* 雨の日の女 ◆ その30*

絵と文・稲村 光男

RAINYDAY WOMEN #12&35

books & records review with lyrical illustrations
by mitsuo inamura
初出誌◆ フリーペーパー「献血劇場」VOL.30 ◆ 19981014 / 初版発行
「雨の日の女」ロゴ
雨の日の女
… but I would not feel so all alone, everybody must get stoned.
◆◆◆

『雨の日の女』は、「この堂々めぐりの世の中からのがれることはできないものか」ということを、本やレコードといった物件をとおして探究するページです。

今回の物件 ◆ ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
「ローデッド」
the Velvet Underground / Loaded

雨の日の女#30 挿絵1 ベルリン

「ぼくのこの……
肩のところにゆうれいが一匹とりついている
そいつは頭でっかちのものすごくやせた小鬼のようなやつでなんでも知っている
そしてぼくにおしえてくれる だから ぼくはなんだってすっかり知っている
『人間の生は色欲によって親から子へと伝染しつづける病気』だということもねえ……
そうなんだ伝染病だものそりゃきたないんだ」

岡田史子「赤い蔓草」より

いきなり引用してしまいましたこの恐るべき台詞は、奇しくもサイケデリック・ロックの登場と同じころ彗星のようにあらわれてわずか数年で筆を断ってしまった不世出の詩的漫画家、岡田史子の代表作からのものです。
このひとの漫画作品にぼくがどれだけ鮮烈なショックをうけてしまったかはいくら言っても言い足りないくらいなのですが、それにしても、いまだにふとしたおりにフラッシュ・バックしてしまうこのセリフほど何もかもぶちこわしにしてしまう言葉が、いったい他にあるものなのでしょうか?

オデッセイ1966~2003―岡田史子作品集 (Episode1) ODESSEY1966~2003 岡田史子作品集〈episode2〉ピグマリオン

ODESSEY1966~2003 岡田史子作品集 (Episode1)ガラス玉
ODESSEY1966~2003 岡田史子作品集 (episode2)ピグマリオン

*「赤い蔓草」は「(episode2)ピグマリオン」の方に収められていますが、二冊ともぼくが絵を描く上でももっとも影響を受けてしまった、きわめて重要な作品が多数入ってます。

【附記】このページのために調べものをしていて、この2005年4月に岡田史子さんが亡くなられていたことを知り、たいへんな衝撃を受けてしまいました。いまでは彼女の漫画作品を手放しで礼讃するわけではなく、呉智英氏の評するように「あるいは愚かな子どもだろう」とも思うのですが、ぼく自身がどうしようもなくのめりこんでしまったその世界について、またいつかどこかできちんと書いてみたいと思つつ、ご冥福をお祈りしています。

ところでそれはさておいて、いま思い返してみてぼくの思春期におきた重大なできごとをふたつあげるとするならば、ひとつには性のめざめ、そしてもうひとつにはロックンロールという音楽にめざめてしまったことがありまして、そのどちらにも共通していたことといえば、ぼくらの身体の奥底には何かとんでもないものが眠っているにちがいないという確信のめざめだったということでした。

「ジェニーが言うことには、
『わたしがまだ5歳のころって、この世にはなんにも起こらなかった。いつもラジオをつけてたけれど、なんにも聴こえてこなかったもの。けれどある晴れた朝のこと。ニューヨーク・ステーションをつけてみて、自分が何を聴いたか信じられなかったわ。ステキなステキな音楽が聴こえてきてふるえあがっちゃったのよ。
何もかもロックンロールに救われたんだわ』」

Rock & Roll / The Velvet Underground
Words and Music by Lou Reed

まるでこの「ロックンロール」と題された歌そのままに、ある日ぼくはラジオではじめてヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽を聴いて、自分が何を聴いたのか信じられなくなるような思いをしてしまいました。
そのとき聴いた「ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート」という曲は、もうとっくに陳腐なものに成り下がってしまっていたいわゆるロックンロールとはまるで別物で、タイトルどおりまっ白に白熱するビートはいつもラジオから流れてくる音楽のなかではっきりと際だってぼくの耳と身体をとらえたのです。それは同じころやはりラジオで聴いたスライ&ファミリー・ストーンのまっ黒でクールな音楽とは対照的だけれど、同じくらい印象的だったのを覚えています。
それですぐにレコード屋さんに行って、あの今世紀指折りの名作ファースト・アルバムのLPを買ってきて、アンディ・ウォーホルのプリントしたバナナのシールを胸ときめかせながらそっとめくってみたことも、まるで昨日のことのようです。もう十年以上の時が過ぎてしまったというのに。


The Velvet Underground & NicoThe Velvet Underground & Nico

* new release 2005
2005年7月にはこのファースト・アルバムが限定でLPサイズのジャケット・スリーブつきCDとして発売。この機会をおみのがしなく。

「スーツケースを持って街角に立ってる。
ジャックはコルセット、ジェーンはベストを着けていて、ぼくはロックンロール・バンドに入ってる。
スタッドを履いてる奴は捕まえな。
あのころは今とはまるで違ってたよ。
詩人たちはみんな韻の踏み方をお勉強してたし、女のひとたちは目をギョロつかせていたものさ。」

Sweet Jane / The Velvet Underground
Words and Music by Lou Reed

というわけで、ルー・リードというニューヨークの吟遊詩人はいつだってぼくのヒーローであり続けてきました。
もちろん今でも。

「今ではジャックは銀行員で、ジェーンはといえば事務員だ。
ふたりともお金を貯めてるんだ。
仕事から帰ってくると暖炉のそばにすわって、ラジオはクラシック音楽を流している。木の兵隊のマーチだ。
君たち反抗的な少年少女のみんなにも、ジャックが言うのが聞こえるだろ。
『ステキなジェーン』って。」

Sweet Jane / The Velvet Underground
Words and Music by Lou Reed
雨の日の女#30 挿絵3 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド―彼ら自身による証言

さて、ぼくらの一生に一度の世紀末もここに至って(*1998年)あいもかわらずどうしようもなくきたならしくこの世の堂々めぐりを続けて過ぎ去ってしまいそうな気配で、ぼくはこのところなんだかもうがっかりです。
恥ずかしながらぼくはこのかけがえのない時代がいままでになかったくらいにステキでキレイなものになりますようにとロマンティックに夢見ていたわけですが、これではもうお話にも何にもなりはしません。
5歳のころのジェニーに見えていた何も起こらないただきたならしいばかりの堂々めぐりの世の中。ぼくらのせっかくの世紀末もそれだけのものでしかありえないのでしょうか?

