星の見方楽しみ方 

(星のこと、望遠鏡のこと=エッセイ・思いつき風)





地球がおかしくなっている!!   テポドン乱射とスパイ衛星

夢からの再出発、できませんか?=H2A失敗の教訓new   ごくろうさま!”おおすみ”

旧暦のすすめ―七夕に寄せて―   惑星接近

UFOと懐疑情報   ベネット彗星

満天の星   すばる

月蝕  月の夕焼け

    映画「タイタニック」の星空   ネパールの星空

こころ   

双眼鏡   星の値段

望遠鏡を作る   しし座流星群

デジカメの星野   デジカメの星野-その2-(冷やして撮ろう)

星を止める魔法の台   早春の大三角形

天の川








  満天の星  


このページを書くのに、私は45pの口径を擁していますが、どうしてもこれほどの口径が必要かと言えば明らかに「NO!」。
このページは「50点」の星空の下で書いたもの。「満点」(=満天)の空の下なら、ここで紹介した星たちのほとんどは、はるかに小さな口径の望遠鏡で楽しむことができると確信します。
たとえば、ここではすっかり敬遠してしまっている系外星雲も、「満点」の星空の下なら、きっと個性豊かに、紹介しきれないくらいたくさん見えると思います。

満天の星空の下で、大口径の望遠鏡で、自由に、存分に星が眺められたら、どんなにしあわせでしょうね。




 す ば る 

このコーナーの表紙が「すばる」です。
「すばる」は純粋(?)な日本語。だからひらがなで「すばる」と書くのがいちばんいいと思います。
「昴」という歌や、自動車の「スバル」は有名ですが、本物のすばるを見た人って残念ながら少ないのでは?
かの清少納言が「ほしはすばる・・・」と、好きな星の筆頭にあげたくらいの星ですから、ぜひいちどは見ておいて損はない星です。

その清純な色と、仲良くあつまっている姿からギリシャ神話では「プレアデス」という美しい7人姉妹に見立てています。
ところが、日本でも「むつら星」(六連星)と呼ばれているように肉眼でちょっと見ると6個しか星が見えません。
そのわけは、7人姉妹のひとりが、行方不明の我が子を彗星になって探してまわっているからなのだそうです。
たしかに、青い星雲でにじんだその輝きは、彗星のそれと似ています。

青い星は若い星。すばるもまだその周囲を薄いベールのような青い星間ガスに覆れている若い星たちです。

秋のはじめ。そう、虫の声が聞こえ、空気が心なしかひんやり感じられる頃。夜更けに東の空を見ると「すばる」がちょうどよい高さに昇っています。




 月  蝕 

月蝕は、地球をはさんで太陽と月が一直線上に並んだときおこります。つまり、月が地球の陰の中に隠れて起こる現象です。
天文・物理を始め、数多くの学問上の様々な検証の貴重な機会となっている「日蝕」に比べ、月蝕はほとんど学問上の意味がない天体現象なのだそうです。
でも、私たち「星屋」にとっては、やはり胸躍る一大天体イベント。それぞれに計画を立ててその日を待ちます。

99年7月28日の部分月蝕は、私にとっては久しぶりにお天気に恵まれた月蝕でした。写真はその時のものです。
ちょっと変わった写真でしょ?地球の陰の中をすり抜けてゆくお月様の様子を多重露出で写しているのですが、どうやって撮ったかわかります?




これは前の部分月蝕のちょうど1年後、2000年7月16日に起きた皆既月蝕の写真。記録的な長時間の皆既月蝕として騒がれましたが、これは地球の影のほぼ中心を月が通ったためです。実際、1999年の時は月が地球の影をかすめた感じなのに対して、2000年のそれでは月が地球の影のど真ん中を通り抜けた様子が写真でもわかると思います。(左側)
また、皆既の最も深い時間帯では、月はかなり暗くなっていて、それを長時間露光(数秒)して写真に撮るとご覧のとおり真っ赤なお月様が写りました。(右側)



【月の夕焼け】
ところで、月蝕のとき(つまり月では地球による日蝕)月にいたらどんな様子が見られるのでしょうか?
大気のない月では、夕焼けや朝焼けはみられません。
でも月蝕の時は別。
その前に、月蝕を見たことがある人は思い起こしていただきたいのですが、月蝕とはいっても月は見えなくなってしまうわけではなくて、暗いけれど赤く見えていますよね。実はあの赤いところは地球の「夕焼け(?)」に映えているからなのです。
そして皆既月蝕の時、月から見た地球は、縁がぐるりと赤いリングのように夕焼けして、その先に太陽のコロナが真珠色に輝いている・・・・・!?のではないでしょうか・・・?




