奥秩父ヌク沢左俣溯行

私が、ヌク沢という名を知ったのは、『山渓』の本誌特派ルポ、という
記事であった。それによると、三段260m幻の滝と呼ばれる滝が
人知れずあるという。260mもあれば、あの日光の華厳の滝にも
勝とも劣らないであろう、しかも2級である。私にも登れそうである
いやたとえ登れなくとも一目見てみたい。
当時、丹沢・奥多摩の1〜2級の沢をいくつか行っていた私はそう憧れて
いたのです。
それから十年、私が行っためぼしい沢登りは、K君と行った
巻機山の米子沢位なもの・・・そのK君が釜の沢へ行かないかという。
釜の沢は奥秩父の代表的な沢で、特にナメが美しいと云われている。
一度は行ってみたい所である。しかし少しものたりない。
ならば次の日にヌク沢へ!!
最近、体力技術共衰えている私には、前の日に釜の沢へ行けば
トレーニングにもなると決定、いざ出発した。
8月19日、夜テントの中でK君持参のビール(250ml)を
宝バービカン(ノンアルコールビール250ml)で
割って二人で呑む。左党の人には笑われそうだが
さすがに弱い自分でも酔わない。
笑われそうといえば後ひとつ。少しでも歩きたくない私は
西沢渓谷からの林道を通行止めの看板があるのに
ゲートが開いているのを幸いにK君は気が進まないようだったが
入るのを薦め、前からダンプが来てあせってバックしたK君に
ダンプの運ちゃんの云った言葉!!
「ここに入るとゲートに鍵掛けられて、出られなくなるよ〜」
でした。危機一髪、急いで戻ると鍵はゲートに引っ掛かっていましたが
かけられてはいませんでした。
後日、Yさんが「あそこは入れない」と云っていたのを思い出す・・・。
今日の釜の沢は、沢登りと云うより沢歩きでした。
林道を行き二俣から河原歩き。
山の神まで登山道、また河原歩き。
その間としょう(川を渡ること)は嫌になるほどし、山道も楽ではない。
しかし途中氷壁登攀で有名な乙女の滝や
東・西のナメ沢、特に東のナメ滝は見事でした。
けっこう疲れてきたころ、やっと釜の沢の出合。
魚止めの滝は、高さはないのだが登れず、倒木を利用して左から巻く。
いよいよハイライトのナメで、写真を撮る。
じっとしてると足がしびれるほど水が冷たい。6mの滝は右から巻く。
両門の滝は文字どうり左右から落ちている。この滝も深い釜を持っていて美しい。
この先は単調になるので、往路をもどる。
おもいのほか距離があり、かなり膝が痛くなっていた。明日の下りが心配である。
翌日、登山届けを記入後、昨日の林道を行く。
時間短縮のため戸渡尾根に入る。始めは体も慣れていず、少しこたえる。
坂も緩くなってきた頃、軌条跡を行く。
ガラスの原料になる珪石が落ちているので、それを運び出したのだろう。
1時間ほどで沢と交わる。下部を約1、5Km程割愛したことになる。
体を動かし二人とも腸の活動が盛んになり、ここで用を足す。準備を整えさあいよいよヌク沢溯行開始だ!!
沢床は花崗岩で思ったより滑らない。ナメと小さなナメ滝を快適に越えていく。
二俣に着き見上げると、鶏冠林道の橋が底を覗かしている。
水量はほぼ同じで、左が我々の行く左俣だ。
ここからは沢幅も狭まり少し暗くなる。
時々現われる3から5m程の滝を越えていく。
傾斜も幾分きつく成ってきたようだ。又二俣に出る。
溯行図を見るが、ここで右沢と左沢に岐れる。
目指す右沢に赤布が付いている。
同じ様な沢の状態がまたしばらく続き、この辺りでステン製のコップを見付ける。
(米子沢ではポリタン、勘七の沢ではシュリンゲを拾った。)
いちだんと傾斜が強まり沢幅も狭まり、ゴルジュになる。
ゆくてには、10m前後の滝が、いくつも我々の前に連なっている。
まだ午前中なので、日は射してこない。
木もあるので、おそらく当たらないかも知れず
あまり明るくはないが、いよいよ核心部に近付いたようだ。
ルートは水流のすぐ横を登るのみ。
少し逆層ぎみだがザイルなど使う程のこともない。
K君が先になり登っていく。シャワークライムで頭から水を浴びる。
陽が出ていてくれるといいのだが少し寒い。
K君は「おもしれー」と、どんどん登っていく。
私は少し疲れ気味、だんだん離れていく。おまけに少し悪い所は
コップを手に持っているので、よけいハンデになる。
荷の重さは、私がザイルを持っているのだが、K君もカメラ等がありほぼ同じ。
それにしても、わらじと渓流足袋では、けっこうフリクションが違うようだ・・・
等と思いながらひたすら登る。
緩やかになり休みたいなあと思い始めた頃、眼前が急にひらけた。
