* 雨の日の女 ◆ その33*

絵と文・稲村 光男

RAINYDAY WOMEN #12&35

books & records review with lyrical illustrations
by mitsuo inamura
初出誌◆ フリーペーパー「献血劇場」VOL.33 ◆ 19990709 / 初版発行
「雨の日の女」ロゴ
雨の日の女
… but I would not feel so all alone, everybody must get stoned.
◆◆◆

『雨の日の女』は、「この堂々めぐりの世の中からのがれることはできないものか」ということを、本やレコードといった物件をとおして探究するページです。

今回の物件 ◆ 村上龍「69 sixty-nine」

今回はまず、フリーペーパー文化誌「献血劇場」あてにお寄せいただいたおたよりのご紹介から。
先ごろ開かれた「中原淳一展」を見に行ってきましたという大阪市のなつみさんより。

「『献血劇場』のどこか懐かしく、ステキなものを希求し探究する姿勢や、毎回かわいいハンドメイドのふろく(*読者アンケートの応募者全員プレゼントのこと)が付いているところなど、実に中原淳一的であることに気付きました。やはり『献血劇場』のルーツはそのあたりにあるのでしょうか?」

あのたまらなくステキな淳一画の少女たちがぼくのあこがれであることは、まさにご覧のとおりですが、それにもまして心をうたれてしまうのは、「日本中の人が、昨日より今日のほうが少しでも美しくなったとしたら、日本中は、昨日より今日のほうが美しくなる」と夢見て、身を削るようにしてまで活躍したそのこころざしなのでした。
けれどここでぼくはやっぱり途方に暮れてしまわずにはいられません。
はたして今日、わが国は昨日よりも美しくなったのでしょうか?

雨の日の女#33 挿絵1*アルチュール・ランボオを読む少女

中原淳一といえば、終戦直後に夢多きはずの女学生までが電車の中でお米とお芋の取り替えっこの話を大声でしているのを聞いて「これではいけない」と思った、その危機感がかの伝説的女性誌「それいゆ」創刊の動機になったという有名なおはなしがありますが、それから半世紀が過ぎ去ってみると、いまでは少女たちは、食べるものにも不自由する貧しさどころか、このおそろしく肥大した消費社会の主人公になってしまい、土地神話が崩壊した昨今では市場としても商品としてもほとんどそれにとってかわるいきおいのようにさえ思えます。

それなのにわが国のありさまといえばこれまたご覧のとおり、なんだかちっともステキじゃなくて、またしても「これではいけない」と思ってしまわずにはいられません。
実をいうと、ぼくが切実に「この世は堂々めぐりだなあ」と感じてしまったのは、そんなことをしみじみと思ってしまったからだったのでした。

*現在、中原淳一がてがけた本の多くは、国書刊行会などから復刻されているものを比較的容易にお求めいただけます。
そのなかには「ジュニアそれいゆ復刻版」といったお宝もあるので、ぜひいまのうちに手に入れておいて、子々孫々に伝えましょう。

ひまわりみだしなみ手帖―中原淳一エッセイ画集〈2〉 しあわせの花束―中原淳一エッセイ画集 あなたがもっと美しくなるために 中原淳一のひまわり工房

さて、なつみさんからのおたよりはこう続けられていました。

「私は美しい姿に生まれることはできませんでしたが、『美しく生きる』ことは大切だなあ、と思った次第です。」

なつみさんおたよりほんとうにありがとうございました。
このひとことで思い出すことができましたが、ぼくは淳一画のへたくそなイミテーションをつくるためだけに生きているわけではありません。
だってぼくに「美しく生きる」ことを教えてくれたのは、たとえば前回書いたように、「黒人文化」とかだったりもするのですから。

