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◆◇◆ ある始まりの物語 ◆◇◆

遠くて近くのお話。

ある街に一人の女の子がいました。
女の子は、大好きなお父さんとお母さんに囲まれ、幸せに暮らしていました。

ある日、お母さんがと女の子を抱きしめ泣いていました。

「ごめんね、ごめんね」

お父さんが仕事中、事故で亡くなったのです。
女の子は「死ぬ」という言葉は知っていましたが、あまりに突然だった事と
いつも明るいお母さんの取り乱しようを見て、泣くことはできませんでした。
泣きじゃくるお母さんの髪をなでながら

「大丈夫、私、大丈夫だから」

と繰り返します。
それは、お母さんを慰めるというより自分に言い聞かすような仕草のようでした。

数日がたち、お父さんの遺体を確認へ女の子はお母さんと病院へ行きました。
目を瞑ったまま動かない大好きだったお父さん。
女の子は、この時初めてお父さんはもう帰ってこないということを実感しました。
けれど女の子は泣きませんでした。
優しい女の子は泣くと、お母さんがまた泣き出してしまうと思ったのでしょう。
女の子は、お父さんと同じようにお母さんも大好きなのです。
もうお母さんの泣く姿は見たくありません。
だから女の子は我慢しました。
目を瞑ってしまったり下を向いたりすると涙が流れてしまうから、
大きく目を見開き、いっぱい、いっぱいがんばりました。
それから、うなだれているお母さんを連れて女の子は病院を後にしました。

家に帰ると、遠くからおじさんとおばさん、その子供の男の子が来ていました。
おじさん達を見たお母さんは、また泣き出してしまいました。
すると男の子は、何も言わず女の子の手を引いて外へ連れ出します。

何処へ向かっているのでしょうか?
女の子の手を引いた男の子は無言で歩きつづけます。
そしてしばらくすると、ふと男の子は立ち止まります。

「たぶん、ここなら誰もいないから。」

そこは人気の無い公園のようなところでした。
女の子は自然に涙があふれてきました。
そう、男の子は一目見て分かっていたのです。
女の子が無理していることを。

泣かないと決めたのに涙が止まりません。
泣き出すと、それは洪水のように次から次から溢れてきます。

「お父さん、お父さん、おとーさん!!」

声を上げていっぱいいっぱい泣きました。
ずーっとずーっと声が枯れるまで。

その間、男の子は何も言わず、癖のある女の子の髪をなでてあげました。
いくら泣いても悲しいことは無くなりませんが、不思議なことに
女の子はその手のひらから暖かい気持ちにつつまれて行きました。

そして、どのくらいの時が経ったのでしょう。
女の子が泣くことをやめた時、辺りはもう真っ暗で、
空にはたくさんの星がありました。

「もう、大丈夫?」

辺りは真っ暗なので男の子の顔ははっきり分からないはずなのに
優しく見つめる目が女の子には分かりました。

「お父さんにはなれないけど、ぼくがお兄ちゃんになってあげる…」

女の子にとって、それはとても嬉しい言葉でした。
その時から、男の子は女の子にとって『お兄ちゃん』になりました。
そう、大好きなお兄ちゃんへ。

女の子は心で星に語りかけます。

「私、がんばる。」

その言葉は強がりでもなんでもありません。
本当の女の子の言葉でした。

それから二人は、家に帰ろうと歩き出しましたが、やはり泣き疲れたのでしょうか?
女の子の足取りは、ひどく不安定です。
仕方ないので男の子は女の子をおぶって帰ります。
遠くから来た男の子にとって、この街は分かりません。
だから、いつになっても女の子の家には辿りつけませんでした。
しまいに立ち尽くす男の子。

時間は流れ女の子が起きた頃、二人は見知った顔に出会いました。
女の子のお母さんです。
お母さんは、お父さんが亡くなった事に気をとられて、いままで女の子のことに
気が回らなかったのですが、なかなか帰ってこない女の子に気がつき、あわてました。
今度は女の子がまでいなくなったらと考えるとぞっとして、心から後悔しました。
だからお母さんも、二人を必死に探していたのです。
二人を見つけ女の子を抱きしめるとお母さんはまた泣き出しました。
でも今度の涙は「悲しい」ではなく出会えて「嬉しい」の涙でした。

帰り道、女の子は「お兄ちゃん」が出来たことをお母さんに報告しました。
泣き止んだお母さんは、それを微笑んで聞いてました。

家に帰ると、おじさんが女の子を連れ出したことで男の子をしかりました。
女の子やお母さんがかばっても、男の子は、いっぱいいっぱい怒られました。
その為、晩御飯も食べれませんでした。

夜、お腹がすいて眠れないでいると、部屋をノックする音が聞こえます。
男の子だけに聞こえるように。
ドアを開けるとそこにはパジャマ姿の女の子がいました。
女の子について台所に行くと、そこには「おむすび」が三つありました。
大きかったり小さかったり、綺麗な形とはいえなかったけど、女の子が
男の子のために作ったものということはすぐ分かりました。

「これ、ぼくに?」

「うん、お兄ちゃん私のせいでご飯食べれなかったでしょ?
 まだ私、お料理とか上手にできないけど、よかったら食べて。」


男の子は、手を洗うとすぐ「おむすび」をほおばります。
具は何も無いけど、ちょっと塩味が強いけど、お腹のすいた男の子は
夢中で食べました。

「ど、どうかな?」

と女の子が遠慮がちに尋ねました。
男の子は「美味しい」と答えました。
それで、女の子は料理がとても好きになりました。
もっともっと練習して美味しいものをお兄ちゃんに食べさせたいと思いました。

数日後、お父さんのお葬式が終わり、男の子は帰っていきました。
女の子は寂しくなりましたが、元気になったお母さんと、お父さんの分まで
一生懸命、暮らしていくことに決めました。

…それから数年後、二人は北の大地で再会を果たします。
あの時より背が高くなった男の子、とても料理が上手になった女の子。
物語はまだ始まったばかり。
夏の空は、何処までも青く、そして高く広がっています。

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