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2008年4月21日(月) 晴れ
気力、体力低下中
退院後のことを少し。
というか、表題のとおりでして。
日記を書く気も起きない有様にまでなっています。

さて、入院生活で体重が落ちました。
病院食は和田の普段の食生活に比べると、量が多いです。
ですので、それで痩せたわけでないのは明白です。
(食事内容も、あまり変わりませんでしたしね。旨味の点ではかなり違いましたが)
では、なにが落ちたか?
なんてことはありません。筋肉です。
いや、もうね、一週間ぶりに犬の散歩に行ったら、えらい疲れること疲れること。
もう体力ががた落ちしておりますよ。

さてさて、一週間の入院生活をしていたわけですが、
ここで気になるのが保険です。
……出費がでかかったですからね。いくら保険が下りるのかが気になるところです。
えぇ、こういうときのために保険に入っているのですからね。
で、まぁ、なんといいますか。
まだ保険に入っていない方。悪いことはいいません。
明治生命はやめとけ。
酷いから。とにかく酷いから。下手すると、得られるハズの保険金を手にするために、
その保険金以上のお金が掛かる可能性もあったりしますから。
ふつうはそんなことないのに。
つまり、保険金の請求を辞退させようと仕向けている。としか思えないのですよ。
なんでこんなことを思っているのかというと、住友にも入っていましてね。
そっちはそんなことはちっともなかったのです。
あ、そうそう。県民共済が予想外にいい仕事してくれました。

話を戻しまして。
退院してからもう二週間になるわけですが、いまだに体力が回復せず。
いや、ある程度は回復してはいるのですけど、入院前にくらべるとまだまだです。
やはり一週間寝たきりになっていると、機能の落ち方がひどいですね。
かといって、現状では激しい運動とかできるわけもなく(まだ爆弾が一個残ってるし)。
まぁ、のんびりと体力を回復させていこうかと思います。
薬の作用(副作用?)とかもあって、突然、異常な倦怠感に襲われてりしてますけどね。
そのうちこれも慣れるでしょう。

2008年4月7日(月)
退院
本日、退院しました。
まぁ、また来月あたり入院しなくちゃならないんですが、
そのときは三日くらいで済むはずですからね。
で、入院費が……約45万。
た、高っ!
こんなに高いの!?
さすが心臓! というべきなのか。
いや、まぁ、命を拾ったからには安いわけですが。
それでもさすがに。
むぅ。
次回の入院が恐ろしいな、これ。

2008年4月6日(日) 晴れ
入院七日目
本来なら今日が退院日なのですが、日曜ということで、
会計業務がストップしているために退院は明日です。
そんなわけで、おまけの一日の入院生活。
……退屈です。
薬の副作用である頭痛をもてあましつつ、時間を潰すのみ。
テレビ、ラジヲのない生活もこうも続くと、さすがにつらいです。
……いや、見ればいいんですけどね。
ネットに依存してからはほとんど見ていないので、それにこの時期は特番が多いので、
さして見るものもないだろうということで。
そうするともう、やることないのですよ。
読み物も持ってきていないし。
かといって眠れるわけじゃありませんしね。
そんな悶々とした状況の一日でした。

2008年4月5日(土) 晴れ
入院六日目
左手がすごいことに。
パンパンです。おまけに青黒い。
ついでに痛い。
大丈夫なのか、これ。
それが夕べの状況。
一夜明けて。
あの、得体のしれないバンドも外れたのですが、それでもパンパンに張れています。
というか、むくんでいます。
握りこぶしがつくれません。おまけに、胸のあたりの高さで一定の角度で腕をたたんでいないと痛いです。
しかしながら、うれしいことがひとつ。
点滴が外れました。
全部!
やた、これで自由の着替えられる。
いや、もう、上っ張りを着たまま寝るのが辛くてですね。
これで少しは楽になるというものです。
そしてさらに、本日は洗髪も!
あぁ、入院してから風呂にまるっきり入れませんでしたから(点滴のせいで)、
これはほんとうにうれしいです。
手術の前に体を拭く機会はあったんですが、もしそこで発作を起こしたりしたら元も子もないので、
遠慮していただけに、これはうれしかったです。
そんなこんなで術後の一日。
変わったことがひとつ。
夜になってから、どういうわけだか異様にトイレが近くなりました。
一時間に一回くらい。
近すぎだろ、どうなってるんだ?
と、思っていたところ、気がついたことがひとつ。
パンパンにむくんでいた左手がみるみるうちに、むくみが取れていきます。
な、なんだこれ?
ここにきて和田の腎臓が本気でもだしたのか?
深夜になるころには、膨れすぎて握ることさえできなかった左手が、ちゃんと拳を握れるように。
おぉ!
さらには、だらんと手を垂らしてもほとんど痛くありません。
おぉぉ!
これで行動に不自由はなくなりました。
あぁ、よかった。

