Episode−1
ザールブルグの中心に位置する、シグザール城。
聖騎士のダグラスは、今日もあくびをかみ殺しながら、城門の警備に就いている。
「あ〜あ、1日中こんなところにいたら、身体がなまっていけねえや。・・・と、おいおい!」
角を曲がって現われた老人が、杖を突きながらひょこひょことダグラスの前を通過しようとする。
不審な人物の登場に、ダグラスの血がたぎる。
大きく手を広げて立ちふさがり、
「おおっと、この先は通行禁止だ。許可証がないやつは、猫の子いっぴき通すなと言われてるんだ。悪いな、じいさん」
暑苦しそうな濃紺のマントを身にまとった老人は、顔の下半分をおおった真っ白なひげの中で口をもぐもぐさせ、小さな目をしばたたかせた。
「おお・・・。そうじゃったな、許可証、許可証・・・と。・・・おや、どうやら忘れてきてしまったようじゃわい」
マントの中であちこちを探っていた老人は、ため息をつく。
「ま、かまわんじゃろう」
と、臆面もなくダグラスを見、城内へ向かおうとする。
「ふざけるな! いくら年寄りだからって、このダグラス様は、容赦しないぜ。不法侵入でしょっぴくぞ!」
老人の肩に手をかけるダグラス。
そこへ・・・。
「ダグラス! その手を放せ!」
低いが、凛とした声が響いた。
すぐに声の主も姿を現す。
「隊長!」
振り向いたダグラスが叫ぶ。
王室騎士隊長のエンデルクは、老人に向かって一礼する。
「部下がたいへん失礼をいたしました。さあ、王様がお待ちです。こちらへ・・・」
「へ・・・?」
直立不動の姿勢のまま、ダグラスが目を丸くする。
エンデルクはダグラスに流し目をくれ、
「おまえも、ザールブルグ・アカデミーの校長の顔ぐらい覚えておけ」
と言い残して、謁見室へ向かう老人の後を追う。
「アカデミーの校長・・・? あのじいさんがか・・・」
以前、エリーが話していた事を思い出す。
(あのね、アカデミーの校長のドルニエ先生って、入学式と卒業式の時くらいしか、あたしたち生徒の前に現われないんだよ。どんな顔してるかも、あたし、忘れちゃった・・・)
「ちぇ、生徒も顔を知らねえようなやつの顔を、覚えてられるかってんだ!」
いい災難のダグラスだった。
だが、ダグラスの災難(?)は、まだ終わったわけではなかったのだ。
Episode−2
シグザールのヴィント国王の謁見室。
そこには、常に王室騎士隊選りすぐりの勇士が待機している。
その広い謁見室の中央の奥に、王の玉座があるのだ。
しかし、今は玉座は空である。
ビロードの幕で区切られた、玉座の裏側にしつられられた個室で、背格好も顔つきもよく似たふたりの老人が、小さな円卓を挟んで酒を酌み交わしていた。
ひとりは、黄金に宝石をあしらった王冠をかぶり、毛皮のガウンを身にまとったヴィント国王。もうひとりは、先ほど訪れてきたアカデミー校長のドルニエである。
ふたりは、ドルニエがザールブルグにアカデミーを開校した頃からの友人同士だった。付き合いは、もう15年にもおよぶ。
「ところで、どうかね、アカデミーの財政状態は」
ワイングラスをゆっくりと口に運びながら、ヴィントが尋ねる。
「たしかに、裕福とは言えぬが、それなりにやっておるよ。心配には及ばん」
デカンタから2杯目のワインを注ぎ、ドルニエが答える。
「それは、良かった。ただ、まだ国民の中には、魔法というものをうさんくさく思っている者もいると聞いておる」
「それは仕方がないことじゃろう。少しずつ、理解していってもらうしかないと思っておるよ。わしの代でできなくとも、イングリドとヘルミーナがおる・・・。逆に、戦争がなくなった今、騎士団が本当に必要なのかどうか、疑問に思っている国民もいると聞いておるが・・・?」
「うむ・・・。それが悩みの種なのじゃよ。聞けば、アカデミーの生徒の中にも、魔法の武器があれば、剣を使う騎士など必要ないと言っている者がいるとか・・・」
「それを言うなら、騎士団の中にも、魔法や錬金術を信じない者がおるそうではないか」
「なんとかしなければな・・・。そこで、今日、おぬしを呼んだのは、他でもない、わしに考えがあっての。それを聞いてほしかったのだよ」
そして、ヴィント国王は、ドルニエの耳に二言三言、ささやく。
