中国トイレ事情

中国を旅する多くの日本人旅行者が、第一に閉口するのは、トイレの問題だ。

まず、各個室に扉のない場合が多い。横の壁しかないのである。

扉はあっても、その扉の大きさが、高さ50cmくらいというものもある。
床から30cmくらいの所に、前後に開くドアがついているだけなのだ。
飲み屋のレジなどにある、レジの内と外とを仕切るドアを想像していただくとおわかりかと思う。

通常、中国人の方々は、ノックなどという野暮なマネをしないため、その個室が使用中かどうかは、上から覗きこんで判断する。入り口に近いほうの個室から順番に使用中かどうかを目視によって確かめていくというわけだ。実に効率的で、確実な方法である。

用をたしている時(当然大便だ)に、上を見上げると、覗きこんでいる人と目が合ってしまう。
慣れるまでは、じっと下を見て用をたすのがいい。覗かれても、覗かれたことを知らなければ、キマリの悪い思いをしないですむ。

それでも、上に書いたようなトイレで用をたすということは、旅が長くなれば、どうということもなくなってくる。用をたさずに生活をすることはできないし、毎日のことに慣らされていくからだ。
ただ、そんな私でも、嫌だなあというトイレもあった。

それは、「1本の溝があるだけ」というトイレだった。扉もなければ、仕切りもない。
以前、そこで小用だけ済ませたたことがある。広いトイレ内部に、幅20〜30cmの溝が左右に走り、そこで、思い思いが、好きな所で用を足すのだ。溝には、水が流れており、上流からは、誰かの排泄物が流れてくるということになる。
その溝にまたがって、用を足すことに自分がなるとは、その時は考えもしなかった。


旅の間は、できるだけ、公衆の便所を使わずに、ホテルで用をたすことにしていた。
ホテルには、小さいながら大概扉つきのトイレがあったし、何より、外の便所より衛生的のようにも思えたからだ。

しかし、下痢を患っていたりすると、そうはいかない・・・

ある日、街中で激しい腹痛が襲った。
朝、いつもの用にホテルのトイレで用を足していたのだが、その日はヒドイ下痢だった。
手っ取り早くトイレを見つけるには駅が良いと思い、近くの駅へ向かった。
地方都市のわりあい大きな駅だった。

そこのトイレが、例の溝式トイレだった。
幸いなことに、トイレには誰もいなく、私も躊躇しているような状況ではなかったので、
広いトイレの端の方へ行き、ズボンを下ろし、溝にまたがった。

溝の上で、脂汗をたらしながら、がんばっていると、何人かの中国人が入ってきた。
溝に向かって、勢い良く小便を放出している人を眺めているうちはまだ良かった・・・

一人の男が私に近づいてきた。
ズボンを下ろし、そして、なんと私の向かい50cmに、向かい合わせに腰を下ろしたのだ。

私は、この日まで、この形のトイレは、みんな同一方向を向いて(お猿さん電車に乗る時のように)用を足すのだと思いこんでいた。だいたい、広いトイレである、わざわざ端の方にいる私の近くに来なくても良いではないか。しかも、向き合って座らなくても!
そして、こともあろうか、男は何やら親しげに話し掛けてきたのである。
「○×▲※※■!」
何を言っているのかわからなかったので、
「チン プートン ウォー シー リーベンレン」(わかんないよ。俺日本人だから)
と答えた。
「ニー シー リーベンレンマ?」(おまえ、日本人なのか?!)
男は大声で叫んだ。
「来来来!日本人○▲××※!!」(おーい、ここに日本人がいるぞー。ちょっと来てみろー!)
信じられないことに、男は入り口付近にたむろっていた、他の中国人を大声で呼んだのだ。
尻を丸出しにした私と男の周りに、ぐるりと中国人達は取り囲み、
私に対し色々なことを話し掛けてきた。
「どこから来たのか」
「旅行なのか?」
「仕事はなにをしている?」
「年はいくつだ?」

私は丸出しの下半身のまま、太平洋戦争後の日中の溝を埋めることに貢献した。

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