吸血鬼を見分けるのは、そんなに難しいことではありません。
彼らの持つ独特の特徴をきちんと把握出来ていれば、あなたにも、明日からでも見分けることができます。ただし、もし吸血鬼を見つけても、気軽に「退治しよう」なんて思ってはいけませんよ?
見分ける力と、退治する力は全く別のもの。うかつにその境界を踏み越えると、あなたも吸血鬼にされてしまいますから、冷静に身を引いて、まずはお近くの悪魔払い師に声をかけて下さい。お近くに悪魔払い師がいない場合は、しょうがないので、僕に相談してみて下さい。
また、吸血鬼にもいろいろありまして、何がなんでも退治しなければならないような恐ろしいヤツも偶にはいますが、その殆どは放っておいても特に問題の無いヤツなので、この講義中に、皆さんには「そこにいる吸血鬼がヤバいか、ヤバく無いか」を見分ける能力までは身につけてもらいたいと思います。

はじめに、皆さんのある誤解を解くために、一般的に言われている吸血鬼の特徴を挙げてみましょう。

1・血を吸う
2・日光に弱い
3・十字架に弱い
4・ニンニクに弱い
5・見た目より怪力である
6・不死である
7・変身する
8・高貴な身分であることが多い

こんなところでしょうか。しかしながら、ここに挙げた特徴は、どれも決定的な「吸血鬼の証拠」にはなり得ません。

特徴1は、怪我をした時などに人が同様の行為をとることはあります。
特徴2は、ある種の病気にかかっている人等は、日光を嫌います。また、有名な女性吸血鬼「カーミラ」は、日光を全身に浴びて平然としていました。
特徴3は、神経質な宗教嫌い、または特別に強い信仰を持っている人は、そのシンボルを恐れることがままあります。また、キリスト教圏出身でない吸血鬼には、十字架は効かないと言われています。
特徴4は、そんな人はいくらでもいます。
特徴5も、そんな人はいくらでもいます。
特徴6は、まれにそんな人がいたとして、それが吸血鬼であるとは限りません。ゾンビも、フランケンシュタイン・モンスターも、立派な業績を残した偉人も、不死であるとよく言われます。不死は吸血鬼の専売特許ではありません。
特徴7は、俳優や魔法少女、昆虫のさなぎ等を指して吸血鬼だと言う人はいません。
特徴8は、これはちょっと面白い特徴なんですが、とりあえず、高貴な身分だからって吸血鬼だってことは無いでしょう。

少々恣意的に論を進めておりますが、とにかく、一つ一つの特徴を取ってみれば吸血鬼というのは姿を消してしまいます。吸血鬼が吸血鬼たる由縁というのは、実はこれらの特徴には直接は関係無いのです。
ところで、吸血鬼というのは、我々にとって恐怖の対象であります。世間では、なんだか可愛くイラスト化された吸血鬼の名士ドラキュラ伯爵なんかが、たびたびマスコット化・商品化されたりもしていますが、吸血鬼というものの成立やその伝承が永きに渡って語り継がれてきた背景には、人々の恐怖というものがあったということに、異論を挟む人はいないでしょう。
吸血鬼は恐い。では、何故恐いのか?

この「妖怪の話」のコーナーの最初のページに、大きな文字で妖怪について書かれているのを、皆さんは読まれましたでしょうか。
その中に、「見えないものは恐いから、わからないものは恐いから、あなたの心が、妖怪を作り出すのです。 」という一文があります。
不明なものは、人間は恐いんです。「わかる」の本来の意味は、「分けることができる」です。「理解」は、「理をもってほぐす」です。あるものと、あるものを、はっきりと分類出来ること、それが「わかる」です。
そして、吸血鬼の本性は、「境界をあいまいにするもの」なんです。

