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バチあたり


「お〜い、遊びに行こうぜ!」
窓の外から友達の声が聞こえる。
少年は、読んでいた本から顔を上げ、身を起こすと窓のガラス越しに外を見やる。
いずれも同じ年格好の子供たちが、村のガキ大将を中心に、ひとかたまりになってこちらを見ている。
「うん、わかったよ」
少年はにっこり笑ってうなずくと、遊び着に着替えて、そっと部屋を出る。

午後も遅い時間になっているが、日暮れまでにはまだ間がある。
少年は、外で遊ぶよりも、部屋で本を読んでいる方が好きだった。母親が時々買い与えてくれる絵入りの本をすりきれるまで繰り返して読み、時には父親の難しい蔵書に手を出すことすらあった。もちろん、ほとんど意味はわからず、挿し絵を眺めているだけだったが。
しかし、決して友達がいなかったわけではない。今日のように、村の遊び仲間に誘われれば、喜んで出かけていく。少年は、仲間うちでいちばん賢かったし、父親の職業の影響もあって、ガキ大将からも一目置かれていた。
この時間、少年の父親・・・村でただひとりの薬草医は、訪れてくる患者への応対に忙しい。母親も、薬草の採取や振り分けなど、こまごまとした仕事を次から次へとこなしている。
少年の夢は、大きくなったら村から歩いて2日ほどのところにあるザールブルグの魔法学院に入り、錬金術を学んで父親の手助けをすることだった。

少年が合流すると、ガキ大将がみんなを見回して言う。
「よう、今日は森へ行ってみようぜ」
子供たちの間に動揺が走る。
「え〜、マジかよ」
「そうだよ、魔女が出たらどうすんだよ」
それを聞いたガキ大将は、笑って、
「バッカだなあ。魔女なんかいねえよ。あのばあさんは、年取ってボケてるだけだって、父ちゃんが言ってたぜ。さ、行くぞ!」
先頭に立ち、走り出す。みんな、気圧されたように後に続く。少年も、遅れないように走った。

村外れの丘を越え、ゆるやかな坂を下ったところに、その森はあった。
広大、と言えるほどの森ではない。
しかし、子供が独りで奥まで入り込めば、うっそうと茂る木々の中で迷ってしまうには充分すぎる広さだ。村人たちも、薪拾いや薬草の採取に訪れることはあっても、決して奥まで足を踏み入れることはなかった。

この森は、『うにの森』と呼ばれていた。
『うに』とは、このシグザール王国のどこの森にも落ちている、とげで覆われた丸い木の実のことだ。
食べられるわけでもなく、薬になるわけでもない。石の代りに野犬や小動物にぶつけて追い払う程度の役にしか立たない。
そのうにが、ここ『うにの森』には、いたるところに落ちている。秋ともなれば、うにに覆い隠されて地面が見えなくなるほどだ。

息を切らして走ってきた少年たちは、森のはずれの空き地に座り込んで、息を整えた。
「ねえ、何して遊ぶ?」
ひとりが、誰に尋ねるともなく言う。
「木登り競争かい? それとも、陣取り合戦?」
「いや、うに合戦をやろうぜ」
ガキ大将が、きっぱりと言う。反論は許さない、といういつもの口調だ。

「え〜、うに合戦かよ」
「やめようよ、当たったら、痛いじゃないか」
何人かが反対するが、大将のひとにらみで、みな黙り込んでしまう。
「いいか、顔にぶつけるのは、禁じ手だ。もし、わざとぶつけたやつがいたら、全員で『うにぶつけ』の刑だからな。よし、ふた組に分かれるぞ。お前とお前は、こっち。お前たちは、敵だ。よし、十数えたら、戦闘開始だ。散れ!」

大将の合図で、少年たちは二手に分かれ、森の中に散る。
そして、うにを拾い集めると、ポケットに詰め込めるだけ詰め込む。服の裏地を通して肌がちくちくするが、傷がつくほどのことではない。
準備を終えると、子供たちはひとりひとりが木の影や草むらに身を隠し、大将の合図を待つ。
「・・・しーち、はーち、くーう、じゅう! はじめ!
大将の叫びとともに、子供たちは、隠れ場所を飛び出す。

「うに!」
叫びざま、敵の子供に向かって、うにを次々に投げつける。投げる時には「うに!」と声を出すのがルールだ。不意をつかれてけがをするのを防ぐためでもある。
命中すると、その子は「戦死」したことになり、十を数え終わるまで戦いに復帰できない。

子供たちは、きゃあきゃあ叫びながら、夢中であたりを駆け回った。
少年も、仲間に負けじと物陰に隠れながら移動しては、飛び出してうにを投げる。

その時・・・。
「こりゃあ! この、バチあたりのガキどもがあ!」
しわがれた声が響き、子供たちは一瞬、しんと静まり返る。
「出た、魔女のばあさんだ・・・」
「やだな、カエルに変えられちゃったら、どうしよう・・・」
子供たちは、ささやきかわす。