映画「タイタニック」の星空

お気に入りのホームページで、98年に大ヒットした映画「タイタニック」の沈没シーンの背景に”満天の星”が出てくると聞きました。また、ある天文雑誌に、沈んで行くタイタニックの前方の空には、やはり沈もうとしているしし座が見えていたはず。との記事がありました。
そんなことが重なって、最新のCG技術を駆使して製作された映画のことだから、もしかしたら本物の星空か、かなりリアルな星空が「再現」されているのでは!、なんて勝手に期待して、お母ちゃんと観に行ったのですが。残念ながらやっぱり作り物の「星空」でした。
仕方ないですよね。こんなことに文句つけても。でも、ホントにその夜の星空(沈み行くしし座を)まで再現してたら大感激ですよね。




しし座流星群

1998年と1999年はこの流星群の大出現、つまり流星雨が見られるのではと言うことでけっこう騒がしかった。
でも、ちょっと落ち着いて考えてみてください。なぜ「しし座」なんて星座の名前が付いてるんでしょう?なぜ流星「群」なのでしょう?だいたいにおいて流星(=流れ星)って何でしょう?
たいていの天文関係の本には書かれていますから、ここではその説明はしないことにします。そのかわり、あまり書かれていないようなお話をいたします。



【流れ星の色】
流れ星の色ってご存じですか?
観察力の鋭い人や目の良い人、それからものすごく大きな流れ星だと気がつくことが多いのですが、たしかに流れ星には「色」があります。それもかなりカラフルな!
写真はその証拠写真。98年のしし座流星群のものです。右上と左下中央寄りの2本の針のような光の筋がそれで、向かって左から右に流れています。
緑〜黄色〜赤と、ちょうど虹の色の順番に変化しながら流れているのがおわかりいただけますでしょうか?


【誰にでも見つけられる宇宙からの使者=流星塵】
流れ星は宇宙の塵が地球の大気に突入してその摩擦熱で燃えて輝く現象です。
塵が大きいと明るい流れ星になり、さらに大きいと燃え尽きないで隕石となります。
では、小さな流れ星は輝いた後、消えてなくなってしまうかというとそうではないのです。
大気の突入した塵は燃えるというより熔けてバラバラになり、ほこりのように小さくなって速度を失い同時に冷えて固まるというのです。
このほこりのような宇宙の塵は、ゆっくり地上に舞い降りてきているわけですが、さてどうやって見つけるのでしょうか?
星は望遠鏡で見ますが、流星塵は顕微鏡で探します。とりあえず屋根瓦などにたまっている砂でも集めてきましょう。これをプレパラートに載せて水を一滴。顕微鏡でゆっくり丹念に観察します。
すると角張った砂粒に混じって黒くてまん丸なものが見つかると思います。これが流星塵だと「思われる」粒子です。はっきりと宇宙の塵だと断言するわけに行かないのは、人間が作り出す様々な煙やすすや、排ガスでも似たようなかたちのものが生まれるからです。
流星塵だという証拠は磁気を帯びているとか、流星が多く飛んだ後増える傾向があることなどが言われています。研究するなら、ワセリンを塗ったプレパラートを野外に置いておき、定期的に計測するというのがいちばんオーソドックスなやり方です。
顕微鏡を覗きながら宇宙に思いを馳せる・・・。これも「星の見方楽しみ方」のひとつかもしれません。




ネパールの星空

山好きの先輩が、仲間とネパールへ行って帰ってきた。
みやげ話に、彼の地の星のことを聞いてみたら、日本の山の上で見るよりもっとすごい星空なのだとか!
山の上でみる星は、手を伸ばせば取れそうだと言いますよね。そんな星空を、若い頃から見てきた先輩が「もっとすごい」という星空って、いったいどんななんでしょうか?。




こ こ ろ

星は小さくて暗いただの光の点にすぎません。だから、街の夜景の方がよほど綺麗なはず。
なのに・・・。なのにですよ。
星空を眺めていると、吸い込まれそうでまるで空を飛んでるみたいに思えたり。
ふたり、同じ星を見ていると、なんだかお互いに気持ちが分かり合えたような気がしたり。

そんなとき、
遠い遠い宇宙の彼方からやってくる、星の光と心とが共鳴しているって。
だから星がなにより美しいものに思えるって・・・感じません?




  瞳  

「瞳は心の窓」なんて言いますよね。
美しい天体写真を見て星に興味を持った人が、実際に望遠鏡であこがれのアンドロメダ 大星雲を眺めてがっかりしたりします。
実際に肉眼で見る星や星雲・星団は、写真ほど明るくも、カラフルにも見えません。

それでも、私は「見る」ことにこだわり、おすすめしています。
それは、宇宙の長旅をおえて地球に到達した星の光を、この人間のもっともデリケートな器官のひとつに直接あてること。

写真の派手な色は、素敵だけれどやっぱりだめ。
「ほんもの」の星の光は、地味で、かすかで、どうしようもないくらい頼りない「光」だけれど、ちゃあんとこころを共鳴させる力を持ってる。
だから瞳をとおして直接「見る」ことを、とても大切に思うんです。




双眼鏡

リクライニングのいすに体をまかせ(ちょっとお酒などたしなんだりしてね)、双眼鏡で気ままな星見をしていると、つくづく「星屋になってよかった」って感じます。

双眼鏡は、カメラの三脚につけて使うと、フラフラしないですごくよく見えるようになるのですが、ちょっと見たいときとか、気ままな星見のときとかには、やっぱり「手持ち」がいいですよね。




キャンプの夜、みんなが寝静まったころ起きだして、七輪に残った火でスルメをあぶったり、熱燗のワンカップで手を暖めたりしながら(寒くなってもけっこうキャンプ行くんですよ)、満天の星を見る。こんなときはもう、双眼鏡しかいらないって感じ!




