プロローグ ノルディス
それは、雲に乗って、空中をふわふわ漂っているような、そんな感覚だった。
まわりのすべてが、霧がかかったかのようにぼうっと霞んで見える。
控え室で、華やかな婚礼衣装を身に着けはじめた時から、そんなふうに感じていた。
家族や親戚、大勢の友人たちが花びらや紙ふぶきを撒いて迎える中を、教会の通路に足を踏み入れて・・・。ただ、左手でそっと握った彼女の汗ばんだ手のひらだけが、ぼくを現実につなぎとめてくれていた。
その日、たしかにぼくらは主人公だった。
ぼく個人としては、地味にやりたかったのだが、相手が貴族のお嬢様とあっては、町をあげての華やかなお祭り騒ぎになるのもしかたないことなのかも知れない。なにしろ、ブレドルフ王まで招待するというのだから・・・。
でも、友人たちの祝福は、何にもまして嬉しいものだった。
究極の錬金術を求めるという遠い旅を中断して、戻って来てくれたエリーとマルローネさん。マルローネさんは、同じ馬車で着いたクライスさんと、相変わらずなにやらやりあっていたっけ。
イングリド先生とヘルミーナ先生は、秘伝の錬金術で咲かせたという虹色の花束を贈ってくれた。「わたくしの花の方が美しいわよね」と、異口同音にきかれて、答えに困ってしまった。
「にくいぜ、こんちくしょう!」と、思い切り背中をどやしつけてくれたダグラスの手荒な祝福にも、温かみがこもっていた。
彼女が手にしているブーケは、フレアさんの手作りだ。2年前に家を出て、ハレッシュさんと暮らしていたフレアさんだが、つい先日、子供を連れてザールブルグに戻ってきたのだ。
この後の披露パーティでは、ロマージュさんが『祝福の舞』を踊ってくれるという。パーティでの酒の提供は、もちろん『飛翔亭』だ。カスターニェのユーリカから届いた、新鮮な海の幸も山のように供されるという。ただ、武器屋の親父さんの歌だけは、遠慮してほしいと思う。
そして、ぼくらは今、神父様の前にふたりで立っている。
荘厳な、パイプオルガンの音色が流れる。弾いているのはミルカッセさんだ。
一段高い説教壇に立ったフローベル神父の口から、つぶやくように、言い聞かせるように、言葉が流れ出て来る。その言葉は、霞んだ頭の中を耳から耳へ通り過ぎるだけで、意味をなさない。
しかし、神父様の言葉がとぎれた時、ぼくは「はい」と返事をし、しっかりとうなずいていた。
今度は、神父様が同じ内容の言葉を彼女に伝える。彼女も、かすれた声ながらもはっきりと答え、こくりとうなずく。
ふたたび正面に向き直ると、神父様は落ち着いた声で、なにか言葉を告げた。
今、何と言ったのだろう?
・・・誓いの・・・?
ぼくには、やらなければならないことがわかった。
そっと左を向き、彼女の手を取る。やさしく身体を引き寄せ、右手で彼女のヴェールをそっと押しあげる。
彼女は顔をあげ、ぼくと目が合う。その大きなエメラルド色の瞳から、真珠のような涙の粒がこぼれ、頬をつたう。ふっくらとした、形の良いピンク色のくちびるが、かすかにふるえている。
やがて、彼女は目を閉じ、身体をあずけてくる。ぼくも目を閉じ、その身体を抱き寄せる。
誓いのくちづけを交わす時、ぼくは心の中でささやいていた。
(これからも、ずっと一緒だよ、アイゼル・・・)
第1章 ザールブルグの空
「・・・ディス、ノルディス、ほら、朝よ、起きなさいってば」
そっと肩を揺すられ、ノルディスは夢の世界から抜け出てきた。暖かく柔らかで、包み込むような、枕とベッドの感触。
「う、うーーん」
首を左右にゆっくりと振り、ぼんやりと目をあける。徐々に焦点が合ってくると、夢の中と同じ、深いエメラルド色の瞳と出会う。だが、今はその瞳には涙はなく、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「もう! さっきから何度も起こしているのに、起きないんですもの。さ、寝ぼすけさん、今すぐベッドから出ないと、朝食抜きでアカデミーに行くことになるわよ、いいこと」
入れたてのコーヒーの香りと、トーストを焼いている香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。ノルディスは上体を起こすと、大きく伸びをした。ついでに大あくびも出る。
