、不世出のギター奏者クラレンス・ホワイトの活躍などもあって、良質な黎明期のウエスト・コースト・サウンドとして味わいのある作品が意外なほど豊富です。

●ここでとくにおすすめしたいのが1990年に発売されたCD4枚組ボックス・セット「フライト'65〜'90」。「25年以上も前に描きはじめた円を完全に一周させるためかのように、ディランがバーズのステージに飛び入りし、一聴に値する『ミスター・タンブリン・マン』の新しいパフォーマンスが実現した」という感動的なセッションを含め、ぼくは手に入れてから数カ月のあいだ毎日、繰り返し聴いて飽きることがありませんでした。

The Byrds [Box Set] The Byrds [Box Set] Flyte '65~'90

●そのほか、バーズ名義でのデビュー以前の音源を集めた「The Preflyte Sessions」をファースト・アルバムと聴き比べてみるのも一興。

●また、言うまでもなく「ミスター・タンブリン・マン」を収めたボブ・ディランのアルバム「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」は必聴盤。フォークからロックへの転向を決定的なものとした作品であると同時に、ポップ・ミュージックの歌詞というよりは現代詩としても最高峰というべき豊饒な言葉の世界がここにあります。

the Byrds Play the Songs of Bob Dylan Play the Songs of Bob Dylan [European Import]

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