肝試しのその後で・・・


「ただの蛇だよ、ほ〜ら」
と、かま首を握ったままの手をアイゼルに突きつけたのがまずかった。
アイゼルのエメラルド色の瞳が点になり、そのまま声もなく気を失ってぐったりとなる。あわてて支えたノルディスが、とがめるような、半分おびえたような視線をエリーに向ける。
「ご、ごめんね。つい、ロブソン村で遊んでた頃と同じ気持ちになっちゃって・・・ね、大丈夫かな、アイゼル」
あわてて近寄るエリーに、ノルディスはアイゼルを抱きかかえたまま後ずさりする。
「エ、エリー・・・。いいから、早く、その蛇をどこかへやってくれないかな」
ノルディスの声は、半分裏返っている。
ようやく気付いたエリーは、腕に巻きついていた蛇の下半身を優しくほどくと、そのままそっと草むらの中に放してやる。

「どうしよう、ノルディス・・・。アイゼル、目を覚まさせた方がいいのかな。でも今日は気付け薬も持ってないし」
心配そうなエリーに、ノルディスはにっこり笑って、
「大丈夫だよ。アイゼルも、ここのところ根を詰めて勉強していたし、疲れているだろうから、このまま連れて帰るよ。・・・エリー、悪いけど、ちょっと手を貸してくれる?」
ノルディスの指示で、エリーはアイゼルをノルディスの背中に預ける。
「それじゃあ。もう日も暮れるし、エリーも気を付けて帰った方がいいよ」
気を失ったアイゼルをおぶったまま、ノルディスは中央通りの方へ歩き始める。

それを見送ったエリーは、工房へ帰ろうと、反対方向へ向かった。
だが、しばらくためらうように立ち止まった後、きびすを返してノルディスの後を追った。
(やっぱり、あたしの責任だもの。アカデミーまで付いていって、ちゃんと謝らなくちゃ・・・)
中央通りに出たエリーは、家路を急ぐ人々の中にノルディスの姿を探す。

「あ、いたいた。お〜い!
アイゼルのピンクのマントを見つけたエリーは、駆け寄ろうとした。
ところが、不意に足を止める。
ノルディスの様子が、変なのだ。
十字路で立ち止まり、あたりを見回すようにしていたノルディスは、アイゼルを背負ったまま、十字路を左に曲った。
(あれぇ、そっちはアカデミーと反対方向だよ・・・。ノルディスったら、どこへ行くんだろう)
いぶかしんだエリーは、そっと後を追う。

十字路を曲ると、ノルディスは更にごみごみした路地へ入って行くところだった。
(ちょ、ちょっと待ってよ! ノルディス、どこ行くの? そっちは・・・)
エリーも、その近辺には足を踏み入れたことはない。だが、酒場で耳にする会話の端々から、ザールブルグのその一画がどのようなところかは、わかる。そこは、怪しげな酒場や秘密の賭場、そして娼館や連れ込み宿が建ち並ぶ、ザールブルグでもっともいかがわしい界隈だった。
(どうする気なの? ノルディス、まさか・・・!

ここで、目を離すわけにはいかない。だが、気付かれても困る。考え込んだエリーは心を決めた。
ポケットからルフトリングを取り出し、指にはめる。とたんに、エリーの姿はかき消えたように透明になった。
そのまま、エリーはノルディスの尾行を始めた。透明だから見つかるはずはないのだが、ノルディスが立ち止まるたびに、物陰に隠れようとするエリー。
やがて、ふるぼけた建物の前で足を止めたノルディスは、しばらくドアの前でためらうようにたたずんでいた。
が、意を決したようにドアを押し開け、中に入る。アイゼルは、まだ目を覚ました様子がない。

エリーはそっと近寄り、ドアに耳を押し当てた。
聞き取りにくいが、中で交わされている会話が切れ切れに聞こえて来る。ひとりは老人、もうひとりは間違いなくノルディスの声だ。
「・・・兄ちゃん、・・・休憩かい? 料金は・・・」
「・・ええと・・・・、それじゃ、2時間で・・・・」
エリーは、気が遠くなるような思いで、この会話を聞いていた。

ノルディスが、ノルディスが、ノルディスが・・・・!!!

