巴城ヶ丘別離の歌


友よ試みに合崎橋畔に立ちて母校斐高を顧みよ、
さするとき君はそこに三年の渾々として尽きざる思い出の泉を見出し、
若き日の魂の故郷巴城に限りなき別離の情を覚えるであろう。
いざ共に歌わんかな、巴城別離の歌を
Eins. Zwei. Drei.

   巴城ヶ丘にのぼりえて
   春秋ここに三星霜
   雄壮清きアルプスの
   峰を仰ぎつ去る雲に
   思い托して我はゆく

   春は山辺の逍遥に
   散る葉の秋に思い寄せ
   雪の芝生に若き日の
   希望語りつ去る君と
   共に誓いて我はゆく

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春3月。別れの季節というより旅立ちの季節である。多くの者が夢膨らませ故郷を離れる。その時、未だ浅き故郷の春を目に焼き付けておくことになる。
ネットで見つけたこんな詩も心に響く。戦に赴く友を送る歌と言う。
舞台の飛騨高山「斐太高校」のホームページを紹介しよう。

40年以上前の私とて同じこと。あちこち旅をすると多くの原風景に出会う。山を見上げる時、橋の上に立ち流れる水を追う時、海辺に遠い雲を見る時。こんな歳になったんだと思いつつもあの時に戻ってしまう。わが学び舎も創設90年で消える。
この音楽を静かに一人で聴くのもいいだろう。友と肩を組みながら歌うのもいいだろう。
こんな詩が好きだ。

あるメッセージ:            2008-03-15 coronaさん
kuroさん! 過日は達意の文章で私達の母校・飛騨高山・斐太高校の「巴城ヶ丘(はじょうがおか)別離の歌」を、ご紹介くださってありがとうございます。 http://www5a.biglobe.ne.jp/~kuro999/little/little105.html 斐太は「ひだ」と読みます。昔は斐太と書いた時期があるのです。母校斐太高校は創立120年を超える飛騨の名門校です。 私達は昭和29年春、母校の定時制夜間部に入学しました。当時の日本は未だ貧しく、昼間の高校へ行ける人は一握りでした。昼間は働き、腹を空かせて、クタクタの体で夜間で学んだのです。 四年間の勉学を終え昭和33年の卒業以来、今年で丁度50年経ちました。年齢も古希の70歳になりました。何年かの中断をおいて入学した者も多く同級生の年齢はマチマチです。 明日は愛知県犬山市にある「名鉄犬山ホテル」で同窓会をやります。旧友からNetに「巴城ヶ丘別離の歌」がアップされていること知り、検索エンジンでkuroさんの「季節のうつろい」を知りました。 癒される音楽も良く、ボツボツ読ませて頂きます。明日は級友と巴城ヶ丘別離の歌を校歌と共に、声高らかに歌います。


部外者の私ですが本当に嬉しいものです。



2008-03-01