* 雨の日の女 ◆ その38* 【番外編】

絵と文・稲村 光男

books & records review with lyrical illustrations
by mitsuo inamura

RAINYDAY WOMEN #12&35

ギターをひく少女

「雨の日の女」ロゴ

… but I would not feel so all alone, everybody must get stoned.
初出誌◆ フリーペーパー「献血劇場」VOL.38 ◆ 20010119 / 初版発行

このページは、フリーペーパー文化誌「献血劇場」誌上に連載された本とレコードに関するエッセイ「雨の日の女」の「番外編」として発表されたものです。
ぜひこちらの本文とあわせてご覧ください。
●本文 >> 雨の日の女#38 / ローラ・ニーロ「抱擁〜犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて」

◆◆◆

「雨の日の女」その38*番外編
ローラ・ニーロとキャロル・キングについてのノート
〜音楽にとって美とはなにか

全米大ヒットとなったフィフス・ディメンションやスリー・ドッグ・ナイト、ブラッド・スウェット&ティアーズ、バーブラ・ストライザンドから、ちょっと変わったところではUKロック・シーンのアフィニティー〜リンダ・ホイルといったアーティストにいたるまで、ローラ・ニーロの楽曲はたくさんのひとたちにとりあげられていて、それだけでもそのステキな音楽がどれほど愛されているかがうかがえますが、トッド・ラングレンも最初のソロ・アルバムで彼女に捧げた「ベイビー・レッツ・スウィング」という曲で「ローラ、ロサンゼルスの街で君を見かけたよ、またあの頃みたいにスウィングしようよ」と歌っていました。

トッド・ラングレンといえば、「献血劇場」誌VOL.38に掲載の「危険な観光地・番外編」でお話した小旅行の際に割礼子が持参したBGMのCDのなかには彼の名作「サムシング/エニシング?」があったのですが、その一曲め「アイ・ソー・ザ・ライト(瞳の中の愛)」なんてドライヴにはぴったりの軽快さで、ほんとうによくできたポップ・チューンだなあとあらためて思ってしまいました。
それにつけても、ぼくはこの曲を聴くたびに、どうしてもキャロル・キングの面影を感じてしまわずにはいられません。

キャロル・キングといえば、きっと20世紀でも指折りのソングライターとして記憶されるはずのひとで、トッドの「アイ・ソー・ザ・ライト」にしてみても、彼がキャロル・キングのような曲を書いたらどんなふうになるかを演じてみせたシュミレーション、といった趣きに聴こえてしかたがないくらいなのです。

ところで、ローラ・ニーロの楽曲はどんなアーティストが取り上げようと、やはり彼女自身のどこか深いところからわき出すような演奏と歌唱が最高、ということを前にも書いたことがあるのですが、それにくらべるとキャロル・キングの場合はどうもそうではありません。
かの大ヒット・アルバム「つづれおり」に収められた楽曲にしても、やはり「ナチュラル・ウーマン」といえばアレサ・フランクリンのすばらしい歌唱力にはかなうべくもないし、「ユー・ガッタ・フレンド(きみの友だち)」がいちばんステキに歌われたのは、ダニー・ハザウェイの「ライヴ」に収録されたあのかけがえのない瞬間だったにちがいありません。

さて、ぼくはひところ1996年にリリースされたキャロル・キング1971年カーネギー・ホールでのライヴ盤を愛聴していたことがありました。
ここでもやはり収録曲は彼女がてがけてきた黄金の名曲ぞろいなのに、彼女自身の歌と演奏はそのレベルには届かなくて、どんなにいっしょうけんめいに歌ってみてもローラ・ニーロなら感じられるような奥行きが表現できない、そんなもどかしさをどうしても感じてしまいます。

それでは何故にぼくがキャロル・キングのライヴを繰り返し聴いていたのかというと、その終盤で彼女の友だち、ジェイムス・テイラーが登場していっしょに歌っているいくつかの歌が意外にステキで、引き込まれてしまったからなのでした。
なかでも、ドリフターズのヒットで知られる「アップ・オン・ザ・ルーフ」が歌われるあたりになると、ぼくはほんの一瞬、ふっと夜空に浮かび上がってしまうような、なにか不思議な感覚を感じてしまうのです。

どんなによくできた曲があっても、そんな「不思議な感覚」のようなものがなかったら音楽なんてつまらないもの。ほんとうにそう思います。

その「アップ・オン・ザ・ルーフ」という曲はローラ・ニーロも1970年のアルバム「魂の叫び」でとりあげたことがあって、これがまた彼女の自作曲に劣らずステキな出来ばえでした。