星の値段

あるとき観望会で、「望遠鏡買っちゃいました」っていった初対面の若いお母さんに、
「どうせお月様と土星くらいしか見ないのにもったいない!」
って、かなりきつく言ってしまったことがありました。
もちろんこれは当時の持論。心底そう思っていました。
そしたらそのお母さん、「私、それでいいんです。お月様や土星だけでも、好きなとき眺められたらそれですごくしあわせです!」
それ聞いて、偉そうなことを言ってしまった自分が、逃げ出したいくらい恥ずかしくなってしまいました。

だいいち私自身がそうだったもの・・・。
うれしかったよ。「土星の輪」が「自分のもの」になったとき!。

そのお母さんに、なんとかあやまろうと思って探したけれど、夜のことだから、もうそれっきり。
以来、あのお母さんの言葉は、星の見方を変えさせてくれた「天の声」だったと思っていいます。




望遠鏡を作る


写真は、私の最新作望遠鏡。レンズは、私にはもったいないような有名な人に磨いていただいたもの。
でも、ここで書きたいのはこの形。

「ドブソニアン式」といってアメリカ人のドブソンさんというひとが「大口径の望遠鏡を移動して気軽に使う」ことを目的に考案したものだそうです。 あまりに合理的で、シンプルで使いやすく作りやすいために、世界中で大流行しています。

にもかかわらず、本当にドブソンさんの信条を理解しているとは思えない「ドブソニアン式」が多いように思います。
元々シンプルさが「売り」なのですから、この場合付け加えるのは「改良」とは言えません。
さらに「重い」とか「組み立てにくい」というのも失格だと思います。
この頃の日本人は、特にこのあたりが苦手なようです。

この望遠鏡も実は「失敗作」!。
近頃は、ドブソンさんは哲学者だったのでは、と思ったりしています。




デジカメの星野


この写真、デジカメで撮ったんですよ〜!信じられます?(左がオリオン座とシリウス、右は牡牛座とすばるです)
でも、デジカメはデジカメでもこれは新発売のデジカメ。今年(99.11月)発売されたばかりのオリンパスCAMEDIA-C-2020ZOOMです。
このデジカメ、F2.0という明るいレンズがついている上に、16秒という長時間露光ができる。さらにマニュアルで絞りもピントも変えられる。
スッペックを見て「これならひょっとするかも・・・」と直感、つい飛びついてしまいました。

結果はご覧の通り!。バックの色も星座のかたちも見た感じに出てくれています。
ただ、ここまでくるのに少し手間取った。時々無限遠がでなくなる。変なノイズが出る。等々。まだ解決できないでいる課題も多く残っています。
それでも、何とか、このページで使う写真のほとんどは、このカメラで撮れそうだし、あきらめていた「マイナーな星たち」のいくつかは「写真」でご紹介できそう!。
そのために、望遠鏡に取り付けるアダプターも新しいものを製作中(もちろん木製!)。
これから天体写真の世界では、もっともっとデジカメの出番が多くなりそうな、そんな気がするデジカメの登場がうれしくて、つい宣伝してしまいました。


デジカメの星野-その2-(冷やして撮ろう)

手軽に星の写真が撮れるデジカメですが、最近は、さらにうれしいことに普及価格のデジカメの中にも「バルブ」ができるカメラがでてきました(ニコンクールピクス990など)。
デジカメで長時間露光ができれば、もう鬼に金棒、銀塩カメラも真っ青!・・・・・と思いきや、そうは問屋がおろさなかった!
デジカメのフィルムにあたる「CCD」は、長時間露光すると光の当たらないところに「ノイズ」という無数の光の点が発生し、写真として使い物にならなくなってしまうのです。
この現象を抑えるにはCCDを出来るだけ低温に冷やしてやればよいので、数十分という長時間露光をする天体写真専用のカメラには強力な冷却装置が付けられています。また、この現象、温度が下がりはじめると急激に減少するので、寒い冬の夜だとノイズは数十秒なら我慢できる程度に収まるようです。
では、暖かい春、夏、秋はどうしたらよいかといいますと、保冷剤か何かで冷やしたやればよい訳です。

私は試しに冷蔵庫でカメラごと(もちろんビニールの袋に入れて)冷やしてみましたら大成功!(写真=雲間を飛ぶ白鳥)ただし、当然ですがカメラ全体に「露」が着いてしまいます。
特にレンズは曇ってしまうと写りませんので、撮影直前にふき取るようにします。また、結露は確実にカメラの寿命を縮めると考えられますので、使い捨てる覚悟でなければ、あまり頻繁にはやらない方がよいでしょう。(結露してしまったカメラは、風通しの良い場所で常温でゆっくり乾燥させて下さい)
カメラ本体を結露させない方法としては、普通のカメラを水中カメラとして使用するための防水カバーのようなものに収めればよいわけです。簡単でうまい方法を思いつきましたら、いずれご紹介したいと思っています。