自分でも気付かないうちに、石畳の道に膝をつき、うずくまるように座り込んでいた。

(こんなことって! こんなことって! こんなことって!)

同じ言葉が心の中で渦巻き、まともにものを考えることもできない。

どのくらい、そうしていたろう。
ドアの内側に人の動く気配を感じ、はっとしたエリーは路地の反対側へ移って息を殺す。今もルフトリングは付けたままだ。

ドアが開き、エリーがもっとも見たくなかった光景が、姿を現わした。
まるで、憑き物が落ちたかのようなすっきりした表情で、にこやかに笑うアイゼル。連れ添うノルディスも、控えめながら優しげな微笑を浮かべ、何事かを語り合っている。
エリーは、姿を見せることも、声をかけることもできず、凍り付いたように、歩き去るふたりを見送っていた。
自分より先に、高いところに行ってしまったふたりを。
このことを知ってしまった以上、もう明日からは、同じ顔でノルディスやアイゼルに話しかけることもできそうにない。

(でも、本当に、そうなのかな?)
「確かめなきゃ!」
ルフトリングを外したエリーは、半分やけくそな気分で、ふたりが出てきたドアを押し開ける。

「いらっしゃい」
間延びした老人の声が、エリーを迎える。不安げに振り返ると、右側のフロントの奥から、値踏みするようににらんでいる老人の姿が見えた。
「あ、あの・・・」
くちごもるエリー。
(どうしよう)
エリーは、助けを求めるように周囲を見回す。

そこは、狭いロビーになっており、古ぼけたソファーが置かれている。
正面に伸びた廊下の両側にはドアが並び、閉め切られた中からは、時おり、押し殺したようなうめき声ハーーーッというため息、そしてベッドのスプリングがきしむ音などが漏れてくる。
いちばん手前の部屋のドアだけが開いており、中年の女性がベッドのシーツを取り替えているのが見える。
やっぱり! さっきまで、この部屋で・・・)
打ちのめされ、倒れそうになるエリー。

老人の声が追い打ちをかける。
「なんじゃ。お嬢ちゃんも、やりに来たのかい?」
「えっ!!」
(な、なんて単刀直入な言い方・・・。それとも、これが普通なのかしら。ああ、わからない、オトナの世界って・・・)
「い、いえ、いいんです。あたし、間違えちゃったみたい、ごめんなさい!」
逃げるように背を向けるエリーの背に、老人ののんびりした声。
「なんじゃい。気持ちいいのにのぉ、当店自慢の指圧

エリーの動きが止まり、ぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちない動きで振り向く。

し・あ・つ〜〜〜!!?

「しあつ・・・って?」
「ああ、最近は、若い人にもはやっとるようじゃのう。『えすて』なんてハイカラな名前付けとる店もあるようじゃが、指圧は指圧さ。さっき帰ったお嬢ちゃんなんか、初めてだったらしいが、2時間のスペシャルコースで、疲れがすっかり取れたと大喜びじゃったよ」
「・・・・・・」
「どうじゃ、お嬢ちゃんもひとつ。今ならキャンペーン中じゃから、30分のお試しコースが銀貨10枚のところを5枚でよいが、どうじゃな?」

エリーの返事はない。
まるで、効力Sの「時の石版」を使ったかのように・・・。
エリーは凍り付き、身動きひとつしなかった。

人一倍、健康に気を遣っているノルディスが、ひそかにこの店を愛用していることを、今日まで誰も知らなかった。

<おわり>


○にのあとがき>

あぞさんの妄想部屋に寄贈した作品。はっきり言って、しょーもない一発ギャグでしたが・・・ウケた

何と言っても、朝ネットしていて、妄想部屋に足を踏み入れて完全に汚染されて、そのまま会社に行きました(休日出勤)。で、行き帰りの電車の中で妄想をふくらませて(ストーリーを練る、とも言う)、帰ると2時間半で仕上げてしまいました。
・・・そう言えば最近、発作的に思いついて書き上げてしまうケースが多いな。

壊れたエリーは、この後どうなったんでしょうね〜?
案外、「は〜、極楽ごくらく・・・」とか言いながら、スペシャルコースにハマってたりして・・・。


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