早朝、まだ日の昇る前に目が覚める。前夜9時から眠っていれば当然かもしれない。
とりあえずPCのスイッチを入れ、メールとあちこちのお世話になっている会議室をチェック。自分のHPを見ると、今日も3〜40ものカウントが記録されていて、毎日のことながら頭が下がる思いになる。10人くらいなら毎日覗いてくれそうな酔狂な(そしてありがたい)方に心当たりもあるけれど、他にどんな方が覗いてくれているんだろう?
あちらこちらとネットを散策しているうちに親が起きてきて、食卓で朝食を取る。今日は大学の恩師に会いに行こうと思うと、何となく親に話す。
父親が会社に出かけ、母の洗濯の合間を縫って軽くシャワーを浴び、父の本棚の前に立つ。HPの企画、「読書週間」用の、今日読む本を物色する。集英社の古い世界文学全集から、カフカを手に取ってみる。うん、たしか「変身」というのは短い話だったはずだ。知名度もあるし、今日はこれでいこう。
カバンにカフカと、二日前に企画でちょっと読んでみてまだ読みかけの「巷説百物語」を突っ込んで、家を出る。見上げると、傘がいるかな、と思うような薄曇りだった。
まず、駅前の銀行へ行く。先月末に払わなければいけなかった国民健康保険税を払い忘れていたのだ。ところが、その銀行が朝から随分混んでいて、思ったより時間を取られた。大学の二時限目に間に合うように行って、ゼミのディベートに参加しようと思っていたのだが、これでは間に合わない。興をそがれて、とりあえずそのまま駅前の本屋に入った。めぼしい本も無くぶらぶらしているうちに、大学の就職課を覗いてみることを思い立つ。午後にもゼミはあるから、それから参加すればいいだろう。

電車を待つ駅のベンチで、カフカをぺらぺらとめくり、そこには他にもいくつかの短編が収録されていたが、やっぱり「変身」を読みはじめる。
「ある朝、なにか気がかりな夢から目を醒ますと、グレゴール・ザムザは自分が一匹の巨大な虫になっているのを発見した。」
有名な書き出しが目に入ってくる。電車の中でも読む。途中、地下鉄に乗り換える際、これからも何度かこの路線を使う予定があるので、オトクな回数券を買うことにする。ところが、何を惚けていたのか、自動券売機で全然オトクではない一番回数の少ないものを買ってしまう。ゲンナリしつつ、その券を使って地下鉄に乗る。「変身」を読みふける。大学最寄りの、終点の駅で降りる。午前中の中途半端な時間なのに何故か大学行きのバス停に長い列が出来ていたので、駅前の広場に行く。ベンチに座ろうと思っていたら、総てに「ペンキ塗り立て」の張り紙があって溜息。
ふと見ると、駅前のマクドナルドに「牛鍋パン」の文字が踊っている。TVCMもしているものだ。そのCMを見た時から、吉牛道(よしぎゅうどう:吉野屋の牛丼を哲学する道。他店のニセ牛丼も研究対象になる)を歩むものとしては、無視出来ない商品だと思っていたので、店に入ってそれを注文する。食べるそばから中身が向こう側に落ちていく、欠陥商品だった。また、肉の味付けが甘く、吉野屋の牛丼とは全く方向性の違うものだった。一緒に挟まれている半熟卵と合わせて頬張るとすき焼きのような旨みが口いっぱいに広がるが、こうなるとまわりを包んでいるパンの味がうっとおしく思えた。別々に食べた方が旨いんじゃなかろうか?別にするんなら、パンよりご飯で食べたいなあ。ご飯で食べるなら、吉野屋の味付けがいいなあ。という具合に、吉牛道の信奉者の思考は推移していく。

バス停もすっかり空いていた。数分バスを待つうちに、「変身」を読了。バスに乗って、今度は「巷説百物語」の続きを読み出す。「舞首」の話だった。大学についても、歩きながら読みふける。ゼミの教室の前まで来たが、途中から入るのもなんなので、そのままドアの前で立ち読みを続ける。
鐘が鳴るのとほぼ時を同じくして「舞首」を読了。教室から出てみえた教授に頭を下げると、教授は部屋に僕を呼んで下さった。今年の四年生は、僕らの年よりさらに苦戦しているそうだ。そして、僕に大学院への道を奨めて下さった。大学院に入って、そこで二年を過して卒業すれば、またある種の「新卒」扱いをされるだろうという話だった。昼食の時間を押して様々なお話をして下さり、僕はあらためて教授に感謝しながら退室した。すぐに、大学院事務室へ向かい、二月募集の分の大学院生募集要綱をもらった。