子供たちから「魔女」と呼ばれている老婆は、村で一番の年寄りだった。
身寄りもなく、村外れの荒れ果てた小屋で、ひとりで暮らしている。腰を曲げて、ふしくれだった木の杖を突き、しわくちゃの顔に白髪を振り乱した姿は、まさに魔女そのものだった。しかし、そう呼ばれる根拠はなく、ただの気難しく口うるさい老婆でしかなかったのだが。
老婆は、うにを握って突っ立っている子供たちを順ににらみ、恐ろしげな声で、続ける。
「うにを粗末にすっと、おっかねえバチがあたるだぞ! そったらこと、すんでねえ!」

「どんなバチがあたるって言うんだよ」
大将が、強がって聞く。だが、声の震えは隠せない。
「魔物が出るだ。おっかねえ魔物に、追っかけ回されっだぞ」
老婆は、そう言うと、見るからに恐ろしげな表情をして見せた。
こどもたちは、下を向き、黙り込む。

と・・・。
先ほどから、好奇心を抑え切れなくなっていた少年が、進み出て老婆に問い掛けた。
「おばあさん、その怪物にあったことがあるの?」
老婆は一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐにもとの口調に戻り、
「うんにゃ。じゃがな、わしのじっさまが、そう言うとった」

「じゃあ、そのおじいさんは、怪物を見たんだね」
「いいや、じっさまは、そのまたじっさまから、聞いたそうじゃ」
これを聞いていたガキ大将が、
「なんだ、それじゃ、ほんとに怪物がいるかどうかなんて、わからないじゃないかよ」
少年も仲間を振り向き、
「こういうのを、『めいしん』って言うらしいよ」

頭のいい少年のひとことに勇気づけられた大将は、叫んだ。
「おい、みんな、ばあさんなんかほっといて、続きをやろうぜ!」
「おう!」
そして、少年たちは、老婆を避けるように森の中へ駆け出した。
「こりゃ、待て、待てと言うに・・・!」
老婆は追いかけようとしたが、身軽な子供たちにかなうはずもなく、やがて、 「バチあたりが!」
と鋭くつぶやくと、背を向けて自分の小屋へと戻っていく。

子供たちは、木々の間を駆け抜けながら、うにをぶつけ合っては叫びを上げ、森の奥へと入っていった。
少年は息が切れ、とある木の幹にもたれかかって、息を整える。
やはり、普段は家に閉じこもりがちな少年は、いつも外を駆け回っている他の仲間と比べてハンデは隠せない。
仲間たちの歓声が、木々の間から漏れ聞こえて来る。
少年は、後を追おうと身を起こした。

すると、奇妙なことに気付いた。
仲間たちの声が大きくなり、こちらへ戻って来るように思えたのだ。
すぐに、それは本当だと知れる。
しかし、聞こえて来るのは歓声ではなく、パニックに襲われた悲鳴だった。
大地を揺すり、なにかが近付く気配がする。大気が張り詰め、びりびりと震える。
そして、頭上から迫った暗黒が少年を包み込み、記憶はそこでぷっつりと途切れる・・・。


「・・・!」
はっとして、ノルディスは目覚めた。
顔を上げ、あたりを見回す。
窓のカーテン越しに、朝の柔らかな陽射しがさし込んでいる。ノルディスは、自分が錬金術服を来たままなのに気付いた。明け方近くまで読んでいた分厚い参考書が、開かれたまま机の上に乗っている。どうやら、本を読んでいるうちに寝込んでしまったらしい。

首を振り、眠気を振り払おうとするが、先ほどみた夢の記憶が頭から離れない。
いつの頃からか、繰り返しみるようになった、不気味な夢・・・あれは、現実の出来事だったのだろうか。
ノルディスには、あのような田舎の村で暮らしていた記憶はない。実家も、ザールブルグ市内にある。
しかし、夢の中でつむぎ出される記憶は、あまりにも生々しかった。
あの時、迫ってきたものは、何だったのか。

思いにふけっていたノルディスは、ノックの音に現実に引き戻された。
「ノルディス? 起きていて?」
ドアの外から聞こえて来るのは、アイゼルの声だ。
ノルディスは、今日、エリーと3人で近くの森に材料採取に行く約束をしていたことを思い出した。
急いでドアを開ける。

何回もノックをしたのだろう、アイゼルはちょっと怒ったような表情を浮かべていたが、ノルディスの顔を見ると急に心配そうな顔になった。
「どうしたの、ノルディス? なにか、顔色が良くないみたいだけれど」
「ん? ああ、大丈夫。徹夜明けで、ちょっとね・・・」
「もし、体調が悪いのなら、無理して採取に行かなくても良くってよ。もともと、エリーが無理に誘ったようなものなんですからね」
「いや、行くよ。3時間くらいは寝たからね。すぐに支度をするから、ロビーで待っていてくれる?」
ひとまずアイゼルを帰すと、ノルディスは手早く外出着に着替え、自分で調合した栄養剤を飲んだ。そして、採取かごを手に部屋を出る。