2008年4月4日(金) 晴れ
入院五日目
本日が本番です。
そういや、きのうは手術の概要を書いてなかったね。
基本的に検査と一緒。
力テ−テルを心臓まで送りこみ、病変部を風船で膨らませて血流を確保。
そこへ金属製のチューブを留置して拡張した血管を固定。
というもの。
PCTというそうな。
とはいえ、検査は冠動脈の入口まで。今回は内部まで進行します。
ちなみに、今回行うのは重症の方。放置できないが重症ではない方は、次回ということになりました。
まぁ、見るからに心臓に負担のかかる術式だからな、一辺には無理なんでしょう。

ということで、きのうと同じスタイルで手術室へ。
そして、左手に動脈の触れる場所が見つかり、急遽アプローチが右から左へ!
こんなところまで昨日と同じかよ!

で、手術開始。
痛いのも同じ。
というか、あらかじめ承諾を求められていたことですが、器具の置かれる場所が股間というのはちょっと――
って、いだだだだだだだだっ。
そして力テ−テルが心臓に到達し。
く、苦し……。
ややあって。
い、痛い……。
ほとんど発作の時と同じような痛みが。
えらい長い時間が過ぎたように感じたころ、終了。
終了……のはずが、問題が。
えーと、今回のアプローチは左腕です。手首より、指3本分くらい上。
でもって、現在、和田の腕はむくんで膨れております。
つまりですね。止血バンドが止まりません。
結果、なんだかよくわからないぎゅーっと帯をぴっぱって締めるバンド(本とかをまとめるのに使うバンドみたいなの)を使って止血。
つか、なんだこんなんがこんな場所に。
というか、これってなんに使うんだ?
先生の口ぶりからは、普通使わないような代物のようだし。
というか、どう聞いてみても、イレギュラー的存在のようなんですけど。
と、疑問符を頭に山ほど付けても、和田の左腕にはそいつが取り付けられます。
というか、取り付けた助手の方も、「これ、どうやってゆるめていけばいいんだ?」と首をかしげている有様。
止血バンドは空気圧で傷口を圧迫して止めるもので、時間ごとに減圧していき、6時間後に外せるものです。
なんですが、これはどうなるんだ?

しかし、これで和田は両手がほぼ使えなくなりました。
いや、もう右手は痛くてまともにうごかせないのですよ。そして左手もこの状態。
……食事もそうですが、トイレとかどうしよう。

さて、手術後、先生からの説明がまたもナースセンターで行われました。
手術内容を写真で説明されましたよ。
……そういや、レントゲン、手術中に撮ってったっけ。
で、挿入された金属のチューブ。思ってたよりでかいです。
そしていまも、胸には妙な違和感がありまくり。
これ、なれるのか? 気持ち悪いんだけど。

そしてもう一つの病変は、来月あたりにやるとのこと。
とりあえず今回あ穴をあけた血管が落ち着くまではやらないもよう。
まぁ、そのくらい放置しておいても、大丈夫ということでしょう。
そして退院が月曜日となりました。
あぁ、やっと帰れる。

2008年4月3日(木) 晴れ
入院四日目
本日は検査。
ついに検査当日。
時間は13時30分からです。
なんだかドキドキしますよ。
手首に局所麻酔をかけ、そこから力テ−テルを穿刺。
心臓まで血管を通して送り込んで造影剤を注入、レントゲン撮影というのが本日の検査。

検査一時間前に、点滴を抗生剤と切り替えます。
そのご手術着に着替えて、検査室(手術室?)へ車椅子で移動。
……車椅子じゃないとだめなのかなぁ。そんな重症なんでしょうか?

