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〜祝・『ヴィオラートのアトリエ』アイゼル様ご登場〜

ある日のティータイム


ふう・・・。これでよし。あとは反応が出るまで、しばらく待てばいいわ。それまで、少し休憩にしましょうか。
・・・あら、お茶をいれてくれたの? ありがとう、いただくわ。
ここって、ほんとに田舎くさい村だけど、お茶だけはおいしいわね。それはそうよね。どんな田舎でも、ひとつくらいは取り得がないと、やっていけないものね。
なによ。田舎を田舎と言って、どこが悪いの?
え・・・? そんなに田舎がいやなら、なぜこんな辺鄙な土地を旅しているのか、ですって?
そ、それには、いろいろと深い事情があるのよ。
知りたいの? あんまりひとのことを詮索するものではなくってよ。
・・・まあ、いいわ。実験結果が出るまで、まだ時間もあることだし、話してあげる。感謝してよね。

そう・・・あれは、マイスターランクの卒業式が迫って、自分の進路を決めなければならない時期だったわ。マイスターランクっていうのは、アカデミーの中でも成績優秀な生徒だけが進める上位のクラスで・・・。
え、アカデミーって何か、ですって?
ふう、あきれたわね。・・・そうか、この大陸にはアカデミーもないのよね。ほんとに、遅れてるんだから・・・。
一口で言えば、アカデミーは錬金術を教える学校のこと。後の説明は省かせていただくわ。詳しいことは、またいつか話してあげる。
ともかく、わたしはアカデミーで4年間勉強して、さらにマイスターランクで2年間研究を続けたの。一通りの錬金術はこなせるようになったし、一人前の錬金術師としてやっていける自信もあった。
そんな時、あの人から指輪をもらったのよ・・・。
あの人は、アカデミーに入学した頃から、気になる存在だったわ。成績優秀で、優しくて・・・。憧れていたの。でも、その憧れは、いつのまにか、もっと大きくて強い気持ちに変わっていたのね。そう、お互いに・・・。
な、なによ、わたしだって女性なんですからね。恋のひとつくらいするわよ。何がおかしいの!
ま、まあとにかく、わたしはその指輪をもらって、とても嬉しかった。それですぐ、実家へ行って両親に話をしたの。あの人と一緒に、生きて行きたい・・・って。
でも、お父様もお母様も、猛反対した。意外だったわ。あの人のことは、何度も両親には話していたし、お父様もあの人の実力は認めていたはずだったのだもの。
なぜそんなに反対するのかを知って、わたしは愕然としたわ。
わたしもその時まで、気付いていなかった。いいこと、あの人は平民出身、私は貴族の娘。わたしがあの人と一緒になるということは、貴族の身分を捨てるということだったのよ。これがどういうことか、わかる?
わかるはずないわよね、ふふ。
なによ、びっくりした顔して。わたしが貴族の出だってことが、そんなに意外なの?
それはそうよね。貴族の娘が、こんな場所をひとりで旅しているなんて、普通はないことですものね。
え? なんとなく気品があると思っていた、ですって?
ばかね、へたなお世辞を言うものではなくってよ。
話を戻すけれど、貴族の身分というのは、絶対的なものなの。普通は、よほど不名誉なことをしない限りは、その身分が奪われることはない。それなのに、それを自分から捨てるというのは、家名を汚すことに他ならないのよ。そんなこと、わたしは考えたこともなかった・・・。
ふふふ、普通の人から見れば、理解できないことかも知れないわね。
まあ、アカデミーに入学することも、わがままを通させてもらった結果だったし、両親は、アカデミーさえ卒業すれば、わたしも家に戻って貴族の暮らしをするものと思っていただろうし、反対するのも当然よね。親族の中で、わたしの味方になってくれたのはおばあさまだけだったわ。
そんなわけで、わたしは、家を取るか、錬金術を取るかという立場に立たされてしまったの。
他の人たちは、しっかりと次の目標を決めて歩き始めているっていうのにね。
あの人は、マイスターランク卒業後もアカデミーに残って、人の命を救う薬や医術の研究を続ける。もうひとり、わたしの親友は――あなたに似て、どんくさい娘だけど――錬金術の発祥の地と言われる海の向こうの大陸のアカデミーへ行って、先輩の錬金術師と一緒に究極の錬金術を探すと決めていた・・・。
え? “あの人”って、わたしが下げているロケットに入っている肖像画の人か、ですって?
もう! おとなをからかうものではなくってよ!
ふう、しゃべりすぎて、のどが渇いたわ。お茶のお代わりをいただける?