雨の日の女#33 挿絵2*チェ・ゲバラと「造反有理」

こうして夏が来るたびに、ぼくは「新しいビートにあわせて街で踊る季節が来たよ」とアジテーションするマーサ・リーヴス&ザ・ヴァンデラスのモータウン・クラシック・ナンバー「ダンシング・イン・ザ・ストリート」の力強いビートを思い出します。1960年代のアメリカで黒人暴動が夏の風物詩になってしまったのはこんなビートのせいだったのかもしれません。
そして1968年、パリ五月革命に参加したミック・ジャガーはこの歌を替え歌にしてこねくりまわしたあげく、ひとつのローリング・ストーンズ・ナンバーにしたてあげてしまいました。
もしそのセッションのもようも「悪魔を憐れむ歌」の録音風景を撮った映画「ワン・プラス・ワン」のように、ジャン・リュック・ゴダール監督で撮影されていたらきっとおもしろかっただろうにと思われてくるこの歌、「ストリート・ファイティング・マン」を聴いていて気が狂うような思いをしてしまったこと、ぼくのルーツはどうもそのあたりにあったみたいなのです。

「北高を望む坂の下まで来ると、垂れ幕が見えた。
『想像力が権力を奪う』
感動した。自分達の力で、見慣れた風景を変えることができるのだと知った。」

(村上龍「69 sixty-nine」より)

「想像力が権力を奪う」。パリ五月革命落書き集から採られたというこのスローガンをステキに引用した今回の物件、村上龍の小説「69 sixty-nine」は、1969年に高校三年生だった著者のまわりで起こったできごとをこのうえなく楽しく描いた大傑作です。
その「あとがき」には、「1969年に生まれた人々は、ひょっとしたら今(1987年5月)高校生なのではないだろうか? / できればそんな人達に、読んで欲しい。」とあって、1970年に生まれたぼくは高校二年生16歳の夏、初版発売と同時に夢中で読みふけってしまいました。
そしていまでもぼくは、すべての日本の高校生は受験参考書など読むヒマがあったらこの一冊を読むべきだ、と思っているのです。

そんななつかしい、けれどまるで昨日のことのようにあざやかな印象でいっぱいのこの本をひさしぶりに読み返してみて、どれをとってもステキに刺激的な言葉の数々のなかでもいちばん胸にしみたのは、物語の終盤でこのおはなしのヒロイン、天使のような美少女レディ・ジェーンこと松井和子がつぶやくひとことなのでした。

「『うち、ブライアン・ジョーンズのチェンバロの音のごたる感じで、生きていきたかとよ』」

(村上龍「69 sixty-nine」より)

ああ、ぼくがいまもステキなものを探し続けているのは、こんなひとことのためだったのかもしれません。
ぼくはこの堂々めぐりの世の中になにがなんだかわからなくなってしまうたびに、そっと目を閉じて、いかにも不良少年たちというたたずまいの若きローリング・ストーンズが柄にもなく奏でてみせた「レディ・ジェーン」のとってもキレイなあのイントロのチェンバロの音といっしょに、このひとことを思い出します。
するとぼくにはこのひとことをつぶやく美少女が、まるで中原淳一が描く少女のような夢みる瞳をしているように思い浮かべられてくるのでした。
それでぼくもそんなステキなイメージを描いてみたくなってしまったのです。

雨の日の女#33 挿絵3*チープ・スリル

そしてぼくはこの期におよんで、もうこれからはずっと少年のままでいることに決めました。
だってこの小説を読み返してみて、ぼくのなかのたいせつなものが16歳のあの頃のままひとつも色あせずにいることに、どうしようもなく感動してしまったのですから。
つまりぼくも、やっぱり今でも、ブライアン・ジョーンズのチェンバロの音のような感じでずっと生きていきたいのです。

この本の「あとがき」にもあるように、それはきっと死ぬまで続く戦いにちがいありません。
そしてこの眠っているみたいな東京の街で、権力も暴力も持ちえないぼくらのような貧しい万年少年少女になにかがあるとすればそれは想像力、つまりステキな言葉ステキな詩ステキな歌ぐらいのものなのです。

ぼくらがそんな武器をとって、見慣れた風景を変えてしまうことなど、はたしてもう無理なことなのでしょうか?