大学内の本屋で三国志の副読本が目に付いて、しばし立ち読み。案外つまらなかったので、オビの力は商品にとって偉大であるということを改めて感じる。そうこうしているうちに昼休みが終わって、学生もまばらになったので、大学の就職課へ行く。
職員さんに自分が今春の既卒者で、一度就職したもののもう辞めてきた者である事を告げると、親切に対応してくれて、部屋の一番奥に通された。忙しそうな就職課長さんが、僕の相手をして下さった。こちらの希望などをしばらく話すと、手中の名刺の束の中から一枚を取り出し、すぐに電話で「さっきの話なんですが、おとなしい感じの子が、今、目の前にいるんです」と話しはじめられた。電話はすぐに終わり、パンフレットと一緒に、とある企業を紹介して下さった。
「すぐに連絡を取りなさい」とのことで、帰ったら今日中に電話をしようと誓う。さらに、もう一つ紹介していただいて、僕は就職課を退室した。課長さんは、ちょくちょく顔を出しなさいね、と何度も頭を下げる僕におっしゃった。

午後のゼミに出る予定を取りやめ、教授の部屋にもう一度挨拶に行ってから、さっきの企業の前まですぐに行ってみることにした。
大学のバス停に立ち、また「巷説百物語」を開く。今度は「芝右衛門狸」だ。まったく持って京極夏彦の妖怪小説は面白い。読んでいるうちに、バスから地下鉄に乗り換えた後、学生時代の癖で、いつもの乗換駅で地下鉄から出てしまっていた。路線図を確認し、改めて回数券を使って改札を通った。地下鉄の乗り換えなどを行いながら、「芝右衛門狸」を読みふける。途中で読み終わったお陰か、乗り越しなどすることなく目的の駅に着けた。
駅から歩いて数分、紹介していただいた会社の自社ビルを発見する。会社の隣の家になにやら古めかしい立て札があって、読んでみると、その家は尾張徳川御用達の茶釜を作っていたという鋳物師なのだそうだ。会社より、この家の方をまじまじと観察してしまう。

時計の針を見て、よーいどん。会社の前から、家までどのくらい時間がかかるのか、計るのだ。
急ぐ必要はないので、のんびりと歩き、地下鉄の中でまたもや「巷説百物語」を開く。今度は「塩の長司」という話。読みながら、いろいろ乗り継いでいるうちに、地元の駅に着いた。ちょうど「塩の長司」も読み終わった。ちなみに、今日買ったオトクじゃない地下鉄の回数券は、一日でもうほとんど使い切ってしまった。
家に帰り着くと、時間はあの会社の前から45分経っていた。電車の乗り継ぎのタイミングがやたら良かったことも鑑みて、小一時間と記憶する。結局今日は、雨に降られなくて助かった。
母が、僕に電話があったと告げた。前に勤めていた会社からだ。といっても、もう辞めてから半年近くも経っている。何事かと問い合わせると、当時、社宅ということで会社名義ながら、僕が自分で家主の口座に振り込んでいたアパートの家賃が、なんだか振り込まれていないという話だった。
もしやと思い、その会社にいた頃常に携帯していたカバンの中を漁ると、なんとその振り込みをした時の利用明細票が出てきた。面倒がってカバンの整理をしていなかったのが、この場合は良かったということになる。ものぐさも、たまには役に立つものである。これは証拠になると、すぐにコンビニのFAXサービスで送った。

その会社への就職時にも、働いている時も、やめる時にもお世話になった事務の女性の、あの頃と変わらないとびきり元気な声を懐かしく思いながら、就職課で紹介をいただいてきた二つの企業に電話を入れ、うち一つの会社への面接を取り付けた。まあ、真っ当な社会人へは一歩前進したと言えるだろう。
今日はいろいろあったので、日記を書くことを思い立った。書いている途中で夕食になった。好物のうなぎだったので、嬉しかった。しかし、毎食後に飲む筋弛緩剤が効いてきて、今、とても眠い。
これから、「変身」の読書感想文を書くのだが、果たして意識が持つだろうか?この突発日記を皆さんがご覧になる頃には、それも判明している事だろう。


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