ケントニス人に特有の、左右の色が異なるドルニエの小さな目が、驚いたように見開かれる。
「どうかな? なかなかの思い付きだと思うのだが」
ヴィントの問いかけに、ドルニエもうなずく。
「ふむ。アカデミーと騎士団が、互いに理解を深める良い機会になるかもしれん。それに・・・」
言いかけて、ドルニエは口をつぐんだ。ここで口にするのははばかられる発言だと思ったからだ。
だが、ヴィント国王も、この時ドルニエとまったく同じことを考えていたのだ。
ふたりは、こう思ったのだ。
(いい、退屈しのぎになるじゃろう・・・)
Episode−3
「ええっ!! 1日体験入隊ですって!?」
「しかも、聖騎士に!?」
校長室に呼ばれたエリーとアイゼルは、驚きの叫びをあげた。
執務席にどっかりと腰を下ろしたドルニエは、重々しい声で説明する。
「これは、ヴィント国王の発案なのじゃよ。剣と魔法・・・このどちらが欠けても、シグザール王国の平和と安寧はない。そこで、1日だけ、アカデミーの生徒には騎士としての体験を、騎士隊の人間には錬金術の体験をしてもらおうと決めたわけじゃ」
「もちろん、アカデミーの生徒全員に、そうさせるわけにはいきません。ですから、わたくしの教室とヘルミーナ教室から、ひとりずつを選抜したわけです」
同席していたイングリドが、腕組みをしながら言う。
「でも、なんで男子生徒じゃなくて、女子のあたしたちが選ばれるんですか? エリーはともかく、ひ弱なあたしでは、騎士の鎧なんて身に着けたら、動くこともできません」
「アイゼル! なんで、あたしならともかく、なの!?」
「あなたは、魔物と戦ったりして、男子顔負けの筋肉がついているのではなくって?」
「あたしだって、か弱い女の子だよぉ・・・」
エリーとアイゼルの抗議をはねつけるように、イングリドがぴしりと言う。
「その点については、考慮してあります。今夜中に職人通りの武器屋へ行って、あなたたち専用の鎧を受け取っておくように。明日は、シグザール城の表門に8時までに集合すること。わかりましたね!」
Episode−4
「うわぁ、アイゼル、素敵だよ」
エリーが感嘆の声をあげる。
「そうかしら?」
アイゼルは、満更でもない口調でくるりと回り、壁にかかった大鏡に全身を映してみる。
王室騎士隊の控えの間では、今日、聖騎士として騎士隊へ体験入隊するアイゼルとエリーが、着替えをしているところだった。
身体にぴったり密着する黒い胴衣の上下を身につけ、その上に鎧をまとっていく。前後から胸当てと背当てをつけ、皮ひもでしっかり結び付ける。続いて、マントを羽織った後、金属製の肩当てを左右の肩に着ける。さらに、腰周りを防具で固め、仕上げにこれも金属製の篭手に腕を通し、ブーツを兼ねたすね当てで膝から下をおおう。
上から下まで聖騎士のいでたちそのものだが、ふたりのためにあつらえられた鎧は、他と違っていた。
聖騎士の鎧は、通常、青い色に統一されているのだが、アイゼルが身に着けているのは、肩当てからブーツまで、ピンク色をしている。アイゼルの錬金術服と同じ色だ。
髪飾りだけは、アイゼルはいつもと同じ物をつけている。軽くウェーヴがかかった栗色の髪が、肩当てから背中に向けて、輝くように流れ落ちている。
ピンク色の胸当てからのぞく黒い胴衣、つややかな白い肌、ふっくらとした形の良いくちびる、栗色の髪、そして、エメラルド色の大きな瞳。
「うん。きっと、町の女の子が放っておかないね」
エリーの声も、いくぶんかうっとりしているように聞こえる。
「ばかね。あなたも早く着替えておしまいなさいな」
エリーの鎧は、これも錬金術服の色と合わせたオレンジ色だ。
王室付きの侍女たちに手伝ってもらい、不器用に着替えるエリーを横目で見ながら、もう一度、アイゼルは鏡に映った自分をじっくりと点検する。
(ふふふ、美人は得ね。何を着ても似合うじゃない・・・)
そして、ダンスのステップを踏むように優雅に一回転する。
「それに、とっても軽いわ。普段と全然変わらない」
「そうだね、武器屋の親父さんに聞いたんだけど、材料はイングリド先生が持ってきてくれたんだって。その結晶を溶かしこんだら、グラセン鉱石よりも軽い鉄ができちゃったって、びっくりしてたよ」