若妻のアイゼルは、もう夫の方に見向きもせず、台所でフライパンの中身に集中していた。
ベッドを出たノルディスは、優しげな眼差しで、かたわらのゆりかごをのぞき込む。暖かく、小さな赤ん坊が、穏やかな寝息をたてていた。
「この娘は・・・?」
ノルディスが肩越しに尋ねる。アイゼルは振り向きもせずに答える。
「明け方に、1回おしめを取り替えたから、今は寝かせておいてあげなさいな。今日は天気もいいし、後でお城の中庭に散歩に連れていってあげるつもりよ」
ノルディスはうなずくと、顔を洗い、ひげをあたった。身支度を整え、テーブルにつくのと同じタイミングで、アイゼルがスクランブルエッグとスープを運んでくる。
ここは、シグザール王国の王都ザールブルグの町外れにある小さな一軒家。
フローベル教会で華やかな結婚式を挙げたノルディスとアイゼルが、ここで暮らし始めてから2年になる。土地と家はアイゼルの実家であるワイマール家のものだが、ノルディスは義父に甘えることなく、賃料をちゃんと支払っている。それは、アイゼルが望んだことでもあった。
一般市民であるノルディスと結婚したことで、ある意味では、アイゼルは貴族の身分を捨てたことになる。しかし、自ら錬金術師になる道を選んだ時と同様、アイゼルは後悔するそぶりすら見せなかった。
今、ノルディスはザールブルグ・アカデミーで講師をするかたわら、上級研究員としてエリキシル剤の品質と効力を限りなく引き上げる研究を続けている。
アイゼルもアカデミーの講師を勤めていたが、今は育児休暇中である。ただ、師であるヘルミーナから声がかかった時には、臨時の研究助手としてアカデミーに出向いて行くこともある。
半年前に生まれた娘は、病気をすることもなく、すくすくと育っている。
若いふたりの人生は、今のところ、順風満帆といってよかった。
「エリー、どうしているかしら」
食後のコーヒーをすすりながら、アイゼルが遠くを見るようにつぶやく。
「さあ・・・。でも、エリーのことだ、どこにいても、元気でやっていることは間違いないよ」
「そうね、マルローネさんも一緒なんだし・・・」
アイゼルとノルディスは立ち昇るコーヒーの湯気越しに、見つめ合い、もの思いにふけった。
ふたりの親友であるエルフィール(愛称エリー)は、彼女の命の恩人でもある先輩のマルローネと一緒に、錬金術を究めるために世界を旅して回っている。1年ほど前、同窓会のために戻って来て以来、会っていない。
もっとも、エリーたちは虹妖精のピコをお供に連れている。だから、なにかあった時には妖精の連絡網を使えば、すぐに連絡を取ることができる。子供が生まれた時も、ノルディスが雇っている虹妖精のピノットを通じて、メッセージをやり取りしたものだ。
「さて、時間だ。出かけなきゃ」
コーヒーを飲み干し、ノルディスが立ち上がる。
錬金術服の上にマントをはおり、左手に参考書をかかえる。
外に出ると、小さな庭にはコスモスが咲き乱れ、頭上には雲ひとつない秋空が、どこまでも青く広がっている。
「まあ・・・」
見送りに出たアイゼルも、空を見上げ、息をのんだ。さわやかな風が、頬をくすぐり、吹き過ぎていく。
「じゃあ、行って来る」
「行ってらっしゃい」
いつもと同じ言葉、いつもと同じ風景。
この時、ふたりを取り巻いていたのは、安らぎと、平和に満ちた世界だった。
そこには、これから起こる不幸な事件を予感させるものなど、何ひとつとしてなかったのである。
それから、しばらくの後。
まだ、午前中の早い時間だった。
早番の聖騎士ダグラスは、いつものようにシグザール城の正門で、警護の任についていた。
今日も、ザールブルグの街は平和そのものといった様子である。
そんな時こそ気を引き締めなければならない、と、朝の訓示でエンデルク隊長に言われたばかりだが、ダグラスはあくびが出そうになるのを必死にかみ殺していた。
そんな時、ひとりの男が正門に向かってひたひたと歩いてきた。
灰色を中心にまとめられた服装は派手でもなく、みすぼらしくもなく、どこといって特徴がない。旅人がよく身につけるマントをはおり、頭から頬にかけてを布のヴェールでおおっている。
ダグラスの目をひいたのは、その男の身のこなしだった。なにげなく歩いているようでいて、一分の隙もない。普通の人が見たのではわからないだろうが、鍛え上げられたダグラスの目には、はっきりとわかった。