そこには圧倒的な高さの滝が・・・・しばらくは唖然として眺めていた。
華厳の滝の豪快さはないが、花崗岩質の階段状の岩壁を
本流と幾筋かに分かれ、滝となり又ナメとなり流れ落ちている。
所々には可憐な高山植物が、彩りを添えている。
高さはおよそ100m。長大な連爆郡とでも云うのだろうか
中段80mも少し姿を覗かしている。その上にもまた80mもの滝があるという。
「こんな大きい滝見たの久しぶりですよ」とK君が言う。
この雄大な景観にいるのは我々のみ。しかも苦労して道無き道を来なければ
こられないのだ。幻の滝なるゆえんだ。
桃源郷と呼ぶのには大袈裟かもしれないが、そんな言葉を思い出した。
記念写真を撮りルートを確認し、K君がトップで行く。
始めは階段状で簡単だ、しかし思いの外濡れている。
小さなテラスに立つ。高度感が増してくる。
この先の1m程の小岩を越えれば直上できるのだが、丸くてコケが付いている。
K君がチャレンジする、取りついたが上がれない。
降りるのもすぐ下なのだが、苦労している。
私は支える姿勢に身構える、へたをすると二人とも落ちてしまう。
ほどなく降りてきた。私もやってみるが、取り付くことさえ出来ない。
今にして思えば、ここがハイライトであった。
K君がリードし少しくだり、その右側を行く。
今度は滝の岩と、横の土手との間、土と岩のクラックを登る。
ガイドブックによると、滝横の岩盤を行くのだが実力からしてやむをえない。
やっと一段目を終える。
二段目は本流が狭まり、前にもまして迫力がある。
本流の右側がルートだが難しく、アンザイレンしないとまずい。
しかし80mの壁でのザイル操作には、正直云って自信がない。
K君が左側が登れそうだと言う。
なるほど、草つきと岩のミックスした所でザイルなしでも
その間をぬって行けそうである。あそこを行けば
「北多摩山の会・KHルート」と云うことに成るのだろうが
私は水流を渡るのと、どうも正規ルートの方が無難だと思ったので
結局予定どうり巻くことにする。
わずかな踏み跡の、巻き道とも思えない所を行く。
高く登り過ぎないよう、慎重に踏み跡を選んで沢に降りられそうな所を探す。
どうにかザイルを使わず河原に立つことができた。
三段目の滝も一緒に巻いてしまったようだ。
少し残念な気もする。
小岩の素敵な絨毯の上で、胃袋にエサをほうりこむ。
ここも花々が沢山咲いている。トヨ状のナメを行く。
そして遂に水が消えた。最後の一滴でのどを潤す。
ガスが出てきてブナ林の間にたちこめ、ファンタジックなムードが漂う。
左が大岩のガレ場、右が森林帯の渇れ沢を行き
見当をつけ枝沢に潜り込む。
苦しい登りが続き、砂でいっぱいのザレ場に出る。
かなりの急斜面なので大変だ。K君は私に気を配っていてくれるのか
少しも足元を崩さず、まるで猫のように登っていく。
私もここを抜けたら稜線だろうと頑張る。
ほどなく稜線にでた。
普通に登って山頂に着いたのに比べ、よけい味わい深い。
大自然の中を苦悩して来ただけに、道でさえも人間味を感じてしまう。
甲武信小屋までの巻き道を行くが、長く感じられた。
約10年ぶりの甲武信岳山頂に立つ。
視界はあまりきかず、近くの山しか望めない。
素足になり、濡れた服を乾かす。最高の時間だ。
K君が「Yさん達はナメラ沢を登って、あそこを降りていったんだよ」
と説明してくれる。
そうだった、あの時はYさんの報告のうまさに、この景色がよみがえったのだった。
写真を撮る。カッコマンのK君うけを狙って、道標にザイルをかける。
案の定「いいねぇ」という。
戸渡尾根を降りるが、半分程で心配していた膝が痛くなる。
ザイルを持ってもらうがまともに歩けずカニのように横になり
びっこをひいてノロノロと行く。
バス停まで下り登山届けを見る。
シーズンだというのに、釜の沢のほかは鶏冠谷とヌク沢がそれぞれ1パーティー
あるのみだ。自分たちの所に「下山しました、偉い!」と書き
ついでに、他のヌク沢のとこにも「偉い!」と書き二人でたわいもなく
ケラケラ笑い帰路に着く。
_______________DATA_________________
8月19日釜の沢、バス停7:35〜二俣8:00〜魚留の滝10:35・
11:00〜両門の滝12:10・12:25〜二俣15:30
8月20日ヌク沢左俣右沢、出合い6:15〜二俣7:05〜左沢二俣7:23
大滝8:05・9:10〜稜線10:20〜小屋10:55〜山頂11:00
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