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アルテナより愛をこめて


7月下旬。
この時期、アカデミーには緊張感がみなぎっている。
過去1年間の勉強の成果が試されるコンテストを間近にひかえ、生徒は一様に引きつった顔をして、あわただしく準備を進めている。コンテストの1週間前には授業も休みになり、この1週間をどのように過ごすかが結果に大きく影響してくる。
もっとも、主席のノルディスに言わせると、「1年間の努力の結果だよ。直前になってあわてて勉強しても、逆に疲れて体調をくずすだけだよ」となるのだが。

それでも、みんな何かに憑かれたように、アカデミーの内外を駆けずり回っている。
図書室にこもって参考書を読みふける者、あわてて調合の材料を探しに行く者、先生の研究室にいりびたりで質問攻めにする者、少しでもアイテムの品質を良くしようと徹夜でブレンド調合に励む者、疲労度が上がっているのに実験を繰り返して爆発を起こす者、それを聞いてライバルの失敗をほくそえむ者・・・。

そんな中、工房暮らしのエリーは、マイペースだ。アカデミーから離れて暮らしていることで、他人のペースに巻き込まれることがない。今日も、勉強は二の次で、急に入った依頼をこなすための材料を買いに、アカデミーにやって来たところだ。
殺気立って右往左往する同級生たちを巧みに避けながら、ショップに向かう。と、ショップのカウンターに友人の姿を見つけた。赤い錬金術服に、ピンクのマント。

「あ、あれは・・・。アイゼル〜!」
右手を上げ、駆け寄る。
エリーの同期生、アイゼルは、カウンターにもたれかかるようにしていたが、ゆっくりと顔を上げる。
「何よ」
いつものつっけんどんな調子で、アイゼルが応える。が、どうも様子がおかしい。
「アイゼル? どうしたの、顔色が悪いよ」
「・・・なんでもないわ。ほっといてちょうだい」
「でも・・・」
「あなたも、人の心配をしてる暇があったら、自分の心配をした方がいいんじゃなくて? 今度は、去年のようにはいきませんからね」
アイゼルは注文した材料を受け取ると、ぷいと横を向いて、寮棟の方へ行ってしまった。

なすすべなく見送るエリーの後ろから、声がかかる。
「やあ、エリー」
「あ、ノルディス・・・」
エリーの同級生で、学年主席のノルディスは、小脇に分厚い本を抱えている。図書室からの帰りらしい。
「ノルディス。アイゼルが、変なんだけど」
「うん、知ってる。最近、根を詰めて勉強して疲れがたまっているところへ、夏風邪をひいたらしいんだ。熱があるのに、実験を止めようとしなくて・・・。ぼくも、何度も休むように言ったんだけど・・・」
と、ノルディスは寮棟のドアの方を見やる。

「ほんと、心配だね。もうすぐコンテストだっていうのに、あの様子じゃあ・・・」
つぶやくエリーに、ノルディスは厳しい表情で振り返った。
「何言ってるの。アイゼルがあれだけ無理をしているのは、エリー、きみに勝つためなんだよ」
「ええっ、何で?」
「ほら、去年のコンテストで、きみが9位、アイゼルが10位だったろう。それがアイゼルにはものすごくショックだったらしくて、ぼくも何度も聞かされたよ。納得がいかないって・・・。それで、今年は絶対に勝つんだって、早くからアイゼルは準備をしていたんだ」
「そんな・・・。知らなかった」
「まあ、エリーはそういう性格だから、気付いてはいなかったんだろうけど」
「それじゃなおさら、何とかしてあげなくちゃ・・・。そうだ、明日もう一度、来るよ」
「あ、ちょっと、エリー・・・」
エリーは買い物をすることも忘れて、アカデミーから飛び出していった。
あっけにとられて見送ったノルディスは、やがて小さくうなずくと、自分の部屋へ向かう。
コンテストまで、あと5日。


翌日。
寮棟の自室で、アイゼルは調合を続けていた。
昨夜もソファでわずかに仮眠を取っただけだ。熱と睡眠不足で、足元がふらつく。のどは焼けるようで、頭はずきずきと痛む。目がかすんで、参考書の文字がゆがんで見える。
それでも、アイゼルは調合を止めようとしない。
(見てらっしゃい。今度こそ・・・。絶対に、負けないから)
脳裏に、エリーの邪気のない笑顔がちらつく。それに重なるように、ノルディスの知的な笑顔が。

