水泳のススメ 〜ガンジス川横断500m〜

 ンドを流れるガンガー(ガンジス川)のほとりにバラナシ(ベナレス)という町がある。

 この町では、1泊30ルピー(120円で朝夕食付き!)の激安宿に9泊した。部屋はたこ部屋で汚いが、屋上からガンガーを見渡せるなかなか良い宿だ。人間一人しか通れない細さの裏路地の奥にその宿はある。角の長い牛がいて、そこを体を横にして通り抜けないと帰りつけないという場所だ。いつも「通り抜けるときに牛が振り向いたら心臓一突きで即死だな。」と緊張しながらそこをすり抜けた。

 1日中ガンガーを眺めて過ごした。不思議なことに宿のある方の岸には建物がぎっしり並んでいるが、対岸にはほとんど建築物がない。対岸には野犬がいるので近づかないようにと、チャイ屋(喫茶店?)のおやじが言っていた。上空には無数の鳥が飛び、家の軒から軒へリスやら猿やらが飛び移っている。ゴミゴミしているが自然が残っている。不思議な町だ。
 眼下のガンガー(しゃれではない)には巨大な魚が泳いでいた。背びれとくちばし?が見えた。川イルカだ。川イルカの仲間は長江やラプラタ川にもいるが、いずれも濁った川で生活するため目が退化してしまっているという。
 流れて来る牛の死体の上にカラスがとまり、死肉をついばんでいた。時には、人間の死体も流れてくるらしい。インドでは、ある条件(犯罪者とか伝染病患者とかそういうの。忘れてしまって正確ではない)で水葬になるのだ。この川で町の人は沐浴し、洗濯をし、死体を焼いていた。焚き火のような炎の上で人が焼かれ、燃え残った2本の足を、インド人が棒で2つ折りにしてまた焼いていた。膝間接を逆に折っていた。

 1月ほど前にチベットで出会った日本人にこの宿で偶然再会し、なぜかガンガーを泳ぎ渡ろう!と、盛り上がってしまった。2日前から下痢でメシを満足に食べていなかったので少し不安だった。泳いで水をのんで、チフスとか赤痢とかコレラなどに感染したらどうしよう。とも考えた。しかし、「記念だよ。記念。」という安易な一言によって実行ということになってしまった。「まあ、毎日沐浴している人がいるんだし、大丈夫。」と割り切った。
死体が目の前を流れてくるのだけは避けたかった。

 もしものために、インド人に舟で伴走してもらった。対岸から帰るときにも舟は必要だ。10ルピー【40円】で良いということだった。野次馬日本人バックパッカーが見物しにきた。
 川の中ほどで、舟の上の日本人が飛び込んで一緒に泳ぎ始めた。そして、数分一緒に泳いだと思ったら、「ぎゃー!」と言う悲鳴とともに全速力で舟まで泳ぎ帰っていった。何事が起こったと心配になったが、何のことはない、目の前を川イルカが通りすぎたのだ。
 途中10mほどの幅で急に水がぬるくなる場所があった。ゴミもそこだけたくさん浮いている。気持ちが悪かったのでそこだけ全速力で泳ぎきった。
 疲れた。達成感もたいして抱かなかった。
 しかし、無事泳ぎきったし、楽しかった。死体も流れて来なかった。日本へ帰っての土産話くらいにはなるかなと思った。
 その後、特にやばい病気にはかからなかった。
 その夜、久しぶりに腹がすき、体調が少し回復したように感じた。
 偉大なるガンガーの恩恵だろうか。

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