星を止める魔法の台

ときどき「このページの星の写真は、どうして止まっているんですか?」と質問を受けます。
こういった質問をされるのは、純粋に「星が好き」という方が多いので、こちらも「それは星を止める魔法の台にカメラを載せているからです」とお答えするにとどめています。
でも、そのあと、それ以上の質問をされたことがいちどもないので、きっととんでもない複雑な器械を使うのだと思われてしまったのではないかと、この頃少し心配になってきました。
そこで、私の使っている「魔法の台」をチョットご紹介して、その気になれば「止まった星」は簡単に撮れるという事を知っていただければと思います。
青い色の方は丈夫にできているので200o前後の望遠レンズで写真が撮れます。
白い方は、カメラの三脚に取り付けて手軽に使えるので「初めて」という方にもお奨めできます。
原理は、一日(正しくは23時間56分…)で1回転する軸にカメラを取りつけ、その軸をできるだけ正確に天の北極(南半球では南極)に向ければよいといういたって簡単なもの。向け方も、その回転軸の中に小さな望遠鏡が仕込んであって、視野の中の指示された場所に北極星を置くだけです。(といっても、初めてだとややこしい?。でもパソコンより簡単です!)
写真の器械たちとは、もう20年近い付き合い。特に白い方(「スカイメモQ」といいます。現在売られているのは「R」。Qの孫かひ孫にあたります。精度もずいぶん良くなっているとか)は、10年近く「お蔵入り」だったのを、このページの写真を撮るために現役復帰。でも、昔と変わらず、ピタリと星を止めてくれています。




早春の大三角形



冬の大三角形は、オリオン座のベテルギュースと大犬座のシリウスと子犬座のプロキオンで作る正三角形に近い三角形。
春霞のかかるようになった早春の夜、傾いた冬の大三角形の中は空っぽになる。
本当はこのあたりは「一角獣座」や「とも座」の空域、そこには冬の銀河が横切っていて星は多いのだが、明るい星が少ないので空の透明度が落ちると、てきめんこのように「空っぽ」になってしまう。
そして、沈み始めた冬の大三角形に替わって、もうひとつの「大三角形」が現れる。
それが「早春の大三角形」
といってもなんということはない。大犬座のシリウス〜子犬座のプロキオンは同じ。ただ西のベテルギュースに替えて、反対側(東側)の空に孤立して輝くうみへび座の主星「アルファルド」で作った三角形・・・。
この三角の中にも、やはり星はあってもひとつかふたつ・・・。
もちろん、名前は私が勝手に付けたもの。

空っぽのふたつの三角は、うれしいような悲しいような春の訪れを告げる三角形です。




 天の川 



もう30年近くも前の話。
職場の星仲間のO君と知り合って間もない頃、星の写真を撮りに私の千葉の実家に連れていったことがありました。
その晩は、最高とは言わないまでもそこそこの空だったのにO君が「あまり良い天気じゃないね。あそこにある雲がどいてくれない・・・」。
「ええっ!、今夜は快晴で天の川も・・・」と言おうとして、はっとした私は、「あそこに見えているの、天の川だよ」と言い直しました。

都会で育ったO君が、夏の天の川を初めて見た記念すべき夜のことです。


今年(2000年)のゴールデンウィークは、もう何十年ぶりかの何も計画のない連休となったので、冬の間に撮りそこねた星座を撮りに、美和村の天文台「美スター」に通うことにしました。
でも、相も変らぬ「雨男」ぶりを発揮、都合3回通ったうち、晴れたのは真ん中の1日だけ。それも夕方から薄命すぎまで雲間から星が見え隠れしているという状態でした。観望会に来たお客さん達には満足のいく星空を見てもらったのですが、さて、いよいよ撮影機材のセットをと再び屋上に上がって、ガッカリ!。またしても雲が・・・。階段を下りようとして「まさか!」と思い、あわてて引き返し、あらためて見あげれば、雲だと思ったそれは紛れもない天の川。「ミルキーウェイ」が夜空を横切っていたではありませんか!
ひとり苦笑いしながら思い出していたのは、O君が私の田舎で天の川を初めて見たあの夜のこと。
私にとっても、天の川はもう、遠い遠い存在になってしまっていたのでした。

 「銀 河」

みなさんは「銀河」を見たことありますか?「何を馬鹿なことを!」とお怒りのあなた。あなたがご覧になったそれは「天の川」とか西洋で言う「ミルキーウェイ」ではなく、ほんとに銀色に輝く「銀河」でしたか?
天の川は、中国語でいうと「銀河」あるいは「銀漢」。「銀」をつけるのは、誇張の多い中国流の言い回しの中にあっても、この場合は本当に銀色だから。
高い山の上など光害のない空気の澄んだところで見る天の川は、まさしく銀色に輝いていて「銀河」とか「銀漢」という言葉が自然に浮かんできます。


天の川を名前にした国

ところで「銀漢」の「漢」は、「乾いた(あるいは水のない)川」の意味で、つまりは天の川のことだということを、2003年5月31日放送の テレビ番組「世界不思議発見」(TBS)で知りました。(広辞苑では「漢水」という川の名前とある)
そしてもちろんこの場合の「漢」は「漢王朝」のこと。「漢民族」、その時代に生まれた文字が「漢字」というように、「漢」は中国文化の始まり的な 偉大な存在である。その王朝の名が「天の川」だったなんて、なんだかとてもしゃれた感じがしませんか?。




