* 雨の日の女 ◆ その38*

絵と文・稲村 光男

RAINYDAY WOMEN #12&35

books & records review with lyrical illustrations
by mitsuo inamura
初出誌◆ フリーペーパー「献血劇場」VOL.38 ◆ 20010119 / 初版発行
「雨の日の女」ロゴ
雨の日の女
… but I would not feel so all alone, everybody must get stoned.
◆◆◆

『雨の日の女』は、「この堂々めぐりの世の中からのがれることはできないものか」ということを、本やレコードといった物件をとおして探究するページです。

今回の物件 ◆ ローラ・ニーロ「抱擁」
〜犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて
LAURA NYRO "WALK THE DOG & LIGHT THE LIGHT"

子供の頃、「発明発見のひみつ」のような本を読んでいていつも思ったことは、「はじめに言葉を発明したのって、いったい誰だったんだろう?」ということでした。それでぼくはお母さんに聞いてみたけれど、お母さんはいつも「知らない」と言いました。

「たとえば狩猟人が、ある日はじめて海岸に迷いでて、ひろびろと青い海をみたとする。人間の意識が現実的反射の段階にあったとしたら、海が視覚に反映したときある叫びを<う>なら<う>と発するはずである。」
「…狩猟人が自己表出のできる意識を獲得しているとすれば<海(う)>という有節音は自己表出として発せられて、眼前の海を直接的にではなく象徴的(記号的)に指事することになる。このとき、<海(う)>という有節音は言語としての条件を完全にそなえることになる。」

(吉本隆明「言語にとって美とはなにか」)

吉本隆明のこの自己表出論は言語学者に言わせるとかなり怪しい説なのだそうですが、「はじめて海を見た狩猟人」といううつくしい喩えとともにむかしお母さんが答えてくれなかった問いにともかくも答えてくれた一篇の詩として、ぼくにはどこか見過ごしてしまえないひっかかりが感じられてしまうのです。

ただしぼくのなかにある「いちばんはじめの言葉」のイメージはまたちょっと別にあります。ぼくが生まれてはじめて発した言葉は、どうやら「ママ」というひとことだったみたいなのです。そこからこじつけるのも乱暴なおはなしですけれど、遠い遠いむかし人類がはじめて口にしたのもきっとなにかお母さんへの呼びかけの言葉だったような、そんな気がしてしかたがないのです。

雨の日の女#38 挿絵1 抱擁~犬の散歩はお願いね

これまでぼくが触れてきたステキな言葉の担い手は、思えばどれもみんな母恋の歌でした。泉鏡花、谷崎潤一郎、それに寺山修司。その系譜を謡曲に代表される中世からの口承文芸にたどるのは簡単なことですが、もしかするとその根はもっと深くて、はるかな古代までもさかのぼれるものなのかもしれません。なにしろぼくらのこの国ではじめて歌をうたった最初の詩人は、「お母さんの国へ行きたい」と泣き叫んで青山を枯らしたスサノヲノミコトという荒ぶる神さまだったのですから。

調子にのってさらに言うと、それはこの国だけのおはなしではなくて、1960年代のリヴァプールでポップ・ミュージックを発明したみなし児の「ジョンの魂」の真髄も、1950年代のサンフランシスコで現代詩を発明したビートニク詩人、アレン・ギンズバーグの絶唱「カディッシュ」も、どれもこれもみんな失われてしまったお母さんへの哀歌なのでした。 ここでぼくらは思わずにいられません。そんなステキな詩ステキな歌ステキな言葉は、どうしてこんなにも身を切るようなさみしさをたたえているのでしょう?

お母さんへの呼びかけの言葉。それがステキに象徴的であるほどにその記号はお母さんそのものからは遠ざかってしまう宿命の堂々めぐり。ぼくらはステキな言葉をみつけて、そうしてはじめてさみしさを知ってしまったのかもしれません。 言語の発生についてはもうひとつ、それは他者という概念からみちびかれたものだという説もありました。それに人間がまず認識する他者なるものはじぶんの排泄物なのだそうです。つまりぼくらはみんな要するにお母さんの排泄物としてこの堂々めぐりの世の中に産み落とされてしまったというどうしようもないさみしさ。

ぼくらにできることといえばそんなさみしさをステキな歌ステキな詩すてきな言葉にして描きだすこと、ぼくはずっとそんなふうに思ってきました。けれど気がついてみるといつのまにか、現実のお母さんへの恋歌を歌うには、あまりにも遠くまできてしまったものです。ぼくとお母さんがみちたりたひとつの肉塊だったときの感触なんて、はるか30年のときの彼方に翳んでしまっているのですから。
するとぼくらはこのままなしくずしにさみしさをなくしてしまい、いつしかステキな言葉も見失ってしまうだけなのでしょうか?