さて、手術台は少々特殊な形をしておりました。
まぁ、レントゲンがくっついているわけだから、通常のものとはちがいますわな。
寝台の頭の部分の足あたりから、アーチ状にアームが台上部へ伸びていまして、そこにレントゲンのアレ、
あの胸に当てるあれがありますよ。

手術台に乗りまして、この土壇場に来てアプローチをする場所が右腕に変更。
和田は脈が触れにくいので、当初から難儀していたわけですが、右手首のほうがわかりやすいということで、
急遽変更に。
……点滴がささったままですよ、いいの?
とか思っていたら、先生から麻酔を打つとのお知らせ。
まぁ、注射とかは慣れているから、この手の痛みは平気です。
……なんか、えらい深く刺すな。
二本ほど刺して、ややって、
って、っちょ、な、なに? 痛い、痛いよ。
イタタタタタタタタタタタ!
うぎゃあ! なにこれ、ちょっ、った、って、っぐ、っぎ……。
えー、耳鼻科で耳掃除をしてもらったことのある人は、耳鼻科の先生が漏斗状の器具を耳にあてて、
耳掃除をしているのを見たことがあると思います。
あの漏斗状の器具。あれの丸い穴を四角くして、でかくしたものを想像してくださな。
あれをですね。右手首の親指側、脈の触れるところに思い切り全体重をかけて押し当てられていると思いねぇ。
麻酔をしているというのにこの痛み。
しかも、撮影とか力テ−テルの進み具合を確認するためなのか、台が前後左右にがくんがくん動くとですよ。
いや、怖いとかの比じゃないよ。
だって、いままさに、右手首に穴があいているんだよ。
それも動脈に!
こんなに動いて大丈夫なのか!?
そんななか、ときおり先生の75%とか、95%とか、8000とか数値をいうのが聞こえます。
……なんだか不吉な予感がするのはなぜだろう。
かくして検査終了。
先生が薬が全然足りないといっておりました。

そして病室に戻り、外されていた点滴再開+抗生剤。
実は、1日朝、左手がパンパンにむくんでしまったために、血液をサラサラにする薬剤の点滴の時間当たりの注入量を半分にしていたのですが、
それをもとに戻し……どころか、
なんかさらに追加して、えらい勢いで注入することに。
うわぁ。
だ、大丈夫かな、手。

その後、しばらくして検査結果の関しての説明が。
えーと、重症です。
冠状動脈が二か所、詰まりかけてました。
うちひとつはもうほぼ限界。
手術が確定しました。
「明日やりましょう」
って、明日!? 早っ! って、そこまで緊急なの!?
見ている前でPCを操作して、予定に組み込んでいただきました。
たくさんの患者さんの名前の羅列に割り込むおいらの名前。
……うわぁ、緊急扱いだ。

アプローチ場所は本日と同じ右手(左手がちっとも動脈に触れないから)。
位置的には、今日の場所のやや上です。

あぁ、きょうと同じ痛みをまた明日味わうのか。
まぁ、手首じゃないから、多少はマシとは思うけど。
しかし、なんでこんな悪くなったんだ?
そんな間違った食生活してたかなぁ……。

2008年4月2日(水) 晴れ
入院三日目
眠れません。
基本的に和田は外泊できない人なのです。
どうも自分でも思っている以上に神経質なようで。
ちょっと寝ては目が覚めるという始末。ここ3日で寝た時間は合計12時間。
それも断続的。だというのに、ちっとも眠くならないということから、
かなりの緊張状態にあるようです。
ついでに便秘。

と、そうそう。
すっかり書き忘れましたが、昨日、先生から検査の概要を説明されました。
心臓力テ−テル検査。
手首の動脈から力テ−テルを突っ込んで血管内を通して心臓まで送り、そこから造影剤を注入。
心臓の血管、冠状動脈の状態を見るという検査です。