ある意味でそんなローラ・ニーロの歌と演奏のステキさをいちばん楽しめるのが1971年の作品、ノーザン・ソウルの拠点フィラデルフィアでヴォーカル・グループのラベルと共演、フィリー・サウンドの仕掛人ギャンブル&ハフをプロデューサーに迎えて制作された「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」というアルバムなのかもしれません。
歌手としてよりはソングライターとして名を知られた彼女が、すべてカヴァー曲ばかりを歌った異色作。けれどここで歌われる歌のみずみずしさはタイトルどおり奇跡のようにステキなもので、それを誰が作ったのかなんてどうでもよくなってしまうくらいなのですから。

ゴナ・テイク・ア・ミラクル
ゴナ・テイク・ア・ミラクル
(Gonna Take A Miracle)
Christmas and the Beads of Sweat
魂の叫び
(Christmas and the Beads of Sweat)
イーライと13番目の懺悔
イーライと13番目の懺悔
(Eli And The Thirteenth Confession)

●2002年に再発された「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」のリマスター盤には二曲のキャロル・キング=ジェリー・ゴフィン作品、「ナチュラル・ウーマン」と「アップ・オン・ザ・ルーフ」のライヴ・ヴァージョンを含むボーナス・トラックを収録。また、そのライヴの全体は飛翔〜ライヴ・アット・フィルモア・イーストとしてリリースされています。

ぼくはかつて「もしもタイムマシンがあったなら、ぼくが生まれるずっと前の、少女時代のお母さんに逢ってみたい」という夢について書いたことがありました(「雨の日の女#28」)が、「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」で少女時代からから親しんできたステキなポップス、R&Bクラシックの数々を伸びやかに歌い上げる彼女の歌声を聴いていると、なんだかその夢がほんとうになったような、籬越しに少女のころのお母さんが無邪気に歌い戯れているのを聴いているような、そんな「不思議な感覚」で胸がいっぱいになってしまうのです。
時代を変えた名盤とかいうわけではないし、彼女の代表作とか最高傑作というべき作品でもないけれど、こんなレコードを聴いてしまうときこそ、音楽が好きでほんとうによかったと思います。

もうひとつだけつけ加えると、割礼子が最初のソロ・シングルを制作したとき、そのB面に収録した「ミノムシを踏んだ」というちょっとボサノヴァ風味の歌を聴いていて、ふとキャロル・キングの作品「イッツ・トゥー・レイト(心の炎も消え)」を思い出してしまったことがありました。彼女自身はそんな歌をちっとも意識していないはずなので、それはきっと持って生まれた抒情性のせいなのかもしれません。
お母さんになった割礼子の歌のなかでもきっとステキな「不思議な感覚」と出会えますように。
そうしてぼくの絵のなかでも。

●ディスク・ガイド / トッド・ラングレン関連作品

サムシング/エニシング?
サムシング/エニシング?
Runt
Runt
Faithful
Faithful

トッド・ラングレンというひとはプロデューサーとしてもウッドストック・ベアズヴィル一派からニューヨーク・ドールズパティ・スミスにいたるまでほんとうに幅広くてがけていて、またある時はプログレッシヴなユートピアを率いて活躍するマルチな才人ですが、ぼくのお気に入りはやっぱり文中で触れたソロ・デビュー作「ラント」から「サムシング/エニシング?」の前後あたり。

●そういえばぼくが最初に買った彼のレコードは、ヤードバーズからビーチ・ボーイズ、ディラン、ジミ・ヘン、ビートルズといった60年代ロック・クラシックのサウンドを尋常ではない忠実さで再現してみせたその名も「フェイスフル」という1976年のアルバム。これも決して最重要な作品とかではないけれど、オマージュのようなパロディのような、とにかくまるで少年みたいな情熱が無闇に楽しい一枚(の片面)。「アイ・ソー・ザ・ライト」を聴いて「ああ、キャロル・キングだ」と思ってニヤリとしてしまうような感じを全開に展開した企画モノでした。こういうのもまた、音楽を聴く楽しみのひとつです。