 ベネット彗星 


このページで、星や望遠鏡の話をしていながら、なぜか彗星(ほうき星)の話がひとつもないことに気がついた。
彗星といえば最近一番話題になったのは『へ―ル・ボップ彗星』。それでもだいぶ古い話になってしまったようだ。
私が生まれて初めて彗星というものをこの目で見たのは、高校3年生の卒業式も済み、数日後には現在の職場に就職するためふるさとを後にするという3月の末のこと。ベネット彗星が夜明け前の東の空で明るくなると聞いて、彗星用に望遠鏡を改造して待ち構えていた。
いよいよというその朝、家の近くの畑の真中で見なれた杉のこずえから昇ってきたのは、まさに『真珠色』に輝き太い尾をたなびかせた明るいほうき星だった。
写真はそのときのもの。1970年3月29日、4時18分。レンジ式カメラの40ミリF2.8開放でわずか30秒の露光である。大きさは写真の上の方に写っているイルカ座と比較すればおおよそお解りいただけると思う。

二人の日本人の名前がついた伝説的な大彗星「池谷・関彗星」から5年後。でも、ちょうどその頃の私は、天文趣味を始めたかはじめなかったかという頃で、ニュースは耳に入ってきても、特別見ようとか見たいとかは思わなかった。
ところが、明るさはともかく池谷・関彗星と比べたらはるかに小さな彗星だと聞いていたベネット彗星のその勇姿を目の当たりにして、ほうき星の神秘的な美しさに感激すると同時に、池谷・関彗星を見ようともしなかった当時の自分をつくづく後悔したのだった。




 UFOと懐疑情報 


 私はUFOが存在して欲しいと思っている。

 でも、見たという人の話を聞いていると、証拠となるものの確認・検証がまるででたらめで、とても信じるに足るに値しないものばかりでがっかりする。
 「心霊写真」などもそうだが、少し写真の勉強をかじっていれば、そのほとんどがトリックや誤作動、写り込みといった類のものであることが判る。(それを解説するのが楽しみで番組を見ていたが、このごろはワンパターンなので飽きてきた)

 実際、テレビに出演した「UFOを撮影した」という人が、なんと隣の職場の人だと判ったのでお会いしにいったことがあった(国家機関の研究所!)。その方は、会うなり開口一番にそのビデーテープを買ってくれといわれびっくりした。が、話をうまく付けてお借りすることができた。
 ビデオには夜空を細長い光の列が一部点滅しながら飛んでいる「UFO」が写っており、放送された番組の中ではその道では多数の著書のある「著名な」研究者氏が「これは明らかに葉巻型UFOですね!」と断言していたものである。でも、私はその「UFO」より、同時に写し込まれている地上の景色に注目した。地上にある街灯の光芒も、その「UFO」と全く同じ形に写っている!!!。つまりビデオカメラのレンズの収差や解像度の関係で、強い光が細長く(しかも非対称に)写るのだ。
 しかし、このUFOは、その後茨城県在住の高齢のベテラン研究家の方にも「お墨付き」をもらったのだった。(これも放送された)
 「研究家」なる方々がどういう方々かよく分かった気がした。

 最近の流行は「人類は月に行っていない」というアメリカ発の懐疑情報だ。
 放送された番組でも、いろいろな証拠写真を提示して、かなりの説得力を持っているように見えた(もちろん写真のことや宇宙のことをあまり知らないひとには、だが)。
 さらに、月にいった宇宙飛行士から決定的な証言を得た!という番組も放送された。かわいそうに、その飛行士とは初めて月に行ったあのアポロ11号のオルドリン飛行士だった。
 「取材」が始まると「記者」は矢継ぎ早に、しかも攻撃的にこれらの「証拠」の説明を求め、言葉に詰まると(氏はすでにかなりの高齢である)さらにまくし立てるという、実に無礼な「取材」で、氏が怒って退室するとそれは「説明しきれずに逃げた!」と解説された。
 まさに、情報を「作って売る」一部マスコミの引っかけ取材を目の当たりにした思いがして不愉快だった。
 でも、投げかけられた疑問に対しては、証明するには知識が不足で、もうひとつすっきりしなかったが、インターネットで見つけた次のホームページでおおよそ納得ができた。
http://moon.nasda.go.jp/ja/popular/story03/index.html
 もちろん、国の機関も関与するこのホームページ自体が「国家の陰謀」であるといえば、直ちに否定する材料など持ち合わせていない。しかし、大切なのは、その中で解説されている「証拠」なるものを否定する手法や情報入手方法の「信頼性」である。信じられないとすれば同じ手法で自分もやってみればよいし、そこで違う結果が出ればそれを示して議論すればよい。
 それは無益な水掛け論とは違う有益な議論となりうる。

 UFOにしろ、超常現象にしろ、ないと頭ごなしに決めつけるのは簡単だが、きちんと証明しないと自分も結局水掛け論の泥沼に引きずり込まれてしまう。もちろん「ある」という方もそれなりに説得力のあるもっとまともな証拠を出してもらいたいものなのだが。