特に殺気を感じたわけではないが、無意識のうちにダグラスは身構えていた。
男は、無造作に近付いてくる。
数歩の距離まで近付いた時、ダグラスは誰何した。
「誰だ! シグザール城に、何の用だ!?」
男はひるむ様子もなく、ダグラスにぐいと顔を寄せると、低い声でささやいた。
「エンデルクを呼べ」
「な、何だって? 今、何て言った?」
ダグラスはあっけにとられた。こいつは、いったい・・・。
「エンデルクを呼べ、と言った・・・」
相変わらずの、低く落ち着いた口調で、男が言う。
「そ、そんなことが簡単にできるわけがないだろう。隊長は今、重要な用件で国王と会談中だ」
「そうか・・・」
男はあっさりと一歩ひいた。だが、再び思い直したようにダグラスに顔を近づけ、ささやく。
「ならば、エンデルクに伝えろ。・・・カリエルの盗賊団が南下して来ている。やつらの動きに注意しろ、とな・・・」
言い終わると、男は身をひるがえし、去って行こうとする。
ダグラスはあわてて止めた。
「ちょっと待て! どういうことだ? それに、あんたの名は・・・?」
男は振りかえり、冷ややかな瞳でダグラスに流し目をくれると、
「シュワルベが来た・・・。そう伝えれば、わかる・・・」
そして、引き止めようとするいとまもなく、男はどこへともなく去って行った。
呆然と見送るダグラス。
だが、はっと気がつく。これは、ただごとではない。今の男が名乗った名前は、自分の記憶に間違いがなければ、かつてザールブルグ近辺を荒しまわったというマイヤー洞窟の盗賊団の首領の名だ。それに、カリエルといえば、自分の生まれ故郷でもある。そこの盗賊団が・・・?
「そうだ。隊長に報告しなきゃ」
交替を求めるため、ダグラスは詰所の方へ大声で叫んだ。
その日のお昼時。
シグザール城の中庭の、柔らかな芝生の上で、アイゼルはくつろいでいた。秋のやわらかな日差しが、母娘を優しく包み込んでいる。
天気の良い日には、こうして娘を連れ、ピクニック気分でここへやってくる。
そして、王女付きの侍女ブリギッタととりとめのないおしゃべりをするのだ。
シグザール王国の第9代国王ブレドルフは、3年前、隣国ドムハイトの王女を后として迎えた。政略結婚の色が濃く、最初は難色を示していたブレドルフだが、相手の肖像画を見たとたんに気に入ってしまい、婚儀を急がせた、というまことしやかな噂も流れている。そして、ノルディス夫妻に娘が授かるのと同じ頃、ロッテ王女が誕生したのだった。
ロッテ王女も、天気が良いと侍女のブリギッタに連れられて、この中庭で日光浴をする。ブリギッタはアカデミーではアイゼルの同級生だったが、錬金術の道に進むのをあきらめ、宮廷に職を求めたのだ。また、ノルディスとアイゼルはブレドルフ王の友人ということで、通行許可証をもらっていたから、アイゼルもこのように城内に自由に出入りができた。
そこで、アイゼルとブリギッタはいつものようにしめし合わせて、軽い食事を用意し、赤ん坊を連れてはいるが、リラックスしておしゃべりに興じているのだった。
今、アイゼルは娘にお乳を与え、両手に抱いて寝かしつけようとしていた。
かたわらでは、むずがるロッテ王女をブリギッタがゆりかごから抱き上げ、あやしているところだった。
王女のゆりかごは、さすがに王家のものらしく、折り畳み式の天蓋付きで、クッションも柔らかく、本当に寝心地が良さそうだった。それに対して、アイゼルが運んできたゆりかごは、質素なものだった。
娘がすやすやと寝息をたてはじめると、アイゼルは上目遣いにブリギッタを見て、なにげなく話しかけた。
「ねえ・・・。ちょっとだけでいいから、王女様のゆりかごを使わせてくれないかしら? この娘にも、お姫さま気分を味わわせてあげたいのよ」
「ん? いいんじゃないかしら。王女様も、文句はおっしゃらないでしょうし。ふふふ」
ブリギッタは腕の中のロッテ王女を揺すりながら微笑んだ。
王家の紋章の入ったゆりかごに、アイゼルはそっと愛娘を寝かす。赤ん坊は、眠ったまま微笑んだように見えた。
(おやすみなさい、わたしのお姫さま・・・)
心の中でつぶやくアイゼル。
その時だ。
アイゼルは、周囲の空気が一変したのを感じた。
立ち上がってあたりを見回そうとするが、身体の自由がきかない。
(何? どうしたの? 何が起こったというの?)
