「木本事件」フィールドワーク
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木本町と泊村をつなぐ県道のトンネル。木本トンネルの開通によって、地域住民の生活は非常に便利になった。建設工事には、虐殺された李基允氏・?相度氏をはじめ朝鮮人労働者が、もっとも多いときで約200人以上従事していた。
木本トンネルの近くにある地蔵。地元では木本トンネルの工事中に
亡くなった方がまつられていると言われている。
1926年の1月3日、李基允氏は消防組員らによって包囲されて、棍棒・鳶口などで殴り殺された。その死体はこの有本湯の前に放置された。その後、虐殺された?相度氏の死体も李基允氏の死体の位置から2メートル弱のところに放置された。現在、有本湯は取り壊されて残っていない。これは、1988年当時すでに使われていなかった頃の有本湯の建物の様子である。