 惑星接近 



ここでいう「惑星」とは太陽系の九大惑星、つまり、水、金、地、火、木、土、天、海、冥のこと。また、接近とはお互いの接近もあるがここでは、天空の有名天体との接近をいう。
惑星は読んで字の如しで「まどう星」、つまり天空を位置を変えながら輝いていることからこのように呼ばれている。最近はあまり聞かなくなったが「遊星」という呼び方もある。
これらの星は、天空を漂いながら(実はちゃんと万有引力の法則にしたがっているのだが)道中いろいろな天体(星雲や星団など)と遭遇する(ただ見かけ上近くを通るというだけのことだが) 。2003年はこのイベントの当り年で、1月4日に土星がおうし座の「かに星雲=M1」の中を通過し、4月4日には木星がかに座の中央にある「プレセペ星団=M44」に最接近した。
写真はそれぞれ当日ではなく数日以上経ってからの撮影だ。

土星のカニ星雲通過はもう当分見られないだろうと思われる大変珍しいものだった。ただ望遠鏡を使わないと見えないカニ星雲に対し、圧倒的に明るい土星の光芒のため4日当日、星雲と土星をいっしょに見た人はほとんどいなかったのではないだろうか?
写真(左上の写真)では土星が大変大きく写っているがこれはフィルムのハレーションのせいで、実際の見かけの大きさは、カニ星雲の方が何倍も大きいため、見られたらとても楽しい景色だったに違いない。(私の45cmでも見えなかった)

木星とプレセペ星団の接近(右下の写真)は、木星がこの空域を通るおよそ12年にいちどは起こっているのだが、2003年のように接近するのは珍しいようだ。実際、木星の移動はゆっくりなのでかなりの期間楽しめたのだが、最接近の前後は2度(腕をいっぱいに伸ばしたときの指の太さ)程の望遠鏡の視野に、4つの衛星を従えた木星と肉眼でも見える明るい星の群れが一緒に輝いて、それはそれは素晴らしい光景だった。

写真は土星とM1のほうが800ミリの超望遠での撮影、かたや木星とM44のほうは135ミリの中望遠での撮影と、スケールが全く異なること、また星の色も実際には土星は木星より赤っぽい色をしていることを念頭において見ていただきたい。





旧暦のすすめ
―七夕に寄せて―
2003.07.05


  最近リンクを貼っていただいた「亜熱帯天文台」さんは、素晴らしい惑星写真を撮影されている方だが、もう一面、ご自分の観測所を「観望会」に提供されおられるなど天文趣味の普及にもたいへん熱心な方である(リンク直後、地元紙でも紹介されたようだ)。その「亜熱帯天文台」さんが、直近の「七夕観望会」のお誘いの中で「七夕は本来旧暦でやるべきものです。」と述べられている。同じようなことは、国立天文台のある高名な先生も述べられており、私も全く同感のひとりである。
  実際に私がいちばんよく「旧暦」を利用するのは、観望会などの問い合わせが急に来た時だ。あいにく天文手帳の持ち合わせがない時、慌てず旧暦の入ったカレンダーを探すのだ。そうすれば概略の月齢が分かり、相手が何を見たいかによって日にちの提案ができるというわけだ。

  でも、「旧暦」の効用は、もっともっと計り知れないほど大きいと私は思っている。
  まず季節感。先に出された七夕はいちばんよい例かもしれない。本当の七夕の夜(今年は8月4日、昨年は確か15日だった)は必ず「上弦」前後なのだ。夕刻南中していたお月様が夜半近くなると西に傾き、暗くなり始めた空に南中した天の川が見られるという趣向だ。しかも新暦の7月7日は梅雨の真っ最中。まずよほど運がよくないと織姫と牽牛は会えないことになる。しかし、旧暦ならよほど異常気象でもない限り梅雨は明けている。まさに星を楽しむための時期設定なのだ。他にもお盆や元旦も、今ではお月様と関係なく無理矢理設定されているが、旧暦ならお盆は必ず一晩中お月様の照っている時期(子どもの頃お盆の夜は一晩中外で遊んでよいことになっていたが、これもそんな頃の名残だったのだろう)。元旦は新月でお月様の生まれる日。これもめでたさを増幅させる設定であろう。それに、旧の元旦なら確かに「春目前」、自然に梅が咲き始める嬉しい時節だ。
  さらに言えば、奈良・平安の世から伝えられ愛好されてきた歌や文学、から近年の童謡や唱歌の中に出てくる季節も、旧暦で考えれば得心が行くものばかりだ。つまり、日本の心・情緒を自分も理解し子や孫に伝えようとするなら、旧暦は捨ててはならない大切な基礎文化だとはいえないだろうか。

