戻る

美意識の問題


シグザール王国の王都ザールブルグ。
政治と文化の中心地として多くの人々が集う都の中でも、特に活気にあふれた一画がある。
そこは、いわゆる下町に当たり、食料品や日用雑貨を扱う商店や、手練の技で小間物や金物を作り出す職人たちの工房が軒を連ね、買い物袋をかかえたおかみさんたちが朝から晩まで忙しげに行き交っている。その風景にふさわしく、そこは『職人通り』と呼ばれていた。
その片隅、しばらく空き家になっていた二階建ての小さな工房に、いつの頃からか、家族のようであって見ようによってはそうとも言い切れない、不思議な雰囲気を持った4人の男女が暮らしはじめていた。
小さな木彫りの看板には、『リリーのアトリエ』と記されている。

ある春の日の朝。
その工房の中から、にぎやかな声が響いてくる。
「わあ、いい天気。絶好の採取日和ね」
大きく開けた窓から首を伸ばすようにして、自分の服と同じような色の青い空を見上げ、リリーは室内を振り返った。
その視線の先には、同じような年格好の、ふたりの少女がいる。
ふたりとも、まだほんの子供に見えたが、そのへんの街角で遊んでいる子供たちとは大きく違っているところがあった。
少女たちの瞳は、右が空色、左が茶と、色が異なっている。そして、そこには大人っぽい知性と子供らしい生き生きとした好奇心が混在していた。
「それじゃ、今日はあたしたちも採取に連れていってもらえるんですね!」
薄紫色の髪をきちんと肩の上で切り揃え、輪になった奇妙な青い帽子をかぶった少女が、はしゃいだ声をあげる。
ゆるやかにウェーブがかかった薄水色の髪をしたもうひとりの少女が、それを冷ややかに眺め、わざとらしく言う。
「もう、ヘルミーナったら、ほんとに子供ね。いくら初めて採取に行けるからって、すぐにはしゃいじゃって」
すぐにもう一方の少女が言い返す。
「あら、イングリド。あたしは、ひねくれ者のあなたと違って、素直なだけよ」
「誰がひねくれ者ですって? それはあなたのことでしょ」
「うるさいわね。べーだ」
「いーだ」
ぷいと顔をそむけ合うふたりに、彼女らの先生に当たるリリーはため息をつく。
「はいはい、けんかはおしま〜い! よくもまあ、ネタが尽きないものね」
「だって、イングリドが・・・」
「いいえ、ヘルミーナが・・・」
「もう! 仲直りしないと、採取に連れていってあげないわよ」
リリーの言葉に、ふたりは口をつぐむ。

とりあえず、イングリドとヘルミーナがおとなしくなったのを確かめて、リリーは工房の隅から、大小みっつのカゴを持ってくる。
「それじゃあ、出発しましょう。さあ、ふたりとも、これを背負って」
少女たちの身長に合わせ、小さく作られている採取用のカゴを、ふたりに渡す。そして、リリーも自分用の大きなカゴを背負う。
ヘルミーナは、すぐにカゴを背負い、2、3回揺らせてバランスをとった。にこにこして、初めての採取に出かけるのが嬉しくてたまらない様子だ。
ところが、イングリドは床に置かれたカゴをじっと見たまま、もじもじしている。
「どうしたの、イングリド?」
リリーが不思議そうに尋ねる。
イングリドは答えず、黙ったままヘルミーナとリリーを交互に見ている。
「あの・・・。どうしても、カゴ、背負わないとだめですか?」
イングリドがぽつりと言う。リリーが答える。
「だって、カゴがないと、集めたアイテムをたくさん運べないでしょ」
それでも、まだイングリドはカゴに手を伸ばそうとしない。
戸口のところでいらだたしげに足を組み替えていたヘルミーナが、ぴしゃりと言う。
「イングリド。カゴを背負うのが恥かしいってハッキリ言えばいいじゃない」
「ヘルミーナったら! うるさいわね! あたしの美意識に反するのよ、こういう竹細工の粗末なカゴは」
「へええ、あなたが美意識なんて、ちゃんちゃらおかしいわ」
「センスのないあなたには、理解できないでしょうね! ださい帽子なんかかぶっちゃってさ!」
「何ですって!」
「や・め・な・さ〜い!!」
リリーの大声がふたりの言い争いをさえぎる。
やや言葉を和らげて、リリーが続ける。
「ねえ、イングリド。気持ちはわからないでもないんだけど、やっぱりカゴは、採取には必需品よ。その・・・見かけの問題に関しては、たしかにあなたの言うこともわかるんだけれど。それについては、そのうち考えてあげるから、今日のところはカゴを背負ってくれないかしら」
「はい。わかりました・・・」
イングリドは言って、カゴに手を伸ばした。
「それじゃ、『近くの森』に向かって出発〜!」
ヘルミーナが元気よく叫んで、先頭に立って歩きはじめる。
イングリドは、人目を気にするように、リリーの陰に隠れるようにして、うつむいて歩いていた。