すね当てと悪戦苦闘しながら、エリーが言う。
「きっと、その材料って、グラビ結晶ね。あなたが採ってきて、アカデミーに売ったグラビ石から作ったのではなくって?」
「そうかもね・・・。あ、やっと着られたよ」
鎧の色のせいか、童顔のせいか、エリーはアイゼルと違って、騎士団ごっこをする子供たちのひとりのように見える。
「準備できたようだな・・・。では、それぞれ持ち場についてもらおう・・・」
いつもと変わらぬ重々しい声で、エンデルクが言う。だが、目と口元に、微笑らしきものが浮かんでいた。
城門を守る凛々しい女騎士の噂は、たちまちのうちに町中をかけめぐった。
その日、ザールブルグの住人は、仕事で手が離せない者を除いて、ほぼ全員がシグザール城の表門を訪れたという。
アイゼルは、1日中、興味と賛嘆の視線を浴び、鎧の中の暑さとあいまって、3キロもやせたという。
「ダイエットには良いかもしれないけれど、もう二度とごめんだわ」
と感想をもらしたアイゼルだが、その後、磨き上げられたピンクの聖騎士の鎧は、ワイマール家のアイゼルの部屋にしっかりと飾られ、家宝並みの扱いを受けているらしい。
表門で人気集中のアイゼルと反対に、謁見室の警備を命ぜられたエリーは、退屈そうに、同僚の聖騎士のひとりに話しかけていた。
「ところで、今日はダグラスはいないんですか?」
聖騎士は、驚いたように言う。
「あれ? 聞いてなかったのかい? きみたちと同じように、騎士隊からもアカデミーに体験入学することになっていて、ダグラスが選ばれたんだよ」
「ええっ!!! ほんとですか!? 大丈夫かなあ、ダグラス・・・また、変なもの食べたりしないだろうなあ・・・」
以前、エリーの工房に来た時に、性格転換の薬を飲んでしまったり、月の実を食べてしまったりしたダグラスを思い出して、エリーは不安そうだった。
そんなエリーを、エンデルクは謁見室の奥からながめている。
どうしても野暮ったく見えてしまうエリーと、並みの騎士隊員よりも凛々しく見えるアイゼルとを比べて、エンデルクはふたりの配置場所についての自分の判断が正しかったことを思い、会心の笑みを浮かべるのだった。
Episode−5
その頃、アカデミーのイングリド教室では・・・。
「おお、錬金術ってのも、なかなかいいもんだな」
ダグラスの大声が響いている。
「ちょ、ちょっとダグラスさん、何してるんですか。それ、調合の材料ですよ、食べちゃだめですよ!」
ノルディスの慌てた声に振り向いたダグラスは、幸福のぶどうと針樹の果肉をほおばり、シャリオミルクを大壜からがぶ飲みしていた。
「おい、肉はないのか?」
それを遠巻きに見守り、声も出ないアカデミーの生徒たち。
「イングリド先生・・・。これでは、実験になりません」
ノルディスの声に、イングリドは答えた。
「ヤドクタケでも食べさせておきなさい」
そして、教室を出ると、隣の部屋をそっと覗く。
ここ、ヘルミーナ教室にも、体験入学の聖騎士がひとり、来ているはずだ。
「あら、イングリドじゃない」
目ざとくイングリドに気付いたヘルミーナが、自信ありげに声をかける。
「あなたの教室、随分と騒がしいようね。騎士のひとりも、ちゃんと教育できないのかしら?」
「ほほほほほ、余計な心配は無用よ。それより、あなたのところはどうなの? 静かすぎて、いるのかいないのかわからなかったわよ」
「ふふふふふ、うちに来た騎士は熱心よ。他の生徒にも見習わせたいくらいだわ」
と、ヘルミーナは作業台の方を見やる。
そこでは、金髪の聖騎士が、一心不乱に『惚れ薬』の調合に取り組んでいた。
<おわり>
<○にのあとがき>
え・・・と。これは、妄想の産物です。
6月18日のアトリエオンリーイベントで、久峨崎梓さんの「アイゼル騎士本」を入手することができました(梓さん、ありがとうございました)。
ところが、それをながめているうちに、どうしても自分で聖騎士になったアイゼルを書きたくなってしまったのです。
(この辺、○耳小説の時と似てますな)
掲載に当たって、久峨崎さんからイメージイラストをいただきました〜♪ ぜひぜひ、ご覧ください〜
それにしても、オチがアレかよ・・・(^^;