  先日、星好きの集りで、年配の方が大安や仏滅の根拠のなさをあげて、すなわち旧暦の「非科学性」を説いておられことがたいへん気になった。
  明治以来、この国は、中国文化や日本文化を「古いもの=悪いもの」。反対に西洋文化が「新しい=よいもの」として徹底的に教育してきた。その中に旧暦の否定もあった(「旧暦」という言葉自体それを表している)。その結果が、この先輩の中にも息づいているのかと短絡的に考えてしまった。でも事実、旧暦を捨てたこの150年間の前半は、侵略戦争に突き進んだ狂気の時代。後半はわけのわからないカタカナ言葉が氾濫する西洋(というよりアメリカ)一辺倒の時代、どちらも日本人が自らの姿を見失った時代とはいえないだろうか。
  なにも新暦が諸悪の根源で、だから旧暦に戻せなどと現実無視の過激なことをいうつもりはない。ただ、閉塞感が漂い、どこぞの国発の根拠不明の情報に踊らされて、すっかり短気で好戦的になってしまった頭を、星でも眺めながら夜風で冷やして、先人の教えに耳を傾ける、今はそのよい機会なのではないのかと思っているだけだ。

写真:天の川と七夕の星 織姫星の下の縦長の平行四辺形に並ぶ星を「機織の機」に、彦星を上下に挟むように並んだ星を「牛」に見たてたのだろう。ギリシャ神話では織姫星は琴座の「べガ」、彦星は鷲座の「アルタイル」。





ごくろうさま!”おおすみ”
―日本初の人工衛星によせて―
2003.08.11

 2003年8月2日午前5時45分(日本標準時)、日本初の人工衛星「おおすみ」が北アフリカ上空で大気圏に突入して、そのまさに「天寿」を全うしたというニュースを聞いた。
(関連:http://www.isas.ac.jp/docs/ISASnews/No.227/ohsumi.html)

 「おおすみ」の誕生は東大宇宙研の悲願であったと同時に、日本の悲願であり、私達天文少年にとっても悲願であった。
 しかし、成功までの道のりは想像を絶する険しさだったようだ。なにせ、アメリカは月旅行を成功させ、その持ち帰った月の石を見るため日本でも長蛇の列ができた。そんな「人類が月に行ける時代に何が人工衛星か」と言うしらけた視線の中で、関係者達は必死の努力を重ねていたことは容易に想像がつく。
 それだけに「おおすみ」が誕生した時の関係者の喜びはいかばかりだったか。千葉の片田舎の高校生の私でさえ嬉しくて涙が出た。

 とはいえ、「人工衛星をあげる」事だけを目的とした計画だっただけに、打ちあがったおおすみは地球を一周したことが確認された後、ほどなくして電波が途絶え、行方不明になってしまったようだ。しかし、その後の観測で無事周回していることがわかり、以後実に33年という長い間、宇宙から日本の宇宙開発の動向を静かに見守っていたことになる。
 小さな小さなおおすみが宇宙に運んだもっとも大きなもの、それは「夢」ではなかったかと思う。そしてこの33年間で、日本の宇宙技術は少なくとも大きく立派な姿に変貌した。しかし、その「夢」の座る席がこれから打ち上げられる人工衛星達にはたしていくつ用意されているのだろうかと考えるとき、憤りにも似た気持ちに駆られるのは私だけの思い過ごしだろうか?

 「ごくろうさま!”おおすみ”」とつぶやきながらそんなことを考えていた。




夢からの再出発、できませんか?=H2A失敗の教訓
2003.12.01

  H2A6号機が打ち上げに失敗した。積んでいた「スパイ衛星」は開発費を合わせると1000億円もしたと言うから、先に機能停止した「みどり2号」以上の「浪費」となった。そればかりか、今度の失敗によって、私達の生活にも大きく関係する気象衛星すら、自前のものが持てない状況が当分続くことになったのは何より重大だ。(私的には、ゴーズのザラザラな画像に当分お付き合いさせられると思うとウンザリする)
  思えばH型ロケットの開発は「商用化」を目指した「コスト」との戦いだったように見える。しかも、爪に火を灯すようにして作り出した「コスト」分は「スパイ衛星」にゴッソリ持って行かれ、宇宙開発予算は実質3/4まで削減されてしまっている。傍目から見ても「働き損」はあきらかだ。(参照
  
  聞けば、南極観測船「しらせ」の後継船建造や、ノーベル賞をとった「カミオカンデ」も財政当局の査定の前に風前の灯状態にあるとか。御上の姿勢がこれでは商用化や軍事利用ができないロケット開発も同様の扱いを受けるのは必至だろう。
  「商用化」も「コスト」も大事かもしれないが、宇宙技術は、まだ「研究段階」なのではないか?。ならば「無駄」もつきもの。「無駄」が無くして大輪の花が咲いた「技術」がどこかに例があったら教えて欲しいくらいだ。
  また、この間の宇宙分野での失敗の連続への評価は、たぶん「たるんでる」であろう。日の丸の鉢巻を締め「気合」と「根性」でなんでも乗切れると思っている日本人らしい「評価」だ。
  でも、こういった考え方がすでに破綻をしてしまっているのも、スポーツの分野をはじめ企業レベルでも指摘されて久しいところだ。
  いま「たのしく」「おもしろく」を合言葉にいろいろな分野で新しい芽が出始めている。これは、別に「西洋思想」というようなものではなく、実は徳川家康も平たく言えばこんな考え方で家臣に接し、結果、戦乱の世をおさめ天下をとったと言われている。
  かつてソ連やアメリカがめざし、そして今中国がめざす「宇宙開発」を、「国威発揚」のためだとかケチをつける前に、どうですか、我々も宇宙ステーションや月旅行、惑星探査や宇宙望遠鏡などなど「夢」を乗せたロケットを、まずはたくさん打ち上げては。三回に一回くらい失敗したっていいじゃないですか。
  西洋から伝わった鉄砲を「火縄銃」の段階から以後ほとんど発展させない一方で、その火薬で世界一の花火を作り上げた日本という風土と日本人を、私は大好きで心から誇りに思っている。そんな日本人が打ち上げるロケットも、きっと「世界一」になれると思う