その後も、採取に行く機会は多かったが、イングリドは積極的には行きたがらなかった。
身体があまり丈夫ではなく、採取先で日射病になったりしたヘルミーナの方が、採取となればいつも元気よく飛び出して行くのと対照的だった。
これではいけない、とリリーは頭を悩ませた。
いろいろな参考書をひもとき、師匠のドルニエにも意見を聞きながら、リリーは解決の方法を模索していった。
そして・・・。
「イングリド、ヘルミーナ、採取に行きましょう!」
何日か作業場にこもっていたリリーは、晴れやかな声でふたりを呼んだ。
「は〜い!」
「はい・・・」
返事が返ってくる。ひとりは元気よく、ひとりは気が進まなそうに・・・。
そんなふたりに、リリーは続ける。
「イングリド、もうカゴは背負わなくてもいいわよ」
「え、ほんとう?」
イングリドの表情が、ぱっと明るくなる。
「そうよ、これを見て」
と、リリーは完成したばかりの『小さな台車』をふたりに見せた。
それは、板を組み合わせて作った平たい箱の下に、まっすぐな2本の棒を金属の枠に通し、その両端に、これも丸太を削って作った車輪を取り付けたものだった。
リリーが慣れない大工仕事で作っただけあって、車輪や箱が微妙にゆがんでいる。
「じゃーん! これがあれば、3人のカゴを合わせたよりも、たくさんのアイテムを運べるわ。それに、イングリドも恥かしい思いをしなくて済むし」
リリーは胸を張った。
イングリドが、ぽつりとつぶやくように尋ねる。
「それで、リリー先生、この台車って、どうやって動かすんですか」
「それはね、ここに結び付けてあるロープを3人で引っ張るのよ。もしくは、ふたりで引っ張ってひとりは後ろから押すとか・・・」
「はあ・・・」
イングリドは、台車の前と思われるところから伸びている、わらのロープに手を触れ、ぼんやりと返事をした。
得意満面のリリーはそれに気付かず、大声で言う。
「さあ、それじゃ、試運転を兼ねて、ヘーベル湖へ採取に行きましょう!」
そして、先頭に立ってロープを手に取り、引き始める。
つられたように、イングリドとヘルミーナものろのろとロープに手を伸ばす。
ごろごろ、がたんごとん、と石畳の道にぎくしゃくした音を響かせながら、台車は動きはじめた。
「ねえ、イングリド・・・」
リリーに聞こえないように顔を寄せ、ヘルミーナがささやく。
「これって、あたしの美意識にも合わないんだけど・・・」
「あたしもよ。カゴを背負うより、何十倍も恥かしいわ」
「ねえ、リリー先生の美意識って・・・」
「期待しちゃ、だめのようね」
ふたりはぴったりの呼吸で、大きくため息をついた。
そして、ケントニスで神童と呼ばれたふたりの少女は、リリーの気を悪くさせないようにして、この不格好な台車を闇に葬り去る計画を練りはじめたのだった。

<おわり>


○にのあとがき>

『リリー』体験版をプレイしている時に、突発的に思い付いたネタです。
錬金専門検索サイト『ある・さーち』の Atelier Anthologyに投稿しました。
イングリドちゃんにからむ某イベントと、採取に役立つ某アイテムを組み合わせた結果、こんなストーリーができ上がりました。
なんか、勢いだけで書いてますね。というか、竜虎コンビのパワーがこれを書かせたというところでしょうか(笑)。


戻る