
長崎といえば、1945年8月9日11:02松山町上空に原爆が落とされて、死者約7万人、負傷者約7万人の犠牲者が出ました。
長崎に行ったら原爆のことも考えてほしいものです。原爆資料館も最近建て替えられて当時のいろいろな資料が展示されていますので見に行ってください。入場料は、200円です。

←原爆落下中心地
この上空500Mで炸裂しました。
原爆資料館→
戦争のこと、原爆のこと、今なお続く核実験のこと、展示品、ビデオなどでわかりやすくしてあります。
平和公園
平和の泉から祈念像をみたところです。
祈念像は、1955年8月に建立されました。
祈念像の右手は原爆の脅威を示し、左手は平けく安らけくと平和を進める姿であり、頑丈な体は絶者の神威を示し、柔和な顔は「神の愛」または「仏の慈悲」を表わし、また軽く閉じた目は、戦争犠牲者の冥福を祈っている姿です。
なお、折り曲げた右足は瞑想即ち静、立った左足は救済即ち動、いづれも神仏の特性を表現したものであります。
浦上天主堂
原爆の投下により壊滅したが、昭和34年再現された。
ロマネスク様式で、坂道の途中には、頭のないマリア像が残され、原爆の悲惨さを訴えている。
最近、中に観光スタンプがおいてあります。昔は、拝観もできなかったのに、変わってしまいました。
浦上天主堂
原爆で焼かれた天使像。
如己堂
永井隆博士は、爆心地から約6,000メートル離れた長崎医科大学で被爆し、重傷を負いましたが、たくさんの被爆者の救護にあたりました。しかし、白血病で倒れたため、浦上の人々が焼け残った木材を集め、二畳一間の家を贈りました。博士はこの家を「己の如く人を愛せよ」との聖書の一説をとり、「如己堂」と名づけ、寝たきりの生活の中、「この子を残して」「ロザリオの鎖」などの本を執筆されました。1951年(昭和26年)5月1日、43歳でなくなりました。その隣には、「永井隆記念館」があり、館内には、博士の遺品・書画・原稿・著書などが展示されています
トルコライス
長崎カトリックセンター内にある喫茶店のトルコライス。
結構ボリュームもあります。
スープ、コーヒー付き980円。