同棲の危機

10年ほど前の話だ。
その頃同棲していた女の子の家は、普通の家の2階を貸家にしている古い作りのアパートだった。
ある日、私はそのアパートでヒドイ下痢に襲われていた。

彼女が大学の講義に行くと言って家を出てから、もう、何回トイレに行っただろうか。

数回目の波が訪れ、私がトイレのドアを空けようとした瞬間、悲劇は起こった。

トイレのドアが開かないのである!

何かの拍子に鍵が締まってしまったのだ。
先ほどトイレに行った時に、ドアを強く閉めすぎてしまったらしい。

ドアをガチャガチャとやってみるが、一向に開きそうにない。
ドライバーを探したが、どこにあるのか見当たらない。
コンビニや大学などのトイレに行くという余裕は、気持ちにはあったが、ソコにはなかった。
ソコが温かく湿ってくるのを感じ、私は焦りを覚え始めた。

たった一つ、私に残された術があった。

窓から出て、
屋根を伝って、
トイレの窓へたどり着き、
そこからトイレ内部に侵入するという方法だ。

問題は3つあった。

1つは、ココが2階だということ。
2階の窓から、トイレの窓までは、傾斜した屋根を5,6メートルは歩かなければらなかった。
その上、部屋の窓から、屋根までは1m以上を飛び降りなければならず、普段ならばなんということもないのだが、その日の私は足をヒドク捻挫しており、その状態では、上手く飛び降りられるかどうか自信がなかった。
衝撃で「ミ」が出てしまう危険もないとは言えなかった。

2つ目は、トイレの窓の鍵が開いているかということだ。
苦労して、窓までたどり着いても、鍵が開いているという保証はどこにもないのだ。

3つ目。
最大の問題は、ちょうどその時の時間が、午後1時頃だったことだ。

彼女のアパートの向かいには、市立中学校があった。昼休みになると、いつも中学生達が大勢窓から顔を出し、通りを横切る人達に、野次を飛ばしていた。
「ようよう、そこのカップル、熱いねえ。キスしろ。キス。」
「おやじ!ハゲ!頭がまぶしいぞ!」
普段、私はそんな野次を楽しく聞いていた。
なんだか、時代遅れの野次がかえって可愛かったし、自分自身、そんな野次を道行く人に飛ばした記憶がないでもなかったからだ。
しかし、今日は状況が違う。
発見されれば、野次の矛先は、間違いなく私に向かうだろう。
「おーい。見てみろー。あそこに怪しい男がいるぞー。トイレを覗いてるぞ―。変態がいるぞー!」
そして、隣に住む大家も気がつくだろう。
警察も呼ばれるかもしれない。
「白昼堂々、女子大生のトイレに忍び寄る、アヤシイ人影!」

そんなことを考えて躊躇していると、2回目の激しい波が襲ってきた。
嫌ぁな汗が、額や背中を伝った。
もう、一刻の猶予もならなかった。

私は、計画を実行に移した。
窓を開け中学校を見ると、中学生は見えたが、道路の方に注意は向いていないようだ。
今しかない。
窓から、さっと飛び降りた。
「グキッ」
痛めた足首を、再びひねってしまった。
足の痛みは、迫りくる「モノ」の恐怖と存在感に幾分やわらげられた。

足を引き引きずりながら、窓枠にたどり着き、祈りを込めて、右手に力を入れる。
「ガラッ!」
あっけないほど、窓は簡単に開いた。(良かったー。)
窓から、トイレを覗きこむと、思った通り、心棒が鍵穴に刺さっている。
(どうやって、刺さったのだろう)という疑問が頭をよぎったが、そんなことを考えている余裕は私の肛門にはなかった。
足の痛みと、もれそうになる「モノ」を必死にこらえながら、私は体を持ち上げた。
しかし、ここで、最後の、
そして予知していなかった問題が生じたのである。

窓枠が小さすぎて、体が入らない!!!!!!!

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