「ファイブスター物語」(以下FSS)は、SFロボットマンガです。

最強の戦闘能力を持つ兵器として描かれてるMHにほ、その能力に見合うだけの厳しい制約も設定されています。
まずは、単価、運用費、メンテナンスにかかるコスト等が、異常に高いこと。基本的に、国家クラスの組織でなければ運用できません。傭兵団や個人レベルでMHを所有している剣豪なども、大抵はバックに特定の国家がついていて、いろいろな援助をしています。
また、その極端に高い戦闘能力のせいで、核兵器並の戦略兵器になっており、気軽には運用出来ないこと。戦争において両軍が持てるMHを投下したとき、片方の軍が一機でも数に勝れば、その一機にMH以外の兵器は全て蹂躪されてしまいます。戦場においては、MHを止めることが出来るのはMHだけだからです。三大MHやミラージュマシン以外のMHは事実上の性能差がほとんど無いので、ジョーカー星団でのほとんどの戦争の勝敗は、いかに多くHMをそろえ、その正確な数をどれだけ相手から隠すことが出来るか、にかかります。後は僕らの世界と同じく、はったりのかましあいです。作中で、ソープやカイエンが簡単に複数のMHを倒してしまいますが、あれは彼らが天位クラスの騎士だからであって、本来は滅多に無いことなのです。

そして、MH運用にかかわる一番やっかいな制約は、もちろんその乗り手、騎士とファティマの存在の希少さでしょう。
ヘッドライナー(天を取るもの)と呼ばれる彼らは、古代のジョーカー星団に存在していた「ファロスデー・カナーン帝国」の遺伝子実験体の末裔です。この遺伝子実験体の血は、今ではジョーカー星団に住む全ての人の中に混じっていますが、極端な劣性遺伝のため、騎士の能力が発現するのは10万人に一人とされています。
騎士の能力は、超人的な筋力、忍者のような瞬発力、マシーンのような持久力などに代表され、一人でも多くの騎士を召し抱えるため、各国家は全力を尽くします。もともとMHのコントロールは、乗り手に騎士の能力があることを前提に作られているからです。そして騎士とファティマの操るMHには、他の兵器ではまず勝つ事が出来ないからです。
しかし、それらの騎士もおつむのデキは私達と同レベル。どれだけ鍛えたところで、機体制御に火器管制、座標認識にメインコントロールと戦闘機の数十倍といわれる操作に必要な情報量には、ついていくことができません。さらに、MHは戦闘機と異なり指令塔無しのスタンドアローンでも確実な運用が求められているため、機体の運搬や簡単な整備、最悪の場合には機体に使用されている機密情報の抹消や脱出後の敵地でのサバイバル活動に関してまで、乗り手に負担がかかることになります。

MHの開発当時、ことをMHコントロールだけに限っても、騎士をサポートする今までに無いような高性能コンピューターが必要でした。
その問題にある天才科学者が出した答えが、生体コンピューター「ファティマ」でした。美しい少女の姿をしたそれは、人工羊水の中で生命を与えられ、成長するまでに脳や遺伝子レベルに様々な情報を組み込まれた、人造の妖精でした。
騎士とファティマの乗り込んだMHは、開発者の予想値をはるかに越えた圧倒的な戦闘力をはじき出し、ついにジョーカー星団最悪の兵器は完成しました。はじめは最高機密兵器の一部でしかなかったファティマも、科学者達の努力によって人数も増え、その研究も進み、マンガの主な舞台となっている時代には星団中で10万体弱ほどが活動するようになりました。

さて、ここまではFSSを愛する皆さんには、いまさら説明するほどのないことだったと思います。自分としても、少々のおさらいをしてみたつもりです。この辺は、まだまだ「設定」のほうに寄った話で、これから先が、僕やあなたの愛する「作品性」の話です。(もちろん「設定」の妙があるからこそ作品性も輝くわけですから、決して「設定」をおろそかにしてよいなんて述べているわけではありません。)

