作 品 解 説

     日展作品の解説

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日展作品            

題名 飲酒 其五 いんしゅ そのご

釈文
 結廬在人境 而無車馬喧 問君何能爾 心遠地自偏
 采菊東籬下 悠然見南山 山気日夕佳 
飛鳥相与還
 此中有真意 欲弁已忘言

通読
 廬を結むすびて人境じんきょうに在り 而かも車馬しゃばの喧かまびすしき無
 君きみに問う 何なんぞ能く爾しかるやと 心こころとおければ地のずから偏へんなり
 菊きくを采
る 東籬とうりの下もと 悠然ゆうぜんとして南山なんざんを見
 山気さんき 日夕にっせきに佳く 飛鳥ひちょうい与ともに還かえ
 此の中なかに真意しんいり 弁べんぜんと欲ほっすれば已すでに言げんを忘わす


             出典 
陶淵明詩
とうえんめいし「飲酒いんしゅ其五そのご」より

通釈
いおりを構えているのは、人里の中。しかもうるさい役人どもの車馬の音は聞こえてこない。
よくそんなことがあるものだね、と人がいう。こせこせした気持ちでいないから、土地も自然とへんぴになるのさ。
東の垣根に菊を折り取っていると、ふと目に入ったのは南の山、廬山の悠揚せまらぬ姿、それを私はゆったりと眺めている。
山のたたずまいは夕暮れの空気の中にこの上なく素晴らしく、鳥たちがうちつれてあの山のねぐらへと帰っていく。
ここにこそ、何ものにもまとわれない人間の真実、それをねがうものの姿が、私にはよみとれる。が、それを言いあらわそうとしたその時には、もう言葉を忘れてしまっていた。

解説
陶淵明の飲酒と題される20首の中の5番目の詩。この一連の詩は殊に有名である。
飲酒と題されてはいるものの、必ずしも酒がテーマではなく、軍閥どもの血なまぐさい駆け引き、その下であえぐ農民、それをよそに清談と称して現実とうらはらな哲学談義にふける知識人たち、そうした社会の中にあって、盃をふくみつつ、また壺をなでつつ、心に浮かびまた沈む感情と思想を、ゆくりなくも表白している。
この5番目の詩も、地理的には人里の中にあっても、心は俗世間の煩わしさにとらわれず、ちょっとした小さな自然の中に大きな虚無の心をいだき、超然と暮らす心境と姿がうかがえる。