人は昼働いて夜眠るものなのに、その反対の活動をする。なよなよっとしているのに、怪力。死体なのに、元気に動き回っている。人の姿をしているのに、獣に変身する。貴族なのに、卑しく人の喉笛に食らいつき、SEX無しで仲間を増やす。男性なのに、妙に色っぽい。などなど。
個体差はありますが、上等な吸血鬼になればなるほど、この「境界をあいまいにする特徴」は増していきます。
また、血は生命であり大量の出血は死に繋がるという昔の人々の一般的な医学知識が、その対立項である吸血行為をする魔物を産み、直接的な死をもたらすその行為は、「境界をあいまいにする魔物」の代名詞になっていきました。今回論旨にしているヨーロッパ産の吸血鬼と特徴は違えど、世界中に「吸血行為をする魔物」が存在するのは、この為でしょう。
吸血行為によって吸血鬼が増えていく様は、ペストの蔓延に準えられます。衛生観念というものが無かった中世の人々はペストが広がるのを止めることが出来ませんでしたが、ここに強力な殺菌作用を持つ「ニンニク」が登場します。ニンニクは、ペストを含めた病気の進入を防ぎ、また、人体に活力を与えます。一緒に置いておくと、食べ物もあまり腐りません。あいまいになりかける生と死のうちの、生の世界を活性化してくれるのです。もちろん、「境界をはっきりさせるもの」ではないので、中にはニンニクをばりばり食べる吸血鬼などというヤツも存在してしまうわけですが。
そして、人類が生み出した最強の「境界をはっきりさせるもの」、それが宗教です。神の教えに照らすことで、どんな問題にもYES、NO、はっきりとした答えが出されます。仏教に帰依したお坊さんは前世も死後も今生も迷いが無いですから、境界があろうと無かろうと恐くありません。そういう意味では、いまだ生命や宇宙の真理を解明出来ていない「科学」では、吸血鬼退治は難しいでしょう。(科学は、神に頼らずに世界を理解しようという学問ですが、その目的が達成されるのは当分先になりそうです。それがなされるまでは、人類には宗教が必要でしょう。)
そういったわけで、吸血鬼はタキシードを着たままよだれを垂らしたり、女性なのに女性を誘惑したり、十字架を怖がったりするわけです。

さて、皆さん、世間を見渡してみて下さい。
「境界をあいまいにするもの」が、見えますか?ここで、それが見えるかどうかは皆さんの才能次第です。才能の無い方でも、勉強をしていけばある程度は見つけられるようになりますし、よく見えるという方は、勉強をしていくことでさらにはっきりと見つけて、場合によっては退治することが出来るようになります。
ここでいう勉強とは、世の中の多くのものを見て、自分で考え、事実を見極める能力を高めるということです。化学や、人類学や、数学はその大きな手助けとなるでしょう。悪魔払い師というのは、こういう勉強をするのです。

僕なんかがぱっと探してみると、男と女の境目をあいまいにするファッション、親と子の境目をあいまいにする緩んだ倫理観、現実と虚構をあいまいにする技術の発達、議会の進行が下手な議長、話を何度もまぜっかえす人。いろいろと見つかります。
しかしながら、最初に述べたように、この「吸血鬼」達の中には、退治する必要の無いもの、もしくは退治してはいけないものがいます。吸血鬼を見抜いたり退治したりするのは、技術であって、思想ではありません。思想の名の下に行われる吸血鬼狩りは、残酷な暴力にすら成り果てます。
国と国との国境線を消す努力、異業種企業間での発展的な技術提携、学問の世界では、愛知学院大学日本文化学科の二宮哲雄客員教授が異なる学問同士を融合して相乗効果を挙げる理論を発表され、社会学と大脳生理学の境を取り払う研究をされています。

吸血鬼は存在します。人が世界を理解しようとする限り、その隙間に現れ続けます。だからといって、退治しなければならないような凶悪な吸血鬼は、さまざまなボーダーレスが叫ばれ正当化されるこの時代には、もう殆ど現れることはありません。
吸血鬼の存在は、保守的な社会にとってこそ恐ろしいのです。適度な数の吸血鬼との共生を計ることで、人は発展的で、心の豊かな社会をいつかきっと築くことができるでしょう。

吸血鬼に関する僕の講義はこれで終わります。何かご意見やご質問のある方は、会議室の方に書き込んでおいてください。面白いご意見があれば、第二講義を開設するかもしれません。



教室を出る