(No_14)紫電二一型局地戦闘機(紫電改)
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.99m、全長 9.35m、 総重量 3800s 最高速度 596km/h
発動機 中島「誉21型」1990馬力 武装 機銃12.7mm×4 乗員 1名
水上戦闘機「強風」を再設計→「紫電」これを全面的に見直し→「紫電改」
と回り道をしたが海軍の期待をになって登場、瀬戸内海上空でグラマン機
に大打撃を与え一躍零戦に代わる新型機の出現と恐れられたが、すでに
遅しの感が・・・現存する機体は四国伊予リクに1機、又調査用に
米国に持ち去られた1機がオハイオ空軍博物館所有となっている
(No_13)ノースアメリカンP-51「マスタング」
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.30m、全長 9.80m、 総重量 3780s
最高速度 708km/h 武装 機銃12.7mm×4 乗員 1名
エンジン パッカードマーリン1350/1590馬力
第二次世界大戦において空力設計の層流翼の採用により操縦性・旋回能力
速度・武装・航続距離の何れにも優れバランスのとれたスッキリした機体は
まさしく最優秀戦闘機という戦闘機の名機であった
特に航続力は硫黄島からの日本本土空襲に発揮される事となった
初飛行は開戦1年前であった・・・
(No_12)YS-11A-500
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 32.00m、全長 26.30m、全高 8.98m、 巡航速度 450km/h
座席数 60〜64席、最大離陸重量 25.000kg、航続距離 1200km、
滑走距離 (離)1400m(着)1110m、 エンジン ロールスロイス・ダートMK543-1Q10K
新世紀第一弾は純国産旅客機YS-11
未だに唯一純国産気、東京オリンピックの頃登場で現在も中・近距離
離島路線で活躍している、開発が本当に出来るか当初半信半疑だった
人々に開発チームは模型を内装から何まで現物大で作り公開しOKを勝ち取った
YS-11のYSとはプロジェクト名「輸送機製造・・・」の頭文字からとか
(No_11) 「疾 風」中島四式戦闘機キー84
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.30m、全長 9.74m、総重量 3750s、 最大速度 624km/h/6500m
エンジン 空冷星型18気筒ハ-45「誉」 2000馬力 乗員 1名
武装 機関砲 20mm×2 12.7mm×2
零戦・隼に次ぐ総生産機3499機、1944年四式戦闘機「疾風」と命名され
量産体制に入ったが戦局の悪化とともに充分な資材、補給ができず
この機の能力を発揮したとは思えず重戦闘機化遅れがここにも・・・
戦後米軍のテストで速度、上昇力、運動性、火力、防火防弾等
いずれにも文句のつけ様の無い日本の最優秀戦闘機と改めて確認された
ちなみにこの機の相手は米軍の最高傑作機でノースアメリカン P-51
「マスタング」であった
(No_10) スピットファイヤー戦闘機・英国
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.16m、全長 9.37m、総重量 3526s、 最大速度 670km/h
エンジン R.Rマーリン63 1710馬力 乗員 1名
武装 機関砲 20mm×2 7.7mm×4
まさに2次大戦の名機、イギリス本土防空戦で英国に勝利をもたらした
この機の設計者はR.J.ミッチェルであったが、設計後若くして死去した
後継者により改良が続けられ常に第一線で活躍した、
世界中の戦闘機の設計者がこの機を標的として開発にあたったとか
原型の初飛行は1936年3月であり、日本では97式戦闘機誕生の頃である
しかし描画がメッサーシュミットと似たようになった・・・(-_-);
(No_9) 零式水上観測機
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.00m、全長 9.50m、総重量 2550s、 最大速度 396km/h
エンジン 「端星13型」 800馬力 乗員 2名
武装 機銃(固定) 7.7mm×2、機銃(旋回) 7.7mm×1 爆弾60s×2
日本海軍最初で最後の全金属製複葉機、機体からフロートへのライン等
空気力学的に完成され複葉機の最高到達点を極めた、戦艦や巡洋艦等に
搭載し偵察飛行や艦隊上空の迎撃用だったが、艦隊戦が過去の戦略となり
飛行場の無い太平洋の島々が活躍の舞台となった
子供の頃、何故かこの機のプラモを何機も作って飾ってた記憶が・・・
当時は10pぐらいのプラモだったが、凄く精巧に出来ていたと思う
何故か懐かしいものに会えた気がする・・・・(^_^;)
(No_8) メッサーシュミットK型戦闘機(ドイツ)
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 9.92m、全長 9.02m、総重量 3362s、 最大速度 670km/h
エンジン ダイムラーベンツDB605DCM 1800馬力 乗員 1名
武装 機銃 13.0mm×2、機関砲 30mm×1
二次大戦中の主力戦闘機の中で一番古い歴史を持っている
武装、航続距離等に苦言もあるがB型、E型、F/G型、K型と改良が重ねられ
常に主力戦闘機の座にあり続け、30,000を超す量産機となっている
車のワーゲンと共に物作りに対するドイツの設計&技術を思わせる
余談ですが、私が最初に作ったラジコンがこのスケールモデルであった
模型屋の人が初めての人には低翼は無理と言われたのに・・・・
