読む前は、もっと心が疲れるようなどろどろした青春小説なんじゃないかと身構えていたんですが、取り越し苦労というやつでした。
思えば、こういった「青春小説」みたいなものに、僕は読む前から構えてしまう癖があって、それが僕の過去のいかなる読書体験(もしくは実体験)に基づくトラウマなのかということを、ちょっと時間をかけていつか真面目に考えてみたいものです。

まあ、そんな話はいいとして、物語は、大学進学で東京に出てきた主人公の、高校時代の回想シーンと、下巻にあたる「アイがあるから」に入っての、東京での主人公の生活を中心として語られていきます。
主人公は、男の僕でも好きになれるような、ちょっと善人で、適度に要領がよく、そのくせ曲がったことは夢にもしようと思わないような、イイ奴です。あと、結構田舎者です。

主人公が、すんなり感情移入できて、いつのまにか自分と重ねて感じられるような奴なので、作品自体を素直に読むことができたと思います。
活字が大きく挿し絵も多い文庫版ですが、それなりにボリュームもあったのに、あれよあれよという間に二冊とも読み切ってしまいました。最初から最後まで、はらはらドキドキではなく、遠くから気持ちいい景色を眺めているような気持ちでいられる小説でした。
大学進学といえば、ちょうど、岩井俊二監督の映画「四月物語」を最近見たところだったのですが、描かれている舞台や扱っているテーマがとても近いわりに、これを読んでいる間は少しも「四月物語」のことを思い出しませんでした。それは、僕の中では、ジャンルの違いを超えて、作品としてのグレードが「海が聞こえる」の方が勝ちってことなんだと思います。

実は「名作」では無いのかもしれません。名作というのは、いつの時代の、どこに住んでいる人が読んでも面白いと思えるものであるという定義がありますが、この小説は、地方の都市化が進む現代日本の、今の空気を肌で感じている僕らが読むからこそ、楽しめて、意味が見出せる小説なんだと思いました。


ところで、昨日や一昨日のこのコーナーの文章を見返していて思い出したことがあります。僕は昔から「読書感想文」というのが苦手だったんです。
僕としては、これを機にノルマとして本を読めているので、かえって読書に集中できて、また選択を冒険していないお陰か良書に出会えていることもあり、なかなか充実した企画であるなあと思っているのですが、かくもつまらない読書後の独り言みたいなものをずっと読まされていては、いつも見に来て下さっている皆さんも離れていってしまうのではないかと思いつつ、かといって、では何を書けば皆さんに面白がってもらえるかといえば、別に何をしても確たる自信もないわけで、よく考えてみるとそもそもこのHPの最初のページに、このHPは「寝言のようなもの」と明記してあるわけですから、そんな事に気を煩わす必要も無かったかと、一人合点する秋の一日なのでありました。


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