初恋

初恋はいつだったのか。

4歳までに通った保育園で相思相愛の恋があったそうで、厳密に言えば、これが私の初恋らしいが、記憶があいまいだ。

はっきり覚えているのは、年長の頃の出来事だ。
その保育園では昼寝の時間には、園児は自分の布団を自分で敷くことになっていた。
ある日、一人の女の子が私の頭の側に布団を敷いた。普段あまり親しくしていた子ではなく、「好きでも嫌いでもない」ぐらいの子であった。
先生がいなくなり、まわりの子どもたちが寝静まったころに、彼女は布団のなかで一回転し、私の方に頭を向けた。
そして、腹ばいで顔を寄せてきてこう言った。
「私、まあきちくんのこと好き。およめさんになりたい」

彼女は、ひそひそ声で告白し、私の手を握りしめ、手の甲にそっとキスをした。
この思い出は私にって、「淫らな思い出ランキングベスト3」に入る大事件ではあるが、初恋とは違うようだ。
ときめきはあったが、予期せぬ告白に舞い上がっただけであろう。その後どうなったかの記憶はない。

小学校へあがってからも、隣の席の子が兄のスーパーカー消しゴムをくすねてきたのを貢いでくれたので、好きだなあと思ったり(これは恋ではない)、意地悪して泣かした女の子の泣き顔が可愛くてちょっと好きになっちゃったり(単なる変態である)したが、本当の恋ではなかった気がする。

たぶん初恋は、4年生の時のA子ちゃんだ。
この子はちょっと顔が猿に似ていたので、「さ〜る、さ〜る」などとよくからかっていた。今にして思えば、気をひこうとしていたのかもしれない。
恋の矢が胸に突き刺さったのは、ある日の掃除の時間であった。

私が床に4つんばいになって雑巾がけをしていたら、突然A子が私の背中に腰掛けてきた。私はそのまま床に腹ばいに潰れ、彼女は私の背中の上に腰を下ろし笑っていた。
彼女の形の良い尻が私の背中に押し付けられる・・・(官能小説風に)。

自慢ではないが、私は当時、女の子 ―いや、あえて女子と言わせてもらうが― 女子たちに変態扱いされていた。
正確に言えば、クラスの比較的友好的な女子からはエッチ・スケベあつかいをされ、他の大部分の女子たちからは変態・痴漢あつかいされていた。

だから、近くにいたB子が、「ちょっと、A子なにやってんの?」と目を吊り上げ、すかさず異議を申し立てたのは当然のことであった。
『変態まあきちの背中にお尻を乗せる』なんてことは、『満員電車に裸エプロンで乗り込むようなもの』だと警告しているのである。

B子の異議に対し、A子は事も無げに言ってのけた。
『え、まあきちは大丈夫だよ』
A子のたったこれだけの言葉で、私は半ばノックアウトされていた。
この素敵な言葉は私の脳の中で何度もこだましたまあきちは大丈夫だよ。まあきちは大丈夫だよ。まあきちは大丈夫だよ・・・」

そうなんだよ。A子ちゃん。やっと俺のことをわかってくれる子がいた。そう、まあきちは大丈夫なんだよ。みんな誤解していただけなんだよ。
いわれもない冤罪(いわれはあったのだと思う)が一気に晴れ(晴れてはいないと思う)、その日から私はA子を強く意識するようになっていった。

その後二人は、文化祭の神輿作りでぐっと親密になった。
神輿の上に巨大な黄金のワシを乗せたいということになり、その設計を私とA子がまかされたのだ。
二人きりで図書室にこもり、鳥の図鑑を眺めながら設計をした。
甘いヒトトキだった。
図書室から出ると廊下にクラスの女の子たちがいて「仲いいわね。結婚式していたの?」と囃し立てた。
彼女は、まったく動じず「そう、新婚旅行」とにっこり答えた。その答えに、私はさらに舞い上がった。

しかし、その後とくに進展もないまま、学年があがり、クラス替えがあった。彼女とはクラスが分かれてしまった。
クラスが変わっても今まで通り仲良くしたかった私だが、彼女は態度をガラッとかえた。
意識的に無視しているようにも思えたし、私など眼中にないようにも思えた。
目が合ったら「よっ!」と自然に挨拶をしようと思って、廊下をすれ違うときはいつもドキドキしていたが、いつも視線は交わらなかった。
私はなぜA子がそんな態度をとるのかわからず、ひどく傷ついた。

自然に彼女のことは考えなくなり、我々は別々の中学校へ進学した。
随分後で、A子が派手に彼氏をとっかえひっかえしているという噂が流れてきた。

器量の良い子ではなかったが、ある種、魔性の魅力を持つ女の子だった。

初恋を思い出し、私はあまり成長していないなあと思う。


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