テポドン乱射とスパイ衛星
2006.07.08

 この5日、将軍様の国が、大型ロケットテポドン2号を含む多数のミサイルを連続発射して世界を驚かせた。というより呆れさせた。
 結果は、無理な戦争追行で共通して窮地に立つアメリカのネオコン勢力とそれに同調するいくつかの政府を一転勢いづかせてしまっている。将軍様は彼らの救世主様となったのだ。
 ところで、「なぜ突然のように発射された」のか?不思議でならない。「前から報道されていたではないか」との反論は当然だが、「前から」注視していたなら、なぜもっと早く察知できなかったのか。あんなデカイものが。

 最近話題の「Google Earth」という無料サイトを一度ご覧になっていただきたい。
 ニューヨーク市内をクローズアップしていくと車の車種までわかるような鮮明な画像がご覧いただける。ためしに我が家も見てみたら、ニューヨークのそれよりはやや解像度は落ちるものの、前の道のガードレールや車が通っている様子まで写っていた。もちろんこれは「民生用」。ほんとのスパイ衛星の画像はもっとすごいに違いないことは想像に難くない。
 これを見たら、ネオコンを絶賛し「愛国者」を自認するわが国の某新聞が、そのコラムで「アメリカや自衛隊がシッカリ監視しているから、国民は安心して見守っていればいい」と書いていたのもさもありなんと納得する。
 ところが、「近々発射がありそう」との情報と一緒に公表されたスパイ衛星が撮った写真はやたらに不鮮明。これが発射台だといわれてはじめてわかるような写真だった。いやそれにしても、高さが40メートルもあるという巨大ロケットが写らないはずがない。

 なのに、結果は、「打ち上げられて」初めてわかった(=打ち上げられるまでわからなかった)。のだ。

 「スパイ衛星だってそうしょっちゅう撮影できるわけではない」。「梅雨時で連日曇っていれば写らない。夜だって同じ」いくつか予想される反論も、すぐに破綻に気がつくはず。
 監視活動をしている主体は、文句なく世界一のスパイ衛星の技術と監視網をもつアメリカなのだ。レーダー、赤外線、レーザーなどなど、あらゆる最新技術が総動員され盲点などないはずだ。
 その網の目をくぐって(ほんの数時間で)あのでかいロケットを組み立て発射できたとしたら、その技術は驚異的。というよりあり得ない。

 では改めてテポドンが「なぜ突然のように発射されたのか?」
 私の悪い頭で考えられる理由はふたつだけ。「アメリカやわが自衛隊の大金をかけて構築したスパイ衛星を含めた監視システムは誇大広告で、実は穴だらけのボロクソ網だった」か「事前にわかっていたが、世界へのインパクトを高めるために、わざとふせた」かだ。

 もし本当にあれほどの注視の中であの「突然」が起こったとしたら、将軍様なら「何をたるんでいるか!」と激昂し関係者を死刑にでもしかねない「大失態」。こんな「みっともない」事態を「防衛力増強」を声高に叫ぶ人たちが誰ひとり指摘しないでいるのも不思議だ。
 一方、「事前にわかっていたが、世界へのインパクトを高めるために、わざとふせた」のだとしたら、スパイ衛星とは情報操作(=謀略)の道具、つまり、よく言われる「抑止力」ではなく、反対の「戦争を起こす道具」ということになる。






地球がおかしくなっている!!
2006.07.23

 「世界一受けたい授業」という番組で、もう今年あたりに大きな決断をしないと地球は壊滅的な道を歩まざるを得なくなるといっていました。
 これは「環境保護団体」やどこやらの「偏った思想の持ち主」達が騒いでいるものではなく、日本が世界に誇るスーパーコンピュータ「地球シミュレーション」がはじき出した計算結果だそうです。

 確かに、日本でも世界でも毎年「観測史上初」といった気象現象が目白押しですよね。

 でも、地球温暖化防止に向けたさまざまな対策が具体化されつつありますが、まだまだ「理想論」と揶揄されたり、企業イメージアップの宣伝文句に使われたりといった域を出ないような気がします。
 また「地球温暖化で世界情勢が不安定になるから軍備の増強を!」とか「二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーである原子力発電の推進を」といった、我田引水の屁理屈に利用する動きも顕著です。

 「地球は子や孫からの預かりもの」。
 地球が何億年もかけて地下に固定してきた炭素(石油や石炭)や毒素(放射能)を掘り出し、生命維持装置として作り上げた森や海を壊すような暮らし方は、贅沢三昧をしてご先祖様が蓄えた財産を使い果たしたばかりか孫・子に莫大な借金まで残してしまった馬鹿親と同じではないでしょうか。

 「答え」はそこそこ見えているはず。あとは本気になるかどうかだと思います。
 





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