■つづく■

今回の物件 ◆ 村上龍
「69 sixty-nine」

1987年 集英社・刊

ベトナム戦争とアート・ロックの匂いのあふれる1969年の佐世保の街、バリケード封鎖にフェスティバル、17歳で童貞のケン少年の活躍を描いた戦後日本少年小説の大傑作。大爆笑を誘うとりわけ痛快なバリ封の最中の校長室脱糞事件などは、たしかウィリアム・バロウズの「裸のランチ」にあったイメージの限りなくポップな引用だったのでは?と思うのですがいかがでしょうか。豊かな感受性と好奇心でいっぱいの少年少女のみなさまに、夏休みの課題図書にあげたい一冊です。

●ブック・ガイド → 村上龍の本をさがす
2005年には朝鮮半島有事を題材とした久々の長編「半島を出よ」を上梓、「13歳のハローワーク」の国民的大ヒットも記憶に新しいところ。近年は「近代化達成による喪失感」は過去に学ぶことができないもので、「今の子どもたちが抱いているような寂しさを持って生きた日本人は、これまで有史以来存在しない」という視点に立って社会を鋭く見透しているようです。
個人的に新刊が出るたび本屋さんに走っていたのは「愛と幻想のファシズム」から「トパーズ」あたりまでだったのですが、白状すると当時はほんとうに影響をうけまくってしまいました。
兄の本棚にもあったデビュー作にして芥川賞受賞のベストセラー「限りなく透明に近いブルー」を読んでほとんど原体験ともいうべきカルチャー・ショックをうけてしまったのがそもそものはじまりで、いちばん思い入れが深いのは「コインロッカー・ベイビーズ」。この本のことを「69 sixty-nine」を読んだ1987年の夏に読書感想文に綴ったら賞をもらったりして、思えばそれがぼくのもの書き活動の原点のひとつだったのかもしれません。
私的なことばかり書いてしまいましたが、なにしろ多感な時期に影響されてしまったものでご容赦ください。ちなみに映画化された「69 sixty nine」はいまだ見ていません。ぼくのなかであまりに小説のイメージが完璧なので。映画だけ見て小説を読んでない方はこの機会にぜひどうぞ。

●2005年の最新刊
ハバナ・モードハバナ・モード

雨の日の女・リストマニア】|【復刊リクエスト

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●ディスク・ガイド 「69 sixty-nine」の時代と音楽

もともと村上龍という作家はカウンター・カルチャーの申し子のようなひとなので、その作品の多くは映画や音楽といった背景がきわめて重要な要素となっていて、とりわけ「69 sixty-nine」は、その章題をはじめ大文字で記載されたキーワードをかたっぱしから検索していけば1969年当時のカルチャー見取り図ができあがってしまうガイド・ブックのような側面もある楽しい本です。
特に音楽に関しては、サイモン&ガーファンクルからクリームやジョン・コルトレーンまでたくさんのアーティストの名前が散見しますが、ぼくがこの小説のBGMにレコード一枚だけおすすめするとしたら、ローリング・ストーンズ1969年マディソン・スクエア・ガーデンでのライヴ盤「ゲット・ヤー・ヤー・ヤズ・アウト」をあげておきます。直後に「オルタモントの悲劇」を控えた絶頂期の演奏で、「69 sixty-nine」の冒頭でも最高のシングルとしてあげられている「ホンキー・トンク・ウィメン」なんかもうこのうえなくご機嫌です。ラストの曲はぼくが本文中で触れた「ストリート・ファイティング・マン」。「レディ・ジェーン」も収録した1966年の「ガット・ライヴ・イフ・ユー・ウォント・イット!」の狂騒ともまたちがった客席の異様な空気も含め、いま聴いても1969年という年がいかに特別な時代だったのかを全身で感じてしまいます。

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