こんなふうに思ってしまうそんなとき、ぼくの耳もとでも小鬼のような幽霊がこう囁くのを聴いてしまうような気がするのです。
『人間の生は色欲によって親から子へと伝染しつづける病気』だと。
考えるのも恐ろしく口にすれば全世界が凍りついてしまいそうなことですが、それはどうやらほんとうのことのようで、ぼくらが生きていくということ、それ自体がそんなきたならしい堂々めぐりのひとコマでしかないのなら、ぼくらにはいったい何ができるというのでしょう?

ぼくは冒頭でその恐るべき台詞を引いて、こんな言葉が他にあるでしょうか?と言ってしまいましたが、実はもうひとつ同じことが歌われている歌を知っていました。
今回の物件、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1970年作品、最後のオリジナル・アルバム「ローデッド」で聴くことができるルー・リードの代表作「スウィート・ジェーン」がそれです。

「ダンスしにいくのが好きなひとたちもいる。
働かなくちゃならないひとだっている、ぼくみたいにね。
とんでもない母親たちが教えてくれるよ、ぼくらの生命はみんなきたならしいものでできてるってさ。
女のひとがほんとうに気を失ったりなんかするもんか。
何百万人もがいつも目をパチクリさせてる。
顔を赤らめるのはお子様だけじゃない。

それに人生なんて死ぬためにあるんだ。

でも言っておくことがあるよ。
いちど心を持ってしまったら、それをぶちこわしになんかできない。
いちど役を演じてしまったら、それを嫌になることなんかできない。」

Sweet Jane / The Velvet Underground
Words and Music by Lou Reed

ぼくはいつだってこの歌を聴いて感動せずにはいられません。
ここで歌われている言葉がどうしようもなく真実であることに。
それにこの歌が、あまりにもステキなステキな、何もかもが救われてしまいそうなロックンロールだということに。

そしてぼくはこんな歌、こんな言葉のことを「詩」と呼んでいるのです。

雨の日の女#30 挿絵4

ぼくらはこんなステキな詩ステキな言葉ステキな歌がこの堂々めぐりの世の中をぬりかえてしまうことを知ってしまっていたのでした。
そんなわけでぼくらはどんなにがっかりしてしまっても、もう心をぶちこわしにしてしまうわけにも嫌になってしまうわけにもいかず、ただできることはやるべきことをやるだけ、やるべきことはできることをやるだけ、それだけのことなのです。
だって太陽と星々とはいまさらめぐりをとぎらすわけにはゆかないのだからしかたありません。

そうしてぼくらがほんとうにステキな時代にすべりおちていってしまうことなぞ、はたしてもう無理なことなのでしょうか?

■つづく■

今回の物件
◆ ヴェルヴェット・アンダーグラウンド「ローデッド」

THE VELVET UNDERGROUND / " LOADED" 1970 Atlantic / Cotillion

グループの解体期に制作されたこのレコードは、過去三枚の強烈にヴェルヴェッツらしいきわめて個性的なアルバムにくらべると一見オーソドックスでコマーシャルな楽曲が中心ですが、「スウィート・ジェーン」の "Life Is Just To Die" の一行だけでも永遠の価値があります。同じく不朽の名曲「ロックンロール」も収録。

●ディスク・ガイド → ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのCDをさがす

The Velvet Underground The Velvet Underground

本文中でも触れたアンディ・ウォーホル・プロデュースでニコが参加したあまりに有名なバナナ・ジャケットのファースト、ジョン・ケイルのアヴァンギャルドな音楽性も炸裂したセカンド「ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート」。実はぼくがいちばん愛聴していた、ルー・リードの繊細な抒情性が痛々しいほど美しいサード。そして今回の物件「ローデッド」まで、オリジナル・アルバムはどれも必聴盤。これらすべてに加えて未発表音源を多数収録した、箱のバナナがシールになってるのがうれしいボックス・セット「Peel Slowly and See」もおすすめ。
また、「ローデッド」についてはそれとは別に、すばらしい未発表テイクがたくさん収録された二枚組CD「スペシャル・バージョン」も発表されています。
もうひとつおすすめしたいのが、ルー・リード在籍時最後のステージを友人が録音していたと言う伝説の「ライヴ・アット・マクシズ・カンサス・シティ」。ひどくチープな録音状態ながら、純粋にステキなロックンロールに引き込まれてしまうとそんなことはまったく気にならなくなってしまう一枚。「スウィート・ジェーン」を聴くことができます。2004年には曲数が大幅に追加され音質も少しだけ改善された Live at Max's Kansas City [Deluxe Edition] がリリースされました。
ルー・リードのソロ作品にも傑作は多数あって紹介しきれないのですが、ここではひとまず今回の本文と関連して「スウィート・ジェーン」「ロックンロール」が演奏されているライヴ盤「ライブ・イン・イタリー」「ロックン・ロール・アニマル」をあげておきます。

雨の日の女・リストマニア

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