連れ立ってアカデミーを出たノルディスとアイゼルは、ザールブルグの外門でエリーと落ち合い、近くの森に向かった。
2時間も歩けば、森に着く。

採取できる材料はそれほど多くはないが、栄養剤には欠かせないオニワライタケや、爆弾の材料になるニューズなどが取れる。
それよりも、ノルディスたち3人にとっては、研究に明け暮れる日々の疲れを癒すため、という理由の方が大きい。
今日も、採取もそこそこに草むらに座り、アイゼルの用意したミスティカティをすすりながら、四方山話に花を咲かせていた。

「そういえば・・・」
話が途切れた時、朝の夢を思い出したノルディスが、採取したうにを触りながら、口を開いた。
「うにを粗末にすると、バチがあたるって、聞いたことある?」
アイゼルは、不思議そうな顔でかぶりを振る。エリーは少し考え込んだが、
「あ、思い出した。ずっと前だけど、飛翔亭のおじさんが、そんなことを言っていたよ」

「それで? どんなバチがあたるって?」
「ううん、おじさんも知らなかったみたい。ただの噂話じゃないのかなあ」
「そうか・・・」
黙ってふたりの会話を聞いていたアイゼルが、口をはさむ。
「それって、ただの迷信みたいなものではなくて? まさか、ノルディス、そんなことを信じているんじゃないでしょうね。エリーならともかく、主席のあなたが・・・」

「アイゼル〜、なんで、あたしならともかく、なのよ」
口をとがらすエリー。
ノルディスは、どうしようかと思案したが、話そうと心を決める。
「実は・・・」
話し始めようとした時、茂みの奥から低いうなり声が聞こえてきた。

「今の物音は何?」
アイゼルが言う。
「狼だね」
エリーが落ち着き払って答える。
新入生の頃は、狼に出会うのが恐くて、冒険者や騎士と一緒でなければ採取に来ることもできなかった3人だが、それなりに戦いの経験も積んだ今は、このあたりに出る狼など敵とは思っていない。

立ち上がり、身構える。
「殺すのもかわいそうだし、うにでもぶつけて追い払おうか」
と、エリー。
「そうね。ちょうど、拾い集めたばかりだし。全部持って帰る必要もないしね」
アイゼルも賛成し、両手にうにを握る。
ノルディスは、夢のこともあり気が進まなかったが、エリーにうながされてうにをつかむ。

そうこうしている間に、2頭の狼が茂みから姿を現わした。
姿勢を低くし、今にも跳躍しそうに四肢が張りつめているのがわかる。
「うに!」
エリーが口火を切る。
「うにぃ!」
それに重ねるように、アイゼルが叫び、とげだらけの実が放物線を描く。

2人は次々とうにを投げ付け、雨あられとうにを浴びた狼は、戦意を失い、尻尾を巻いて逃げ出そうとする。
ノルディスは、それまで手を出さないでいたが、戦いの興奮が伝わったのか、自分でも意識しないうちに声をあげ、右手に握っていたうにを、逃げる狼に向かって投げつけた。
「うにッ!」

その瞬間・・・。
あたりの風景が、揺らいだ。
大気中に、電気が走ったように、きなくさい香りが満ちる。
木の幹が砕け、つぶれる音が遠くから響き、大地が震える。
そして、ノルディスの頭上が、巨大な影で覆い尽くされる。
「な、何なの!? この怪物は!?」
エリーの悲鳴が、遠くから聞こえる。

その時、ノルディスの記憶がよみがえった。
あの『うにの森』での出来事。幼く、もろかった心が、自分を救うために意識の奥底に封印していた記憶、時おり悪夢としてだけ姿を現わしていた記憶と、悪夢では断ち切られていた、その後の記憶が・・・。
そして、今、ここでも、大音声が周囲のすべてを震わせて、響き渡った。
あの日と同じように・・・

「うにを粗末にするもンは、いねーがあー!!!」

<おわり>


○にのあとがき>

「Alchemistの玉子」で、初めてその存在が確認された、うに魔人。
エリアト最大の隠れキャラと言っていいでしょう。

で、自分でもうに魔人を出してみて、どうしても書きたくなったのが、この「うに魔人出現記念」小説です。
ホラー小説のノリにしたかったので、いちばんトラウマを抱えてそうなノルを主人公にしました。

ところで、掲載後、一部で「ガキ大将は、ダグではないか」とささやかれました。
そんなつもりはなかったんだけど・・・。

作中に出てくる「うに合戦」というのは、まあ、「雪合戦」みたいなものだと思ってください。本当にシグザール王国で流行していたかどうかは、今後の研究を待たないとダメですが(爆)。痛そう・・・。


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