ブリギッタに尋ねようとしても、舌は動かず、声も出せない。
そのまま、アイゼルは芝生に倒れ込んだ。
目の端で、王女を抱いたブリギッタが同じようにくずおれるのをとらえる。
(まさか! しびれ薬を、誰かが・・・!)
錬金術師としての経験と勘がはたらく。頭の中ははっきりしているのだが、うつ伏せに倒れたままの身体はぴくりとも動かせない。
(いったい、なんで・・・? 誰が、こんなことを・・・)
近付く足音が聞こえた。というより、地面の振動として感じた。
押し殺した話し声も、かすかに聞こえる。
「これか?」
「おう、そうだ、間違いねえ、この紋章だ」
「よし、だったら、早いとこずらかろうぜ、長居は無用だ」
ゆりかごからなにかを取り出し、ばたばたと駆け去る足音が消えていく。
動けない体のまま、アイゼルは事態を悟って、心を震わせていた。
(ああ、まさか・・・。あいつらがさらっていったのは・・・。お願い、誰か、嘘だと言って・・・)
思わぬ事件の発生に、城内がてんやわんやの大騒ぎになったのは、小1時間も経ってからのことだ。
それまでの間、陽光を浴びながらも心を凍らせて、アイゼルは横たわっていなければならなかった。
「以上のことから、曲者どもの狙いが、ロッテ王女様の誘拐であったことは間違いないと思われます」
王室騎士隊長エンデルクの、重々しい声が響く。
シグザール城の奥に位置する会議室には、ブレドルフ王をはじめ、主だった重臣が集まっていた。知らせを聞いてかけつけたノルディスも、真っ青な顔をしたアイゼルを支えるようにして、末席に連なっている。アカデミーが処方した解毒剤のおかげで身体のしびれは消えたアイゼルだが、心労のため立っていられない状態だった。しかし、休んでいるようにと勧めても、決してうんと言わなかった。ふらつく身体で、この対策会議に出るといってきかなかったのだ。
「・・・ただ、曲者どもが押し入った時、ほんとうにたまたま、王女様のゆりかごに、こちらにいるフーバー夫妻の娘さんが寝かされていたために、やつらはそちらを王女様と勘違いして、さらっていったわけです」
ノルディスとアイゼルの方を見やり、エンデルクは口をつぐむ。
「それで、犯人の見当はつかないのですか」
ノルディスの声も、怒りと悲しみに震えている。
「犯人は、カリエル王国から来た旅の商人と偽って、通用門から城内に入り込みました。かれらが持っていた鑑札は、カリエル王室が発行した正規のものであることがわかっています」
「それでは、カリエル王室が、この1件に関係していると・・・?」
大臣のひとりが驚いたように声をあげる。ブレドルフがそれを制する。
「いや、そう即断してはならないと思う。たしかに、私の結婚で、シグザールとドムハイトの結束が高まったことに関して、カリエル王国が不安視し、警戒しているという情報は入って来ているが、今回のような事件を国家が起こすとは考えられん。エンデルク、きみの意見はどうだ」
「は。犯人が持っていた鑑札は、おそらく本物の旅の商人から奪い取ったものに間違いないでしょう。それに、カリエルの盗賊団が怪しげな動きをしていたという報告もあります。・・・ダグラス!」
エンデルクにうながされ、ダグラスが午前中の出来事の報告を繰り返す。
再びエンデルクが続ける。
「このような状況から判断して、犯人はカリエル王国を根城とする盗賊団の一味に間違いないと考えられます。ただ、動機については、単なる身代金目的なのか、なんらかの政治的意図があるのか、まだわかりませんが」
