これまでの疲れを一気に吐き出すようにぐっすりと眠った。夜中に一度だけ便所に起きた。フクロウの鳴き声を聞いた。
今日も、ダラダラと昼頃出発し、夕方早めに上陸した。
グレイリングのたまるポイントも理解したので、今日一日で30尾ほどは釣っただろう。グレイリングは瀬につく。小川が流れ込んでいるようなところでは必ず竿を振った。どのポイントでも入れ食いとなり、少し食いが渋るとカヤックを出発させるという贅沢さである。
グレイリングの引きは単調だ。引きの強さはアメマスぐらいだろうか。少し斜めからみると体が青く光り、巨大な背びれには美しい斑点があるのだが、その体色や大きなヒレを撮影するのは難しく、満足のいく写真は撮ることができなかった。
岸際に巨大な雄のムースがいた。
カヤックを漕ぎ寄せても逃げる様子はない。
近くで見ると、無数の蚊だかブヨだかがたかっていた。
ついたキャンプ地は高台にある大きなキャンプ地だ。川地図にはエクセレントキャンプと書いてあった。その名の通り快適そのものだった。
崖の上を吹く風のせいなのか、蚊が殆どいないのがさらにすばらしかった。
ユーコンにおいて、ツーリストに恐れられているものは、二つある。
一つは熊で、もう一つが蚊の猛襲である。
だから私も日本からモスキートネットという顔や頭を蚊から守るネットを持っていった。
日本で得た情報では、ユーコンの蚊情報は凄まじく、
曰く「ジーンズの上からでも容赦なく刺す」
曰く「虫除けスプレーなど意味を成さない」
曰く「大便をするのは命がけである」
というものであった。
しかし、今回の旅に限って言えば、私は殆ど蚊の被害を受けていない。
モスキートネットを使ったのは初日二日目だけだし、虫除けスプレーすら使用しない日もあった。
体に蚊に刺された後を殆ど残さず、川旅を終えたのである。
キャンプ地の前の少し流れの速いところにスピナーを投げ込むと、すぐにグレイリングが釣れた。
食べるのに丁度良いサイズが釣れたので魚をさばいていると、頭の上の木に白頭鷲がとまった。
写真に撮るのにいい位置にとまったので、急いでテントにカメラを取りに行こうとその場を離れると、なんと私の釣ってさばいた魚を盗んで飛び去った。
ちきしょう。あの野郎、最初から狙ってやがったな。綺麗にさばいたのはお前のためじゃないのに!
まあいい。魚はたくさんいるとルアーを投げ込むと、またすぐ釣れる。すると、さっきの白頭鷲がまた舞い戻り近くの木にとまった。
近くで写真を撮ることができたので、さっきの魚のことは大目に見てやろう。
モデル料だ。
釣りをしているとガイドとオーストラリア人3人のパーティーがやってきた。今日はどこに泊まる予定だと聞いたら
「もう少し先。ここはあなたが使っているから」
と言った。
ユーコンでは、先にキャンプ地に来たものにその土地を独占できる暗黙の権利がある。
人のいないところをもとめてやってくる人間が殆どなのだから、そのマナーは大切だ。
だたっぴろいキャンプ地だったので、
「良かったら、私は構わないが」
と言った。
彼らは、ウイスキーとワインと缶詰をくれた。それが欲しくて「いいよ」と言った訳ではない(ようなあるような)。
彼らと話をしながらいい調子で酔っ払っていると、近くの流れ込みにムースが来た。薄暗い中、音を立てて水草を食べていた。