「木本事件」について
「木本事件」とは
1926年1月3日、イ・ギユン氏とペ・サンド氏は三重県木本(現熊野市)の住民に集団で襲われ、殺されました。イギユン氏は25歳、ペ・サンド氏は
29歳でした。2人は朝鮮独立の日を生きて迎えることなく、虐殺された
のです。
当時木本では三重県の県道改修30ヶ年計画の最初の事業としてトンネ
ル建設工事が行われ、遠く朝鮮から数十人の朝鮮人が家族とともに働きに
来ていました。 1月2日夜、ささいなことをきっかけとして、一人の日本
人が朝鮮人労働者に日本刀で切りつけ、重傷を負わせたのが事件の発端で
す。翌3日、木本の住民の間には朝鮮人が復讐のために襲ってくるという
デマが流れ、このデマに乗って消防組を中心とした木本の住民は朝鮮人労
働者を襲撃し、彼らの飯場を破壊しつくしました。
イ・ギユン氏は、それらの日本人に立ち向かっていき、虐殺されたのです。
その後、在郷軍人らを中心とする日本人住民は、銃剣や日本刀を持って、
山側に避難した労働者をさらに追撃しようとしたのです。これに対し、朝
鮮人労働者はダイナマイトなどを投げ、防戦しました。このとき同じ工事
現場で働いていた日本人労働者(林林一、高橋万次郎、杉浦新吉ら)も日
本人住民の集団暴行に対して、朝鮮人労働者とともに闘いました。
ダイナマイトによる反撃を受けた日本人住民は、イギユン氏を虐殺した
地点のすぐ近くで、ペサンドを虐殺しました。当時、調査のために木本
に入った三重県水平委員長の上田音市は、二人について、「後より鳶口
(トビクチ)で突き立てられ、ナブリ殺しによって3日も路上に捨て置
かれたという」と報告しています。(『水平新聞』1926年3月15日)。
二人の朝鮮人のいのちを断ち切った日本人住民は、遺体までもきわ
めて粗末に扱ったのです。