MHが運用されるようになってじきに、騎士とファティマには相性があることがわかりました。初期のファティマは国家の所有物であり、兵器の一部として複数の騎士に交代で使われていたわけですが、特定の組み合わせの時だけ、MHの戦闘力が数倍になるのです。そして、各国の王の立ち会いの元、ある高尚な実験が行われ、その時初めて、ただの道具だと思われていたファティマに「意志」があることがわかりました。
最初に作られた四体のファティマは、それぞれ相性のよい騎士の元へ引き取られ(「嫁ぐ」と表現される)、その時点ですでに生産されていた五百体のファティマはすべて首実検が行われ、それ以降に産れたファティマは、皆世に出る時にお披露目を行い、自分の望む騎士を「マスター」として選ぶ権利が与えられました。
人を超える能力を持っているために、定められた星団法によって基本生存権にすら抵触するような多くの制限をうけるファティマですが、自分のパートナーを選ぶ権利だけは与えられたのです。
ちなみに、その最初の実験の内容は、最初のファティマの一人「フォーカスライト」に対して、彼女と組むとMHの性能が上がる騎士、ジェスター・ルース(当時のレント国の王)が一言「おめー、俺のこと好きか?」と聞き、感情制御を受けているはずのフォーカスライトが震える言葉で「わたし、ルース様だけにお仕えしたい」「ずっと私の中に響いている言葉があったんです」「あなただけのファティマにして頂ければ、わたしの力を100%発揮できます」「マスター。どうか私をお選び下さい」と、返した、というものでした。(このシーン、コミックスでは一コマで語られていますが、本当は、ここに載せたものよりさらに膨大なやり取りがあったと設定されています。副読本『プラスティック・スタイル』参照)

やっと、ここからが本題です。ジョーカー星団の国家間のバランスすら傾かせるファティマ。その能力は、彼女たち(「彼」もたくさんいますが)が特定の騎士をマスターに選ぶことで、発揮されます。そのマスターを選ぶ基準は、ファティマの「好き」という気持ちです。もちろん、ファティマには騎士の力を一目である程度見抜く能力が与えられていますから、ちょっと即物的ですけれども、自己保存の観点から、より能力の高い騎士にひかれやすいという状況があります。強い騎士は大抵大きな騎士団に所属していますし、そうなればパートナーのファティマもより良いメンテナンスが受けられるからです。そして、ファティマは貴重な兵器であるということで、騎士以外の人間には反応しないようにマインドコントロールを施すことが星団法で定められています。

ところが、この辺のきまりをぶっちぎっちゃってるファティマがいらっしゃいます。三人もです。
最初のファティマを誕生させた科学者の子孫、ドクター・クローム・バランシェが生み出した、最強の能力を持つ3姉妹、長女「アトロポス」三女「クローソー」そして次女「ラキシス」です。FSSの最初の物語にしていきなり十年以上も続いた「運命の三女神編」の主役を張り、「大君主の調律編」に入ったこれからも物語に登場し続けるであろう彼女たちは、そもそもマインドコントロールを受けておらず、ファティマが生き物として自然にあったならばどうなるのかを、僕たちに見せてくれています。
長女アトロポスは、形骸化しているお披露目に出すのを嫌がった父バランシェの手によって、その姿が発表されることもなく逃がされました。彼女はその無限に近い寿命を使って人間を見守って行こうと考え、人間社会にフリーの騎士として紛れ込みます。これも星団法違反ですが、彼女は並の騎士以上の力が与えられていたのです。そして、とある鉱山地帯のレジスタンス活動のリーダーをしている時に、時の剣聖ダグラス・カイエンと出会い、恋に落ちます。しかし、当時最強の騎士である彼のことすらも、マスターとは呼びません。彼女が誰かのことをマスターと呼ぶ日が来るのかどうか、まだ、僕らには知る由もありません。
次女のラキシスは、この作品全体の主人公の一人でもあり、主人公アマテラスの嫁さんで、ファティマでありながら「神」でもあります。お披露目の時、彼女は騎士ではないMH整備士のレディオス・ソープをマスターと呼んでしまい、違法ファティマであることがばれてしまいました。彼女は、自分が幼い頃から父バランシェの元に通って来るソープの事が大好きで、ついにはマスターと呼んでしまったのです。ここでは、幸福なことにラキシスの「好き」と「マスター」は一致しています。そんな彼女がどうしてアマテラスの元に嫁ぐことになったのかは、万が一コミックス第一巻を読んでいないという方のために、一応隠しておきます。
そして三女のクローソー。彼女はラキシスを上回る、ラキシスを殺す事の出来る能力を持つただ一人のファティマです。その父の施した残酷なプログラムに気が付いた彼女は、自らを封印してしまい、もう、物語に登場することは(多分)ありません。彼女は、ラキシスと同時にお披露目をする予定でしたが、その前にやっぱり逃げ出し、逃走中の街で知り合った騎士と略式のお披露目をして、さっさと自分の嫁ぎ先を決めてしまいました。お相手の騎士はなんとコーラス三世。ジュノー大陸のコーラス国を統べる、若き武帝でした。クローソーは、初めてコーラス三世を見た時、思わず「マスター」と言ってしまったのですが、実はこの運命的な出会いは、彼女の持つ超常能力が引き起こした、未来の物語への予約でした。クローソーは、コーラス三世の向こうに、彼女が本当にマスターと呼ぶべき騎士、はるか未来にジョーカー星団で活躍するコーラス六世の姿を見ていたのです。マスターはコーラス六世、そして好きなのはコーラス三世。クローソーの「好き」と「マスター」にも、少々の「ずれ」があります。

