くちぼそ釣りの思い出

クチボソを50匹ほど釣った頃だったろうか、奇妙な男が話しかけてきた。
「写真を撮らせてくれないか。」

雑誌のカメラマンだと言うその男の顔は、何か少し不思議な感じがした。真剣な顔をしているようにも、ふざけて笑っているようにも見えた。いや、もともと、笑ったような顔なのであろう。

その日は、5歳になる弟を連れて釣りに来ていたので、『都会で釣りをするの仲良し兄弟』というホノボノとした記事にでもなるのかななどと、私はわりと気軽にその申し出を受け入れた。クチボソ釣りにも少し飽きてきていたし、雑誌に自分が載るということに少し期待したのかもしれない。

その場所は、総武線の市ヶ谷駅から見える皇居のお堀だった。中学1年の当時、私はしばしばこの場所に釣りに来ていた。クチボソという体長10cmに満たない魚が釣れるのだ。
釣りにハマりだしてはいたけれども、行けば必ず坊主というのがお決まりだった私には、このクチボソという魚は、大切な釣りの相手だった。延べ竿の穂先だけを使い、タナゴ針の先に赤虫をチョンと引っ掛けて釣ると、下手な私でもたくさんの魚を釣ることができた。その仕掛けに15cmほどの鮒でもかかろうものなら大騒ぎだった。竿は半円を描き、釣り上げれば友達に羨望の眼で見られることになった。

たくさん釣れるクチボソだといっても、人より多く釣ろうと思えばそれなりの奥深さがある。クチボソは名前の通り、口がとても小さい魚なので、アタリがあってもなかなか針掛かりしないのだ。タイミング良くアワセを入れないと釣れないし、釣れてから、足場が高くなっている土手まで魚を落とさずに抜き上げるのにもコツが必要だった。
まだ小さかった弟にはそのタイミングが難しかったらしく、少々飽きてきているようにも見えた。私はそろそろ潮時かなと考えていた。

そんな折、声を掛けてきたのが例のカメラマンだった。

「いいですよ。ここでいいですか?」
私が聞くと、
「いや、そっちで・・・。」
なにやら怪しい返答だ。案内されたのは、潅木が茂って周りから死角となっている場所だった。
「じゃあ、そこに座って」
木の根元に座ると、数枚のシャッターが切られた。ポーズや表情を指示された。口を半開きにしてくれとか、そういう注文だ。
(ハズかしいケド、告白するケド、今考えればこんな怪しい状況下においてなお、私は「町の美少年発見!」などという雑誌の見出しを頭に描いていた。いや、ほんと、ハズかしい・・・)
男は次に、第2ボタンをあけてくれと言い、ついには、第3ボタンまであけろと言い出した。その辺になるとさすがに何やらおかしいと気づいたのだが、今度は怖くなって来た。私が拒否すると、男は半ば強引に私のボタンに手を伸ばした。逆らうことも恐ろしかったのだが、なんとか、行く所があるだとか、弟がまっているだとか、男を怒らせないようにできるだけ穏やかに速やかに逃げ戻った。現在の私の姿からは信じられないことだけど、当時の私は目が大きなさらさら髪の少年だった。彼にしてみれば、格好のターゲットだったのかもしれない。

帰り際、片付けの手伝いをしてくれていた弟が、竿先をお堀の中へ落としてしまった。少ない小遣いで買った宝物だったので、大声で叱りつけた。今から思うと中学生が5歳の子を怒鳴り散らすのもどうかと思うが、まあとにかく「ついてくるな!」などと結構理不尽に怒られた弟は、兄の後ろ5mほどを泣きながらついてきた。

先日弟にこの時の釣行の話をしてみたら、兄貴が竿のことでひどく怒ったのは覚えているとは言っていたが、カメラマンのことは言っていなかったので、覚えていないのだろう。それはそうだろう。

ところであの写真は雑誌に載ったのだろうか。それとも、他の何人かの男の子の写真と共にあの男の部屋にクリップで止めてあったのだろうか。しかし、そんな想像はやめた方がいいことに今さら気づき、なんでこんなことをココにかいているんだ?などと思ったので、もうやめる。

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