さてと、どこまで話したかしら?
ああ、そうね。わたしは家と錬金術のどちらを取るべきか悩んでいた・・・。
そんな時、わたしが師事していた先生が1通の手紙を見せてくれたの。
先生は、若い頃に、この大陸を旅していたことがあったのよ。その時に知り合った錬金術師の女性からの手紙だった。
それには、こんなことが書いてあったわ。

・・・この大陸は、錬金術の普及が遅れています。錬金術という言葉を聞いたことすらない町や村もたくさんあります。人を幸せにする錬金術という学問を、もっともっと広めて行きたいのに。アカデミーのような教育施設を作ろうとしても、とても無理です。とにかく、錬金術を教えられる人の絶対数が足りないの・・・

先生は、この手紙を見せただけで、あとは何も言わなかった。でも、わたしには、先生の言いたいことがよくわかったわ。
わたしは、以前にも旅に出たことがあった・・・。でも、それは何もかも失ったと思い込んで、すべてのものから逃げ出すためだったの。
だけれど、その旅の途中でさまざまな人たちに出会って、わたしは迷いを捨てることができた。ひとまわり成長して、故郷の街へ帰っていくことができたわ。先生は、そんなわたしを黙って迎えてくれた・・・。
え? いい先生なんですね、ですって?
そうね、でも、あんまりお近づきにならない方がいいかも知れないわ。怪しい薬の実験台にされてしまうかも知れなくってよ。ふふふ。
まあ、わたしはあなたを実験台にする気はないけれど。
それで、先生から手紙を見せてもらって、わたしは考えたの。もう一度、自分を見つめてみよう・・・自分を鍛えなおそう・・・って。
今度の旅は、逃げるためではないのよ・・・。それまでのわたしは、先生や先輩や、友達や街の人たち・・・そういった人たちに支えられて生きてきた。でも、頼りになる人のいない場所で、自分が学んできた錬金術がどこまで役に立つか、それを試してみたいと思ったの。両親にも、あの人にも、胸を張って自分の意思を伝えられるようになるためにね。騎士で言えば、武者修行ってところかしら。
あらためて考えると、わたしもけっこう先生の影響を受けているみたいね、ふふ。

まあ、こんなところね。
え? それじゃ、いつかは帰ってしまうのか、ですって?
それは、そうよ。あのね、わたしは、こう思うの。
人は、なぜ旅に出るのか・・・。その理由なのだけれど、つきつめれば、簡単なことだと思うのよ。
それは、例えば、帰るため・・・なのではないかしら?
あら、ずいぶんと話し込んでしまったわね。そろそろ反応も出ているはずよ。
それにしても、外から漂ってくるこの臭いは何? これだけはがまんできないわ。
だいたい、おいしいニンジンを育てるには家畜の糞がいちばんの肥料だなんて、誰が決めたのよ。これだから、田舎の人っていうのは・・・。
さあ、実験に戻りましょう。ビシビシいくわよ、よくって?

<おわり>


○にのあとがき>

アトリエシリーズ新作、『ヴィオラートのアトリエ』アイゼル様が登場すると知った瞬間、浮かんできたネタです(笑)。
アイゼル様が旅に出ていた、という設定は『ふたりのアトリエ』にもありましたから、特に不自然な印象は受けなかったのですが、問題は「なぜ旅に出ていたのか」ということ。
『エリー』のイベント「さようなら、私の恋」と直結しているのではないかという噂があったりしますが、それはいやだなあ(笑)と思って、当サイトなりの理由付けをしてみたのが、この作品です。
意図的に、固有名詞をすべて排してみましたが、いかがでしたでしょうか。

『ヴィオアト』が発売されたら、その辺の事情も明らかになるのかも知れません。ここは楽しみに、初夏(初夏っていつよ?)を待ちたいと思います。


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