夏休みも終わって、新学期のはじまったばかりのここ数日、TVのワイドショー番組等で特別大きくも無く、さりとて小さくでもなく取り上げられたある小学校教諭について語るために、今回この特別考察を設けました。
その時には、普通のニュース等でも取り上げられたために、お昼のワイドショーなんて見ないという方でも少しは記憶に留まっているのではないかと思うのですが、僕の住む愛知県春日井市のある小学校につとめる男性教諭が、女子高校生との買春行為を行ったという罪で、逮捕されたという事件がありました。
彼は何年か前までは僕の通っていた小学校に勤めており、そして僕が部長を勤めたオセロ将棋部の顧問でした。
僕は小学校4年、5年、6年の三年間、毎週火曜日に彼と将棋をさしていたのです。

僕が入部したころ、オセロ将棋部は人数不足で廃部寸前でした。学校のきまりで、部活動を行うためには10人の部員が必要だったのに、どんなに人に呼びかけても9人までしか人が集まらなくて、非常に焦ったのを憶えています。登録締め切り時間ぎりぎりになって、やっと一人入ってくれる子がやってきて、翌週からなんとか部活動を開始することが出来たのですが、いざ集まってみると9人しかいません。最後に来た子は、実は他の部と間違って入ってしまったのだそうで、部活動開始までに他の部に移籍してしまっていたのです。
ひょっとしたら、これで廃部になってしまうのか、と僕らが不安になった時、当時まだ20代後半だった彼は、「先生も入れて10人だ」と元気に言って、将棋盤を取り出しました。
どう彼がはからってくれたのか、それから学校側からは何も言って来ることはなく、つつがなく部活動が行われました。
僕らの部は人数が少なかったためか学年、先生の壁を越えて非常に仲が良く、アットホームな部活動をしました。先生と僕は、よく床に寝転がって頬杖をつきながら、将棋をさしました。将棋の駒をつかった「山崩し」という遊びがありまして、無造作に盤上に積み上げた駒を人差し指一本で音をたてないように盤の外まで持ってこられたらそれを獲得出来るという遊びなのですが、それをやってから獲得した駒を自陣に好きなように並べて、それから将棋をするといった変則ルールでの遊びもしました。もちろん、挟み将棋や回り将棋もしました。
翌年からは入部者数がどっと増えたので、独特のアットホームな雰囲気は薄れてしまい、床で将棋を打つことも変則ルールで遊ぶことも出来なくなってしまったので、やはり、最初の年の楽しかった思い出が、一番印象に残っています。

僕は女の子ではありませんが、今思えば、彼は王子様でした。彼は、僕ら将棋部員の前では、とても明るく、楽しく、カッコよく、優しい先生で、先生に毎週会うのがいつも僕は楽しみでした。
ワイドショーでは、彼がロリコンで、変質者であったということにしたいらしく、意図的にそういった放送内容を作っているようでしたが、現場の生徒さんや、学校長や、父兄さんのコメントの中には、それを裏付けるようなものはありませんでした。学校長は「真面目で仕事をコツコツやる先生だった」といい、生徒の女の子は「恐いけど、折り紙とかを教えてくれて、優しい先生だった」と言っていました。彼は色黒で、とても背が高かったので、小さな生徒さんには恐かったのでしょう。僕も、最初はその外見が恐かったのを憶えています。
彼が淫行をはたらき、逮捕された罪状はあくまで女子高校生の売春行為の相手だったということだそうですが、今日び、女子高校生を相手にしたからといって、即、ロリコンということは無いでしょう。僕が言いたいのは、彼は決して生徒をそういう目で見るような、変質者と呼ばれるような先生ではなかったはずだ、ということです。彼は、生徒や他の教諭や父兄がいる限りは、カッコ良くて朗らかな先生でいたはずなのです。

もちろん、彼の罪状は明らかです。1年以上の期間にわたって、30人以上もの女子高校生と買春行為をしていたというのですから、たまたま運命の相手がまだ女子高校生だったということでも、たぶん、無いでしょう。ただ、ワイドショーなどで公然と放送された「女子高校生との行為を撮影したビデオテープを業者に売った」というのは、彼は否認しているそうなので、僕は彼の発言を信じて、そういう事実は無かったものと考えます。
それでも、彼は未成年者との買春行為という違法行為を犯したのであり、犯罪者です。とくに、先生という聖職にある者がそんな事をしてしまったのですから、罪は重いと考えてもよいと思います。

「劇場版少女革命ウテナ・アドゥレセンス黙示録」に、こんなエピソードが挿入される場面があります。
たくさんの人から求められ、それに答え、人気者だった王子様には秘密がありました。彼は、お姫様がいたから、王子様だったのです。本当の彼の姿は、蝿の王だったのです。お姫様がいたから、彼は王子様でいられたのです。

僕は、決して彼を糾弾するためにこの文を書いているわけではありませんし、説教めいたことを言いたいわけでもありません。
昨日、このコーナーで書いたばかりの「永遠のもの」、気高い心を持ち続けるということがどれほど困難なことなのか、直接知る人間の犯罪行為によって身に染みて感じてしまったのです。
これは僕の考えですが、王子様が王子様で居続けるためには、自分の外に広がる「世界の果て」との戦いのほかに、自分の内に存在する「蝿の王」との戦いにも、たぶん勝たねばならないのです。蝿の王の誘惑は甘美で、しかも、大抵の場合はそれに答えてしまっても、他人にとっての王子様で居続けることが出来る・・・ような気がします。その時、自分の中の気高い思いが消えてしまうことだけが、大問題なのです。
だから、気高い思いを持ち続けていれば、蝿の王と共存することは出来るのかもしれません。なぜなら、同様に気高い思いを消し去ってしまう「世界の果て」とだって、気高い思いは共存していることがあるからです。

彼が、「世界の果て」になってしまったのかどうかは、わかりません。
彼は昔、僕に世界に対しての楽しさと憧れを与えてくれる、僕の王子様でした。彼の中に、気高い思いがまだ輝いているのか、もう消えてしまったのか、それとも最初から無かったのか、事実はわかりませんが、僕は彼の中にその昔、確かに先生として生徒を慈しみ、その責任を果たすための気高い思いがあったのだと信じています。そして、今回の逮捕の経緯聞いた限りでは、それをもう失ってしまっているのだとは、決定的には思えません。

彼が、適正に罪を償い、社会に戻って、再び誰かの王子様として輝けることを、切に願います。


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