作品内容を語る前に、まずパトレイバーという作品が持つ少々不思議な特性を説明したいと思います。
パトレイバーという作品には、設定をほぼ同じくしながらもお互いに干渉しあわない三つの世界があります。パラレルワールドといって差し支えないでしょう。
一つは、ゆうきまさみ氏による週間少年サンデー誌上に連載された講談社マンガ賞を受賞した「マンガ版パトレイバー」。
一つは日本テレビ系列で放映された「TVアニメ版パトレイバー」とその後のビデオシリーズ。
そして残る一つが小説版、OVA版、TVゲーム版、劇場版などなどの複数メディアにまたがって展開された、まあ、あえて名前をつけるならば「劇場版系列パトレイバー」です。

今回、この「押井守の話」の中で扱っているのは上記のうちの三番目、劇場版系列パトレイバーです。
この三つのパトレイバー世界は、登場人物や作品世界の設定がほぼ同一であり、また、同一のクリエーターがまたがって手がけていることもあるため、混同してしまうことがよくあるのですが、明確に異なっている点がいくつもあって、それらは無視できない違いであるため、はっきりと区別しておく必要があるのです。

では、その違いをいくつか挙げてみましょう。

・香貫花クランシーと熊耳武緒の扱い。熊耳は劇場版系列にはまったく登場しないが、香貫花は基本的にすべての世界に登場する。しかし、マンガ版では役割が少々異なる。
・マンガ版、TVアニメ版では、二課の明確な悪役としてシャフト・エンタープライズという企業、そしてその所属の内海課長とバドリナード・ハルチャント少年が登場。一方、劇場版系列にはシリーズを通しての悪役は登場せず、二課は個別の相手と戦うことになる。また、劇中三度ほど、東京の街が大きな被害を受けている。マンガ版とアニメ版では、劇場版系列ほどの大きな事件は起こらない。あえてあげるならば、マンガ版の「廃棄物13号」の話がかろうじて比肩しうる大事件だが、死傷者、物的被害等の規模には大きな差がある。


どの世界も面白く、それぞれに評価されているわけですが、やはり一際異彩を放っているのが劇場版系列です。
これは、まず最初に発表されたOVA版の監督を務めた押井守の色であり、その流れを劇場版二作品はまっすぐに引いているわけで、劇場版の理解を進めようと思うとき、その背景にある作品群を知っておくことは、決してマイナスにはならないと考えます。

そのうちの一つを例に挙げますと、OVA版5巻6巻の「二課の一番長い日」、「劇場版1」、「劇場版2」の計三回、主人公たる特車二課の面々は東京(日本)を救っている、という流れがあります。
この知識を持っていないと、たとえば「劇場版2」の中での荒川という男の「二課の度重なる超法規的活動、いや、活躍と言うべきかな。お噂はかねがね」というセリフがしっくりこなかったりしてしまうわけです。
で、一度しっくり来ないシーンがあってしまうと、それが解決されないうちにどんどんと物語は展開し、考えているうちにぼーっと見逃してしまったシーンに重要なものが写っていたりしてしまって、どんどん、わからなくなってしまう、なんて事が起こるわけです。

では、それらの把握をある程度行なった上で、やっと、次回以降の更新で作品本編へ入りたいと思います。


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