99年秋の水曜日。夕方6時から、まずはテレビ東京系列のチャンネルを見て下さい。きっと、至福の一時間半があなたに訪れます。今日、僕には訪れました。


一番手は「無限のリヴァイアス」という作品です。
今時珍しい本格SFアニメだ、という噂は聞いていたのですが、とりあえず、見るのは今日が初めてでした。そして、見てびっくり。これは僕が今まで見た事の無いジャンル、言うなれば「群集劇アニメ」です。すでに数回の放映が済んでしまっているのではっきりとは解らないんですが、舞台は難破した巨大宇宙船の中、どうやら大人達は先に死んでしまったようで、そこで数百人の少年少女が生きていくという物語のようです。数百人です。主人公とその友人や幼馴染の作っている主人公グループ、どこか陰があって主人公と反目しあっている様子のライバルのグループ、一応、少年少女達を束ねようとしている比較的年齢の高いリーダーグループ、ただの反骨的な少年少女のグループ、リーダーグループの言う事すら聞かない不良グループ、そして、グループは形成してはいないものの、時折群集の中でピックアップされる何人もの個人たち。それぞれのグループの構成員は無個性化されておらず、丁寧に、のびのびと人物描写がされています。恐ろしいほどの人数がそれぞれの意志を持って動く、群集劇です。
そして、ストーリー設定も巨大です。一つ一つ、場面の説明や演出はとても丁寧なのに、そう簡単には作品全体が把握出来ません。良質なSFには、よくそういうことがありますし、それを乗り越えるとその作品世界の楽しさがわんさと押し寄せて来るものです。少年少女の乗った宇宙船は、もっと大きな宇宙船「リヴァイアス」に接舷している事が判明し、助けが来るまで居住性を考えてそちらに移る事になります。しかし、そもそもの難破に至る原因が何だったのか、多くの少年少女は知りません。実は、それは事故などではなく、何者かが大人達を殺してしまったのであり、故意にそれは引き起こされたのです。そして、数百人の中の、主人公も含めた数人の少年少女だけは、実はそれを知っています。少年少女達はリヴァイアスの中で林間学校のような楽しげな共同生活をスタートさせますが、それは、ほんの小さなきっかけでパニックに陥ってしまったり、もしくは、また何者かの手によって事故が起こされてしまうような、危ういバランスの上にあるのです。なんせ宇宙空間であり、また、多くの「人間」がそこにいるのですから。
次の瞬間何が起こるか解らない、本物の緊張感があるアニメです。この作品を「十五少年漂流記・宇宙版」などと言い切る事はできません。この作品が作り出している「極限状態」は、時に醜く、時に美しく、すでにどんな人間の姿を描く事も出来ます。目を逸らしてはなりません。


6時半からは、「ビーストウオーズ・メタルス」が始まります。こっちは、「リヴァイアス」以上に集中力を必要とするアニメです。一瞬でも気を逸らせば、その間に一つ、アドリブやギャグを見落とす事になります。
もともとの映像素材はアメリカ産の、フルCGアニメです。そこに、日本の声優さんが吹き替えを当てているのですが、これが抱腹絶倒ものなんです。前後の流れに関係無く、いきなりその場面だけを捉えてギャグがかまされます。ストーリーなんて、とっくに破綻していますが、お構いなしです。日本語版の台本を作っている人は、間違いなくこのフルCGアニメを舐めてます。一応、物語は進行しますが、そもそも元の英語版と同じ話なのかどうかも定かではありません。マンガの吹き出しの部分を違う言葉に書き換えて遊ぶのと同じ事をしているのでは、と疑いたくなるほど、話がめちゃめちゃです。
そのギャグのほとんどは、アドリブです(断言)。あんな訳の分からん発言の山、脚本でかける人いません。ライブ感覚で楽しめるという、極めて異質なアニメなんです。
はじめのうちは、何を笑ったら良いのか分からずにパニックになってしまうかもしれませんが、じきに解ってきて、笑い転げて貰えると思います。とりあえず、「破壊大帝デストロン(声・千葉繁)」の、粋な悪党っぷりを楽しむ所からはじめると良いでしょう。