結果は案の定、初フライトでガシャン 以後は補修して飾りになっている
(No_7) 零式艦上戦闘機
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.00m、全長 9.12m、総重量 2733s、 最大速度 565km/h
エンジン 「栄21型」 1100馬力 乗員 1名
武装 機銃 7.7mm×2、機関砲 20mm×2、爆弾 60s×2
零戦(ゼロファイター)皆さん御存知の日本海軍不朽の名機
この機について私が言うより皆さんの方が詳しいのでは・・・
軽量化の追及により高速性・格闘性に優れ、強力な武装火器を装備
生産機数 10,425機は日本の最多生産機数である
(No_6) F-27フレンドシップ
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 29.01m、全長 23.52m、全高 8.38m 座席数 40〜44
最大離陸重量 17860s 巡航速度 490km/h、航続距離 2410km、
エンジン ロールスロイス・ダート528
フォッカー社製のターボ プロップ機
主翼が客室の窓より上部に有るためきわめて眺めの良い旅客機
離着陸滑走距離が1050m〜1110mでありローカル線の
主力として活躍した、垂直尾翼に全日空のシンボルマークが
この機になぜかぴったしだったような記憶が・・・・・・・
ただターボプロップのせいかエンジン音が高かったみたい
(No_5) 旧海軍97式艦上攻撃機
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 15.52m、全長 10.30m、乗員 3名 総重量 3700s
最大速度 350km/h 武装 7.7mm機銃1、爆弾800s×1又は60s×6
エンジン 中島空冷9気筒「光-13型 770hp
艦攻は高速性能を良くする為主翼面積をぎりぎりまで落としてあり
主翼断面は糸川英夫の設計を採用、又初の引き込み脚や主翼は折畳式を
(艦内に収容時にエレベーターが使用されている為)採用した
最初はエンジン開発が間に合わず頭部がすんぐりしてておかしかったが
「栄」に換載されてからは(2号艦攻以後)は統一された機体となった
引き込み脚や折り畳みは油圧式を採ったが何せ最初の事で悪戦苦闘した
この開発では学校を出て3〜5年の若い技術者達の新技術への兆戦と
アイデアが試みられ後に実を結んだ(教訓;日々兆戦、諦めるな)
(No_4) ダグラスDC-3
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 28.96m、全長 19.65m、全高 5.16m
総重量(Full)11880s、巡航速度 220km/h 航続距離 1740km
エンジン p&wr-1830-92、推力 1200hp×2、最高高度 7600m
第二次世界大戦中に軍用機として登場、後に旅客機として活躍
生産機数は1万以上で、今でも洋画等で見ることがある
DC-3のCは輸送機(貨物機)のCarrigeのC
滑走路は1000メートルもあれば離陸でき、旅客機の場合乗員は30人
(No_3) 旧陸軍97式戦闘機
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.30m、全長 7.53m、乗員 1名 総重量 1130s
最大速度 460km/h 航続距離 627km 最高高度 12250m
武装 7.7mm機銃2(固定) エンジン 空冷9気筒中嶋ハー1乙 650hp
97式(中島キ-27)は徹底した軽量化と同時に当時のハイテクを動員し
脅威的な格闘能力を持つ戦闘機として世界史上特筆される軽戦闘機として登場
脚は整備されてない飛行場を考慮し引き込みよりも固定脚とされた
余りにも格闘性が良かった為、後々の重戦闘機化「隼」の展開が遅れた
原因になったとも謂われる。教訓・”優勢を保つには技術開発を怠るな”か
平成8年9月10日博多湾で発見された現存する唯一の機体は
修復され福岡の太刀洗平和記念公園に保存されている
(No_2) Ryan NYP
Spirit of Stlouis
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 14.0m、全長 8m、全高 3m
総重量(Full)2330s (Enp)975kg、発動機 ライト旋風J−5c 223bp
メーカー Ryan航空Co(サンデイエゴ)
Ryan NYP"Spirit of Stlouis”
1927年5月21日単独大西洋横断飛行を成し遂げた、チャールズA・リンドバークの愛機
NYPはニュウヨーク・パリの頭文字 デザインはドナルドホールの手による
この飛行の成功は飛行機が世間に認められるきっかけとなった
”翼よあれがパリの灯だ”はこの飛行を映画化したもの
燃料タンクを前方に置いた為、実際は前方が見えず
潜望鏡かサイドの窓でしか外がみえなかった
(No_1) 九三式練習機
通称「赤トンボ」
主要諸元は下記
主要諸元
全幅 11.0m、全長 8.05m、全高 3.20m、主翼面積 27.70u、
自重 1000s 搭載量 500kg、発動機 空冷星型9気筒300〜340馬力、
実用上昇限度 5700m、航続距離 1020km、乗員 2名
製作所 横須賀工廠造兵部、川西製作所の共同開発
九三式は海軍航空隊の練習機で、陸軍航空隊で採用された機種は九五式
複葉の練習機で機体の色から通称「赤とんぼ」呼ばれていた,特徴として
オレンジ色の機体で操作性、安定性に優れていた。昭和9年から11年間余りの間に
5600機近く造られた、この数は練習機としては世界最多であり他に類をみなかった
安定性に関しては操縦桿をはなすと自然と安定飛行に回復したとも言われる