矛盾があります。
「自分の好きな人をマスターに選ぶことが出来る」ということが、ファティマの持つ唯一の何物にも優先する権利であり、希望であるはずです。
それなのに、マインドコントロールを外された三人のうち二人のファティマは、「好きな人」と「マスター」が一致しないのです。アトロポスに至っては、剣聖カイエンに向かって切なく微笑みながら「私が正真正銘の人間だったらよかったのに 私・・・きっとあなたのいい奥さんになったわね」とはっきり告げているにもかかわらず、マスターとは呼ばないのです。
「マスター」というのは、実はマインドコントロールが生み出したただのパートナーのことで、本当に好きな人のことでは無いのでしょうか?だとしたら、彼女たちはあまりにも可哀想です。

ファティマというのは、一つの同じ受精卵のコピーから作られています。そこで、一つの仮説を立ててみます。そのもともとの受精卵に、強い誰かへの恋愛感情があるのだとしたら?そして、それすらもコントロールして、目の前にいる騎士をその「誰か」だと錯覚させるのが科学者の行っているマインドコントロールだとしたら?
これは、あまりにも恐ろしい仮説です。作中に登場する全てのファティマの愛が、捻じ曲げられた錯覚だというのですから。クローソーがコーラス六世をマスターと呼ぶのだって、「ラキシスを殺す事の出来る強力なパートナーを『誰か』であると錯覚するように」というプログラムが走っているだけなのかもしれません。
エストも、ウリクルも、ティスホーンもコンコードもカレもパスエットもバクスチュアルも、エトラムルですら、ただ、プログラムで騎士を愛しているというのでしょうか・・・?

随分、気分の悪い推論をたててしまいました。
僕はそもそも、「MHは騎士とファティマの愛の力によって動くものであり、FSSは愛の物語なのだ」という、まことにハッピーな結論を用意してこの原稿を書き始めたのですが、書いているうちにFSSの語る「騎士とファティマの愛」の背後にある、「気味の悪いもの」の存在に気が付いてしまいました。
作者の永野護氏は一流のストーリーテラーでありますが、また同時に僕ら読者を混乱に貶めることが大好きな、悪魔的道化師でもあることは、皆さんご存知でしょう。そのせいかこの、ひょっとしたら僕らをだまし続けているのかも、という妄想を振り払うことができません。
ただ、僕がどれほど暗い推論を立てようとも、まだまだ、FSSには希望があります。
ラキシスです。ファティマであることの悲劇性を彼女は全く負っておらず、作中ことあるごとに彼女は「ファティマの希望」と呼ばれます。彼女が真なる自由意志を持ち、そして全てのファティマを呪縛から解き放つ力があるのだとしたら・・・!
そうしたら、もし僕の推論が正しかったとしても、これから語られる奇跡の物語の序章に過ぎないという事になります。

「ギヒ・ラキシス・ファナティック・B・アマテラス・グリエス」。これがラキシスの本名です。さらに、「フォーチュン・ラキシス」とも呼ばれます。
ここに来て、彼女が常に「フォーチュン(希望)」と呼ばれるわけが、やっとわかったような気がします。
彼女は、多くのライバル達を飛び越えてアマテラスの元へ行き、最強のMH「ナイト・オブ・ゴールド」を駆って敵を振り払い、時空の狭間に迷い込んでも56億7千万年の時を越えて再びアマテラスと再会してしまう、最高のスーパーヒロインです。
99年8月現在、ニュータイプ誌で連載中のFSS本編にはしばらく姿を現していませんが、もうそろそろ、レディオス・ソープと星団最強の能天気コンビを再結成して再登場してくれるはずです。

彼女が内包しているその希望の本質が明かされる時、それはおそらく、FSSが終わる時でしょう。それまでに明かされなければならない謎が、まだまだ作中にはごまんと有ります。
僕らは所詮ただのファン。結局は、永野護氏の仕掛けに笑ったり、泣いたりすることしかできません。しかし、その快感を知ってしまったのも、一つの幸福です。昔、楽園で、知恵の果実を齧ったイブは、さぞかし妖艶に微笑んだことでしょう。僕らもイブの末裔ならば、この快感に身を委ねるのも人間の特権であるはず。
さあ、共にむさぼりましょう。そして味わい、語り合いましょう。人造の妖精達が運んでくれる、現代最高の知恵の果実を。



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