さて、そんなこんなで入院三日目。
点滴と心電図のおかげでまともに寝返りもうてない状態で寝ているものですから、肩が凝ります。
ですが、それ以上に頭痛が……。
点滴三種類の概要は、血液をサラサラにする、血管を拡張する、ニトロ。
で、この血管を拡張する薬剤は、当然のことながら全身の血管を広げてくれるわけで。
もちろん、それはお脳にも効くわけです。
先生曰く、「脳が腫れているような状態」ということで。
そんなわけで頭痛が起こるらしいのです。そのうち慣れるといいますが、これはかなりキツイんですけど。
いや、ぶどう膜炎のときの頭痛にくらべたらまだかわいいもんですけどね。

さてさて、その点滴。
検査のアプローチが左手からということで、右腕へと移動と相成りました。
いよいよ明日は検査です。

追記:
 ……風呂に入りたい。

2008年4月1日(火) 晴れ
入院二日目
正直、やることがなにもありません。
まぁ、本来なら入院は明日なのであって、今日ではないのですからしかたありません。
あ、きのう書き忘れましたが、
点滴のほかにナースセンターでモニタリングするための心電図をくっつけています。
点滴は点滴といわれてイメージする、あの袋のやつと、精密点滴とかいう、でかい注射器状のものを機械的に注入していくものの二種類です。
それぞれのチューブを合流させて、和田の左腕の静脈へ。
一晩経ちましたが、いまだにつながってます。
……いつ外れるんだろ?

さて、とりあえず、病室の感じをば。
8人部屋です。
基本的にお年寄りばかり。
しかも大半が糖尿病患者だったりします。
そして、なんだか暑い。
……って、暑いはずだよ。なんで室温が26度。

そして入院時のイベントといえば、
検温と回診くらいです。
先生がみえたとき、いいましたさ。
これなら薬で様子見してても大丈夫だったかな、と。
とはいえ、もう遅いのです。
いまから帰っても、また明日こなくちゃなりませんからね。意味がありません。
しかし、点滴がくっついた状態じゃ着替えもできないっすよ。
そんなこんなで二日目終了。

追記:
 胸に違和感があるとかいったら、点滴が増えた……。

2008年3月31日(月) 晴れ
今日は病院
先日の検査結果を聞きに、病院へ行ってきます。
まぁ、検査結果というか、
実際は検査入院の日取りを決めることが目的なのですが。
そんなわけで、いざ診察。
結果。
3日に検査の予約(2日に入院、3日に検査)をとって、診察は終了。
最後に、検査のための心電図と採血をして、本日はおしまいです。
ということで、心電図。
滞りなく終わり、待合室へ。
……あれ?
本当ならここで、カルテの入ったフォルダをもらって、採血のために処置室へいくんだよな?
はて?
とか思っていたら、診察室からお呼びが。
かくして、先生のお話を再び。
今しがたとった心電図と、以前とった心電図とを並べての説明です。
心電図というのは、山が上にできるのが普通なのだそうです。
ですが、今回とったものは、下に山がちこっとできています。
こういうのは、心臓が酸欠状態の時にでる波形なのだそうで。
つまり、心臓が虚血状態に陥っていると。
そして先生はいいました。
「このまま帰すと大変なことになるから、入院しましょう」
「え゛っ!?」
と、驚く間もなく、再び待合室へ。
少々混乱していると、看護婦さんが車椅子を押して登場。
って、車椅子!?
俺って、そんなに重症なの!?
とりあえず、看護婦さんにお願いして、先に親へ電話連絡を。
入院のための最低限のものを持ってきてもらわないとどうにもなりません。
そして処置室へいって採血。
したと思ったら、処置室の看護婦さんがすぐ傍のベッドへ移動させて、寝ているようにと。
って、っちょ、そんなに重症なの!?
その後、入院病棟へ移動して、病室へ。
入院の説明とか、同意書とかをいろいろ書きました。
時刻はもう2時。
昼食をだしていただきました。
……薄味ではありましたが、なかなかおいしかったです。ただ、なんか量が多い。
これがデフォなのか?
そして4時。
点滴が左腕に。24時間とかなんとかいう台詞にちょっとひるむ。
そんなこんなで本日は終了。
……どうなるんだ? 俺?

2008年4月7日(月)
この一週間
少しばかり予想外のことが起きて、世間から隔離されておりました。
ということで、まとめてお送りします。

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