最初は、エリーがライバルになるなんて、思ってもいなかった。だが、何かにつけノルディスがエリーの肩をもち、親しくなるにつけ、エリーはアイゼルにとって意識せざるを得ない大きな存在になっていった。
そして、アカデミー1年目のコンテスト。アイゼルは少しでもノルディスに近づこうと努力し、学年10位を取った。満足できる成績だったが、意外にも、エリーが自分より上位にいた。
これにはがまんがならなかった。思わずエリーに対し「カンニングでもしたんじゃないの」と言いがかりをつけたりもした。しかしエリーがそんなことをする娘ではないことは、よくわかっている。
結局は、実力なのだ。エリーに勝つためには、力をつけ、アイテムの完成度を上げるしかない。
(エリーに勝つ・・・。そして、必ず、ノルディスを振り向かせてみせる・・・)

半分、白昼夢にひたっていたアイゼルは、ノックの音にわれに返った。
(こんな時に、誰?)
いぶかりながら、半分腹を立てながら、ドアを開く。
「こんにちは、アイゼル」
そこにはエリーが立っていた。
「何だ、あなただったの。・・・そう、わたしの勉強の邪魔をしに来たってわけね」
増してきた頭痛に顔をしかめながら、冷たくアイゼルが言い放つ。

「ちがうよ。これを持ってきただけだよ。はい、飲んで」
と、エリーが何本かの薬びんを差し出す。
「アルテナの水と、栄養剤だよ。ブレンド調合で、効力を上げてあるから。コンテストまで間がないんだから、早く元気になってよ」
アイゼルは、エリーが手にしている薬びんを、しばらくじっと見つめた。やがて、かみつきそうな表情で顔を上げ、
「何よ、親切ぶって・・・。そうまでして、自分の方が勝れていると言いたいのかしら。余計なお世話よ、帰ってちょうだい!」

ドアを閉めかける。エリーはそれをさえぎると、こちらもアイゼルに負けないほど厳しい口調で、
「あたしだって、親切でやってるわけじゃないよ。病気で体調の悪いアイゼルに勝ったって、自慢にも何にもならないじゃない。だから、早く治して完璧な体調で、コンテストに出てきてよ。でないと、あたしも、アイゼルをこてんぱんに叩きのめす楽しみがなくなるじゃないの」
ふたりはしばらく、ドア越しににらみ合う。アイゼルは、つんとあごを上げ、引ったくるようにエリーの手から薬びんを受け取った。
「よ〜く、わかったわ。見てらっしゃい。こんな病気、すぐに良くなって、コンテストでは返り討ちにしてあげるから。こんなことして、後悔しても遅いわよ」
「望むところだよ・・・。それより、薬飲んだら、ちゃんと着替えて寝るんだよ」
「当たり前でしょ。子供じゃないんだから。さあ、用が済んだのなら、もう帰って」

目の前で、ドアが閉まる。エリーが寮棟の廊下を歩いて行くと、行く手にノルディスが、心配そうな顔をして待っていた。
「どうだった、エリー?」
エリーがにっこりと、
「ばっちりだったよ。ノルディスに教えてもらった通りの言い方をしたら、受け取ってくれたよ」
「そうか、やっぱり。意地っ張りなアイゼルの性格を考えたら、素直に持っていったんじゃ受け取らないだろうと思っただけなんだけど。でも、受け取ってくれて良かった」
「さすがはノルディス、アイゼルのことを、よくわかってるんだね」
「え、や、やだなあ・・・。急に、何を言い出すんだい」
心なしか、頬を染めるノルディス。それを知ってか知らずか、エリーはアイゼルの部屋の方を見やり、つぶやく。
「早く、良くなるといいね、アイゼル・・・」
「そうだね・・・」
と、同じ方向に視線を向けるノルディス。その瞳は、限りなく優しい表情をたたえていた。


その頃、部屋の中では、アイゼルが薬を飲み干していた。顔をしかめ、つぶやく。
「もう、なんて味なのよ。これじゃ、とても売り物にはならないわね。エリーも、大したことないじゃない・・・。これで、今度のコンテストは勝ったも同じね」
ぶつぶつ言いながら、錬金術服を脱ぎ、パジャマに着替える。
ベッドにもぐりこみ、薄い毛布を首まで引き上げる。
「それにしても、ほんとに余計なことをする娘ね。おせっかいも、いいとこだわ・・・」
壁の方を向く。
「ほんとに、おせっかいなんだから・・・」
語尾が途切れ、やがてアイゼルは静かな寝息を立てはじめる。

数分後、寝返りをうち、顔がこちらを向く。
閉じた目からこぼれた涙が、頬にひと筋の跡を残していた。

<おわり>


○にのあとがき>

ゲームのイベント「まごころの薬びん」の逆バージョンです。
いわゆる「アカデミー3人組」を、初めて描いた作品です。

既にこの頃から、アイゼルはノルディス一筋なのですが、ノルはまだそれに気付いていない・・・そんな状況だと思ってください。

このエピソードで、アイゼルの交友度は+10・・・かな?


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