●ディスク・ガイド / キャロル・キング関連作品

つづれおり / キャロル・キング
B0001N1OUQ

ミュージック ライター Music ライムズ&リーズンズ 喜びにつつまれて

●キャロル・キングが20世紀指折りのソングライターであることは、たとえばもう40年も前のナンバーなのにこれまでにもしつこいくらいリヴァイヴァルしてきたポップ・チューン「ロコモーション」をぬけぬけと流用した楽曲が2004年の日本でまたしても軽く大ヒットしてしまったことでも明らかだと思いますが、「つづれおり」などを聴いても「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロウ」とか、やっぱりほんとうによくできた曲ばかりで、とにかく永遠のエヴァー・グリーンなのでしょう。

ソングス・オブ・ゴフィン&キング〜...ゴーイン・バック ソングス・オブ・ゴフィン&キング〜...ゴーイン・バック

●そういえば、彼女が結成したシティというグループの唯一のアルバム「夢語り」もひところよく聴いていましたが、この「幻の名盤」にはザ・バーズロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズがカヴァーした曲が入っていました。

●そのバーズからは、キャロル・キングの作品をとりあげるというポップ指向に反発したメンバー、デヴィッド・クロスビーが脱退してしまい、それが結果としてクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの結成につながったという逸話がありますが、わが日本のCSN&Yとでもいうべきはっぴいえんど時代の大瀧詠一があえて大好きだったキング=ゴフィン路線のポップスを禁じ手として封印していたこと、けれどやがて細野晴臣が傾倒していったジェイムス・テイラーのすぐそばにはなんとキャロル・キングそのひとがいて、そこですべてがひとつにつながってしまった、というおはなしもとても興味深い。こういうのもまた、音楽を聴く楽しみのひとつです。

●「ユー・ガッタ・フレンド」のベスト・テイクとして言及したダニー・ハザウェイの「ライヴ」は、マーヴィン・ゲイやスティービー・ワンダーにも勝るとも劣らないニュー・ソウルの旗手だった彼のすばらしすぎる名演を収めた大傑作。「ホワッツ・ゴーイン・オン」で幕を開け、じっくりと熱く重厚にグルーヴする「ザ・ゲットー」の壮絶なプレイでブラック・パワーをこれでもかと見せつけたその同じステージから鳴り響く「ユー・ガッタ・フレンド」のイントロのエレクトリック・ピアノが描く衝撃的なほどに鮮やかなコントラスト。このきわめて白人的とも言えるキャロル・キングのナンバーで会場全体の合唱をともなって高揚していくシーンに感動せずにはいられません。ああ、ほんとうに音楽が好きでよかった。

ライヴ ダニー・ハザウェイ / ライヴ

●ついでにもうひとつ、これを書くまでずっと忘れていたのですが、昔読んだ内田春菊の漫画で、初期短編集「ユー・ガッタ春菊」に収められた「きみのともだち」という小品がありました。たった2ページの他愛もない不条理ものなのですが、「ユー・ガッタ・フレンド」のメロディの不思議な感じを思い浮かべながら読むとなんとなく言い得て妙、という気がしたのを憶えています。

●ディスク・ガイド / 割礼子(虹野玲子)関連作品

●フリーペーパー「献血劇場」読者のみなさまにはおなじみ割礼子というひととぼくが出会ったのは思い起こせばおたがいにまだ十代のころで、当時はぼくのまわりにたくさんいたミュージシャンたちのなかにまぎれこんだ、ちょっと変わったアングラ好きのニューウェイヴ少女という感じだったのですが、いつのまにか抒情的なサイケデリック・ロック・バンド「ゲルハルト・フックス氏のある休日の午後」を率いるシンガー・ソングライターとして思ってもみなかったほどの才能を発揮するようになって、ほんとうにステキな作品を発表してしまいました。
●「献血劇場」評あれこれ」のページに引用してあるように、ライターの栗原裕一郎氏が音楽喫茶で聞いた瞬間立ち上がって何かけてるのか確認しに行ってしまった、というエピソードもなんだか目に浮かぶようです。これも彼女の音楽の不思議な魅力のなせるわざなのでしょう。カルト的に愛好されるだけではもったいなく、ぜひ今からでも再評価してほしいと思ってます。
●文中で触れたソロ・シングルの制作などを経て、その後彼女は虹野玲子の名義で「ラジオの様に」というバンドを結成して4枚のCDRを発表しています。ここではその内容についての批評は避けて、聴いてみてのお楽しみとしておきますが、レーベルのイラストとデザインはこの時期ほとんど休業状態だったぼくがてがけた数少ない作品であることだけ、蛇足ながら付け加えておきます。



●「ラジオの様に」CDRのお求めはこちらへ ラジオの様に

◆◇ search

古本ギャラリー喫茶 点滴堂