とある冒険者たちの物語
和田 芳弘
★食堂親父の陰謀を砕け!
「……ほほぅ、それはそれはなかなかいい案ではないですか、八百八の」
「だが、こうも上手く行くとは思えんよ、魚政の旦那。この案をベースに、もっとこう、確実性を高めないと……」
「そうですなぁ。さてどうしたものか……」
「とにかく、はやいとこムサロを失脚させてカデンセンに宮廷料理人なってもらわねば」
「しかし、そのためにも巧妙に毒を盛らねばなりませんからな。公爵閣下の御食事に……」
うひゃぁ〜。大変な事を聞いちゃったぁ。ど、ど、どうしよう……
魔法使いマハ・アルヴァーヤは、アルバイト先の主人達の話に青くなった。
バ、バレないうちにここから離れなきゃ。
マハははやる気持ちを押さえて、両手に抱えたいくつもの鍋が音を立てないように、そうっと洗い場から厨房へと、逃げるように戻っていった。
「で……どうする気だい?」
「どうするって……。どうしよう、シャーラちゃん!」
翌日の事。マハは有翼人の闘士、シャーラ・アルペジオンに半ば泣き付いていた。
「どうしようってなぁ。だからマハ、あんたはどうしたいんだい?」
「う〜ん、善良な市民としては叩き潰すべきなんだろうけど、この店を潰すとバイト先なくなっちゃうのよ……」
「あのなぁ……」
「困った人間関係だな」
「テクマ……もう少し人間社会を勉強しろ」
シャーラがエルフの狩人、テクマ・クマヤの言葉に思わず額を押さえた。
「何か……おかしいのか?」
テクマは目をパチクリとさせてシャーラをみつめた。シャーラはため息をついた。
「どちらにしても、見ぬ振り聞かぬ振りをするのはいけませんね。かといって確証もなくどつきまわすわけにも行きませんし……」
「口が悪くなったな、クー……」
バンのせいか……
シャーラは優雅にお茶を飲む僧侶のクーリアンカを見ながら、今バイト中でここにいない戦士のバン・アーディルを思い出した。
「う〜ん……どうしようかぁあいててててっ!」
「マハちゃぁん。ま〜だお仕事の時間なのよぉ。だめよ、さぼっちゃあ……。うふふふふふ……」
不意に現われた先輩ウェイトレスに耳を引っ張られ、マハはよたよたと仕事に戻って行った。
「どうでもいいですけど、こういう話をその陰謀の張本人のお店で話していていいんでしょうか?」
「昔から『灯台もと暗し』っていうじゃないか」
「……」
テクマの答えに、ふたりはなにも答えなかった。
ダン!
その時もの凄い勢いで店の扉が開かれ、壊れた。
「またやった……」
その扉を壊した者を見るなり、3人は目を半開きにした。
「そこにいたかお前ら! てぇへんだぞ!」
バンは邪魔な扉を蹴飛ばしてのけると、大声で喋りながらズカズカと3人の所にやってきた。
「大変って、どうしたんですか?」
「公爵様が毒を盛られた!」
「なんだとぉ!」
バンの大声が店内に響き渡るや、店の主であるカデンセンが包丁を握り締めたまま厨房から飛び出して来た。
「小僧、一体それはどういうことなんだ!?」
「お、親父、包丁をしまえ! 危ねぇよ!」
包丁を持ったままの手で襟首を掴まれたバンが、冷や汗を流しながらいった。
「あ〜、なんでも遅効性の毒だったらしく、毒味役ともども公爵様も倒れちまったらしい」
「大変、それじゃ神殿にもなにか連絡が来ているかもしれないわ」
クーは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、バタバタと神殿へ駆け出して行った。一方、バンのその言葉を聞いたカデンセンは、頭を抱えてうずくまっていた。ついでにシャーラとテクマとバンも彼を取り囲むようにうずくまった。
「あああ、なんてことだ。だれがこんなにはやく決行したのだ? 先走りおって……」
「八百八の親父じゃないのか?」
「いや、八百八は慎重……はっ!」
カデンセンは顔を上げた。目の前にはニヤっと笑うテクマとシャーラの顔。
「遂に尻尾をだしたな。あんたが公爵様に毒を盛ろうと計画していたのはお見通しなんだよ!」
スックと立ち上がると、テクマが指を突き付けてのたまった。途端、店内の客から、おおおっという驚きの歓声が響く。
「馬鹿なことを、何を証拠に!」
今度はビシっと、カデンセンが包丁を突き出すようにテクマを指差した。
「証拠が見たいのかい? マハ!」
「は〜い!」
シャーラがぱんぱんと手を叩くと、秋刀魚の照り焼き定食を運んでいる最中のマハが元気良く返事をしてやってきた。
「あたし聞いたもん。マスターが公爵様に毒を盛るって、八百八のおじさんと魚政のおじさんと一緒に相談してたの」
マハの証言に店内にどよめきの声が広がった。
「おのれ、先日雇ったバイト、貴様もグルか!」
「そんなグルって人聞きの悪い。友達だよぉ」
マハが唇をとがらせた。
「とにかぁく! やい親父、てめぇが公爵様を亡き者にしようとした犯人だな! おとなしく縛につきやがれ」
バンが大音声でのたまうと、カデンセンはうろたえ真っ青になった。
「ち、ちがう! わしは公爵様を殺そうなんて思ってもいない。ただ軽い毒を盛って、その責任をムサロにかぶせてわしが宮廷料理人に……」
「毒を盛ろうとしたことはいっしょだろうが!」
かくして、この後カデンセンは店内の客全員にどつきまわされたあげくに、八百八、魚政と一緒に城に突き出されたのである。そう、ここに宮廷料理人ムサロ失脚の陰謀はついえたのだ。
「ただの食中毒だ?」
「はい、公爵様はどうも自分でさばいた魚に当たったようですわ」
クーの話に、マハを除く残りの3人はくじけていた。
「それで、マハはどうしたんです?」
「あぁ、どこぞの酒場専属の楽団のアシスタントのバイトを始めたらしい」
テクマの言葉に、クーはティーカップを優雅にもったまま目を瞬いた。
「今度は宮廷楽士だったりしてね」
「やめろ、そういう冗談は……」
疲れたようにシャーラがいうと、みんなケラケラと笑った。
「……というのはどうです?」
「凄いわ。まさに天才ね。これで宮廷楽士の座は私のものよ」
「ですが、何処かの貴族の後ろ盾が欲しいですな。そうすればこの計画はますます完璧に……」
「そうねぇ、鳶に油揚げさらわれたらかなわないものねぇ……」
「そこでですな……」
ああああ、まただよ。どうしてあたしの務めるとこってこんなのばっかしなのぉ……
楽器を抱えたマハは、はやる気持ちを押さえると、そ〜っと舞台へ逃げるように駆けて行った。
戻る