三本目は、視聴出来るのが衛星放送受信設備を持つ方に限定されてしまいます。お持ちの方は、7時になる前にBSチューナーのスイッチを入れて下さい。BS−5で無料視聴できるロボットアニメ、「THEビッグオー」がはじまります。
「リヴァイアス」は工夫が凝らされた極限状況を演出する「からめ手アニメ」、「メタルス」がアニメの極北「異端アニメ」とするならば、「ビッグオー」は「正統派アニメ」です。主人公が少年ではなく大人の男性なので、「ロボットーヒーロー王道アニメ」とまでは言い切れませんが、派手なアクションと一話完結型のストーリーの織り成すこの作品の完成度は、過去に名を残す名作アニメ達と比べてもなんら遜色ないものでしょう。
ここ数年、アニメーションは深夜枠などにも進出し、多くの作品が僕らの前に現れました。その中には、すでに伝説化すらしつつあるような名作もありましたが、何話見ても面白いと思えないような、あきらかにいいかげんな作りのアニメもありました。「いいかげん」というのは、要するに「丁寧でない」ということです。ところで、今日放送分の「ビッグオー」の中に、こんなシーンがありました。

山小屋に一人で住んでいる老人の元にやってきた主人公、ロジャー・スミスが、自らフライパンを持って、朝食のスクランブルエッグを作っています。
「僕の作るスクランブルエッグも、捨てたもんじゃないですよ」
テーブルの上には、すでに炒められたベーコンが、二枚の皿にのっています。よく見ると、そのベーコンは結構焦げています。
出来上がってきたスクランブルエッグを、老人は一口食べて、黙り込み、そしてテーブルの上の調味料をやたらと振り掛けてから再び食べます。
それを見て、ロジャーは溜息をつきます。

このシーンだけでも、ロジャーと老人の関係や、その性格がいろいろとわかります。カリカリになるまで炒めた方が、ベーコンが美味しくなるということをロジャーは知っていて、丁寧にそれをしました。ベーコンから染み出した油は、次のスクランブルエッグを炒める油にもなります。その手際の良さから見て、ロジャーは決して料理が下手ではありません。しかし、老人はロジャーの味付けが気に入らないとばかりに調味料で味を変えてしまいます。その意地っ張りなところを見て、ロジャーはこれは打ち解けるのは大変だぞ、と、溜息をついたわけです。
こういう数秒のシーンに、脚本と画面演出の労力が惜しげなく注がれています。こういった丁寧さは、ドラマシーンの後の巨大ロボット・ビッグオーの登場するアクションシーンにも引き継がれます。
OPを見るとわかりますが、この作品は往年の特撮映画にかなりインスパイアされているようで、アクションシーンも、ロボットアニメよりは怪獣映画の系譜を強く感じます。とにかく巨大なロボットが、これまた巨大な敵とどったんばったん戦います。奇を衒わず、しかしその効果を考え抜かれたカメラアングル、時折入るシルエットだけの画面などは、まさに作品としての完成度を重視するプロフェッショナルの技です。
声を大にして、僕は多くの人にこのアニメを見ろと叫びたい。これが、過去の達人達に劣らない、現代に生まれた職人芸の姿だと。


だから、水曜の夕方はTVに釘付けです。夕食時と重なりますから、ゆったりと全部を見るというのは難しいですが、6時から7時半までの間に、TVアニメの面白さが凝縮されたような三本の作品が、電波に乗って日本中に送られています。ビデオにとってでも見たいです。
三本の中では、最初の「リヴァイアス」が一番面白さの分かり易いアニメだと思いますが、一度くらい、三つ続けて見てみることをオススメします。現代のアニメーションの多様性が、この90分間で感じ取れることと思います。


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