「犯人からの接触を待たねばならないということか?」
ブレドルフの問いに、エンデルクは首を横に振る。
「本来ならば、待つことが正解かも知れません。しかし、今回の場合は、犯人が意図しなかった要素が入り込んでいます。もし、自分たちが誘拐したのが王女様ではないと、犯人に知れたら・・・」
「そうか。動機はどうあれ、王女だからこそ人質としての存在価値があるのだな。そうでないとわかってしまったら・・・」
言いかけて、ブレドルフは口をつぐむ。この場にノルディスとアイゼルがいることを思い出したのだ。
「ですから、この事件は、素早く、秘密裏に解決する必要があります。私の計画を検討していただけますか」
エンデルクが説明を始める。ノルディスもアイゼルも食い入るように聞き入る。
「まず、犯人は安全な場所へ逃げのびるでしょう。安全な場所とは、自分たちの根城、つまりカリエル王国です。そこで、われわれとしては、ダグラスを単独でカリエル王国へ送り込み、やつらの根城を突き止めます」
「なぜ、ダグラスを?」
「ダグラスは、カリエル王国出身で、土地カンもあります。また、休暇を取っての里帰りということにすれば、周囲から怪しまれることもないでしょう」
ダグラスは胸を張ってうなずく。
「まかしといてください。必ず赤ん坊は奪い返してみせますよ」
「ふむ・・・」
ブレドルフも軽くうなずき、考え込む。
しばらく、部屋を沈黙が支配した。
その時・・・。
「お願いです!」
ノルディスの声が響いた。
「その作戦、ぼくにも、行かせてください!」
「わたしも!」
アイゼルの声は、悲鳴に近かった。
「わたしのせいで、あの娘がさらわれてしまったというのに、ここでじっと待っていることなんて、できません! わたしもノルディスも、冒険者としても一人前です。決してご迷惑はかけませんから、一緒に行かせてください! わたし、一刻も早く、あの娘をこの手に取り戻したいんです! お願いします!」
再び、沈黙が部屋を包む。
目を閉じ、考え込んでいたエンデルクが、顔を上げた。
「ふたりの気持ちはわかった・・・。同行を許可する・・・」
「そんな! 隊長!」
意外そうなダグラスの叫びに構わず、エンデルクは続ける。
「ふたりには、カリエル王国にしかない薬草を採取に行く錬金術師の夫婦を演じてもらう・・・。たまたま里帰りをするダグラスが、護衛を兼ねて一緒に旅することになった、ということにする。ただし、ふたりとも必ずダグラスの指示に従うこと。いいな。出発は明朝。・・・よろしいですか、王様」
「あ・・・ああ、お前がそう思うなら・・・。それにしても・・・」
ブレドルフは不安顔だが、自信ありげなエンデルクの様子に思い直したのか、解散を命じた。
会議を終え、自室に戻ったエンデルクは、机に向かい、なにやら思いをめぐらしていた。
すでに日は落ち、ランプの灯りがエンデルクの端正な横顔を照らし出す。
長い黙考の後、エンデルクは不意に立ち上がった。宙の一点を見すえた後、大きくうなずく。
「念には念を入れよ、ということか・・・」
つぶやくと、エンデルクは部屋を出た。
マントをひるがえし、城門を抜ける。敬礼する警護の騎士に軽く答礼し、エンデルクは足を職人通りに向けた。
多くの人が行き交う中、エンデルクの長身の姿は、七色の灯りがまたたく夜の盛り場へ消えていった。