雨の日の女#38 挿絵2 FIRST SONGS

今回の物件はぼくがたましいの底から愛してやまないシンガー・ソングライター、ローラ・ニーロの93年作品「抱擁」。これまでにも幾度か触れてきましたが、彼女の歌はどれもこれも奇跡のようにステキな歌ばかりです。けれどこれは母恋いの歌とはちょっとちがいます。あえて言うならそれは「お母さんの歌」そのものなのかもしれません。

「死ぬのなんてこわくない。わたしが逝ってしまうとき、ひとりの子供が生まれます。そうして世界は続いていくもの」

"And When I Die" / Laura Nyro

19歳の天才少女としてデビューした最初のアルバムですでにそんなゴスペルを書き上げ、ポップ・ミュージック史上屈指の名作「イーライと13番目の懺悔」、月経という現象をそのまま音楽にしたかのような壮絶さでぼくらを青ざめさせてくれる「ニューヨーク・テンダベリー」、幼いころから親しんできた豊かな音楽環境のきらめきを凝縮しのびやかに歌ったR&B古典作品集「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」などなど、あまりにもステキなレコードの数々を紡ぎだしながら、いつしか寡作になっていった彼女から、10年ぶりのごぶさたでぼくらに届けられた贈り物。それがこの「犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて」と題されたアルバムだったのです。

「"LIFE"って何?
雑誌で読んでわかったの?」
「お日さまにこんにちはのキス。
公園で遊ぶ子供、
人生を満ち足りたものにして。
わたしはとてもくたびれて、
おまえはとてもはしゃいでる。
詩を書けない詩人のわたし。
そしておまえはわたしの子供。」

"To A Child" / Laura Nyro

彼女の沈黙の10年間をコンフェッションした私小説のようなこの歌は、84年のアルバム「マザーズ・スピリチュアル」でも歌われて、ここにあらためて再録された思い入れ深いものでした。

「とても穏やかな暮らし
雑誌ではわたしたちのことを
そんなふうに書いている。
それならどうしてわたしたちは
洗濯機のそばで泣いてるの?」

"To A Child" / Laura Nyro

このうえなくしなやかで、同時にとてつもない強靱さをたたえたこの歌を聴いていてぼくは思いました。この世のステキな歌には母恋いのう歌のほかにももうひとつ、ぼくらが歌おうとしても決して歌うことのできない歌、こんな「お母さんの歌」があるにちがいない。そうしていまのぼくには、そのたまらなくみずみずしい抒情性が何にもましてたいせつなものに思われるのです。

彼女が歌うお日さまの歌、月の歌、そのあまりのステキさにぼくはもうただただ眼が眩みすっかりまいってしまうだけ。この光りに照らしだされてしまえば、すべての男の子たちがこしらえてきたものなんてみんな可愛らしい赤子のしわざでしかないような、そんな気さえもしてしまう。ぼくが見失いそうだったさみしさまでもすべて含めて何もかも、やさしく抱きしめられるような思い。とても甘いさくらんぼの味よりももっと甘い、こんな感触に出会えたことを、ぼくは誇りに思います。

雨の日の女#38 挿絵3 SMILE

「犬の散歩はお願いね、
そして明かりはつけておいて。
日曜日には逢いましょう。
土曜の夜は仕事なの。」

"Walk The Dog And Light The Light" / Laura Nyro

こんなメッセージを残したまま、97年に彼女が子宮癌で逝ってしまったときのさみしさは、いまでも忘れることができません。彼女が歌うその姿をこの眼で観る機会を永遠に失ってしまったことへのいくら悔やんでも悔やみきれない喪失感。きっとこの思いはいついつまでもぼくのたましいの深いところに刻み込まれてなくなりはしないはず。

それでぼくは、うっかり失いかけていたステキな詩ステキな歌ステキな言葉をもういちど描いてみようと思ってしまったのでした。だってぼくは、すっかり忘れようとしていたかけがえのないさみしさを、またしても見つけてしまったのですから。

この世には、ほんとうにステキなものがあるのです。

そうしてなにもかもが色褪せていくこの世の堂々めぐりをあざやかに超えてしまうような、そんな世界を描くことなんて、はたしてできないものなのでしょうか?

■つづく■

今回の物件 ◆ ローラ・ニーロ
「抱擁〜犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて」

LAURA NYRO "WALK THE DOG & LIGHT THE LIGHT" 1993. Columbia/Sony
彼女のレコードを聴いていると、誰もが「いまかかっているのは誰の歌ですか?」とたずねてくる、そんなステキな音楽。というのはけっしておおげさに言っているわけではなくて、実際にぼくはもう何度もそんな場面を経験しているのです。このアルバムについても、「ローラ・ニーロ?90年代にもこんないい作品を出してたんですね」というひとが何人もいました。ぼくも含め、きっとそんなひとたちにとって、もういつのまにか忘れかけていたけれど、やっぱりステキな音楽ってステキだということを思い出させてくれるかけがえのない1枚なのでした。
●2008紙ジャケット仕様限定再発
抱擁(紙ジャケット仕様)
ローラ・ニーロ
B001DNF7CO

●ディスク・ガイド → ローラ・ニーロのCDをさがす
本文中で触れたあまりにもステキな作品群、ぜひ聴いてみてください。初めての方には「イーライと13番目の懺悔」もしくはベスト・アルバムがおすすめ。
残念ながらオリジナル・アルバムに一部廃盤や品切れ中のCDもあるもようですが、アウトテイクを収録したボーナス・トラック入りで再発されているタイトルもあり、ソニーのていねいなリイシューがうれしい。けれどまずは一日も早くぜひ全作品をリリースしてほしいものです。一方で没後リリースされた遺作「エンジェル・イン・ザ・ダーク」や各種のライヴ音源、それにソングライターとしての評価も高かった彼女へのトリビュート・アルバムにもあらためて感動。

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