とある冒険者たちの物語

和田 芳弘

★ある夜の出来事



 パチパチパチ。
 焚き火の炎が周囲をオレンジ色に染め上げていた。そこに映し出されている顔は、ふたりを除いてうんざりとした顔。そしてそのふたりの内のひとりは困った顔をしており、ひとりは……
「……おいマハ、あれはどうにかなんないのか?」
 苦虫を数十匹噛みつぶしたような顔で、有翼人の闘士、シャーラ・アルペジオンが、傍らでお茶を飲んでいる魔法使い、マハ・アルヴァーヤにいった。
「そ、それって無理だよぅ。つねってもニコニコしてるんだよ。『ああ、痛いわ。これって夢じゃないのね!』なんていって……」
 マハの答えに、シャーラは髪をかきむしった。
 そう、戦士バン・アーディルに求婚された僧侶のクー・リアンカがうかれまくっているのだ。彼女がその長身から男にさんざん振られていたのが判明したのは、バンの求婚直後のことである。一方そのクーにずっとしがみつかれているバンは、なんとも表現し難い顔だ。初めのうちは興味津々、面白がっていたエルフの狩人、テクマ・クマヤも、いまやあきれ果てている。
「……ん? 誰だ!?」
 不意にテクマが素速く弓を構えると、闇に包まれた繁みを睨み付けた。
 すると、そこから小さな影がその姿を見せた。
「こ、子供!?」
「なんでこんなとこに、ひとりで……」
 姿を表わした7歳くらいの少女に、テクマとシャーラは目を瞬いた。そしてその少女は、ふたりの間を擦り抜けるように焚き火に向かって走り寄ると、そのままバンに抱き付いた。
「パパ!」
「ぱ、パパぁ!?」
 少女のその一声に、全員が思わず声を上げた。
「そ、そんな……私を、私を諞していたのね……」
 目を見開き、脅えたような顔つきでクーは立ち上がると、泣き叫びながら森の奥へと駆け出して行った。バンが慌てて追いかけようとするが、少女にしがみつかれて動けない。
「こら! なんなんだよお前は! 離れろ!」
「バン、子供を邪見にするんじゃないよ。それより、本当にお前の娘なのかい?」
「ば、馬鹿いってんじゃねぇ! いくら俺だって10歳やそこらで子供をつくるかってんだ!」
 半ばヤケを起こしたように、バンがシャーラに喚いた。
「ったく、相変わらずやかましいな。待ってな。あたいがクーを連れて来るよ」
 シャーラは顔をしかめると、クーの後を追って行った。
「相変わらずシャーラちゃんは世話焼きさんだね」
「そうだな。で、バン、本当にその娘にたいして覚えはないのか?」
 マハとテクマの楽しそうな顔に、バンは思い切り拳を握った。

 ガスっ!
「ぅあいたっ!」
 あてどもなくとぼとぼと歩いていたクーは、突然背後から殴り付けられ、その場にうずくまった。
 「なにひとりで悲劇のヒロインしてんだい。ほら、さっさと……逃げるな!」
 一目散に逃げ出そうとしたクーの襟首を引っ掴み、シャーラは彼女を引き戻した。
「だ……だって……」
「だってじゃない。いくらバンでも10歳やそこらで子供を造るか! それ以上に、どうしてこんな所にひとりであんな娘がいるんだい。わかったらとっとと戻るよ!」
 シャーラはクーを睨み付けると、自分より頭半分はせの高い彼女を引きずるように歩き始めた。

 ふたりが野営しているところに戻ると、バンの膝の上ではしゃいでいたあの少女が、じぃっとふたりを見つめた。
「どっち?」
「背の高いほうだよ」
 少女の問いにマハが答えると、少女はぱたぱたとクーの元に駆け寄り、しがみついた。
「ママ!」
 少女の言葉に、クーは硬直した。
「えっ……あ、あの、私……」
「固まってないでバンのところに行け」
 シャーラはクーの背中をポンポンと叩くとシャーラはさっさとテクマの隣に腰を降ろした。クーはというと、戸惑った表情ので少女に捕まったままバンの隣へと腰を降ろした。
「う〜ん、ああなるとまるで親子だな」
 テクマが優しげに微笑んでいるのを見ながら、シャーラは酒をマグに注いだ。
「で、テクマ、あの娘はなんだった?」
「なにって?」
「悪意はないようだけど……」
 そのときシャーラには、テクマの微笑みが寂しげに見えた。
「人間だよ」
「人間って、あんな小さな娘がこんな時間に所でひとりで……」
「細かいことは気にするな。それよりあれ、連中の未来の姿みたいでいいじゃないか」
 そういってテクマが指差す先では、まるでバンとクー、そしてあの少女が本当の親子であるかのように話していた。
「……マハが邪魔だな」
「あぁ、邪魔だ」
 シャーラはぼそりと呟くと、マハを3人から引きはがした。

 そして翌朝、少女の姿は消えていた。

「おいテクマ、いいかげんにあの女の子が何だったのか白状しろ!」
 あれから数日、バンとクーの結婚式を明後日に控えたその日、シャーラがテクマに詰め寄った。同じテーブルについている他の3人もテクマを睨み付けていた。
「随分殺気だってるな」
「当たり前だ。あれから気になってろくに眠れないんだぞ!」
 バンがテーブルを殴るように叩いた。
「俺が調べたところによるとだな。3年前に、隣街から引っ越し途中の一家があの辺りで山賊に襲われたらしい。一家はひとり娘を除いて全員惨殺。その娘はなんとか逃げ延びたんだが、ちょうど俺達が野宿してたあの場所で……」
「あの場所で、どうなったの?」
 マハが唾を飲み込むと、テクマをのぞき込んだ。
「野犬に襲われて、おしまいだ」
「なるほど。幽霊か。それにしてもなんだってバンのところに出て来たんだ?」
 シャーラが首を傾げた。
「そうだな……あったかかったんじゃないか」
 テクマの言葉に、その場の全員がキョトンとした。
「あったかいって、なにがですか?」
「お前さん達ふたりがだよ。きっと、あの娘のお父さんやお母さんと同じ暖かみがあったんだろう。あの娘は、はぐれた両親を探してさまよってたんだから……」
 テクマがクーにそう答えると、バンが彼女の肩に手を回して優しく引き寄せた。
「バン……?」
「あの娘、いい娘だったよな……」
バンの言葉にクーは頷いた。
「あの時は、あの娘、本当に俺達の娘だったよな」
バンの言葉にクーは頷いた。
「あんな子供のいる、あったかい家庭を造ろうな」
「うん!」
 クーは一際大きく頷くと、バンに抱きついた。
「おやまぁ、お熱いことで……」
「すぐに冷めないことを祈るよ。そうしないとあの娘がうかばれん」
「てめぇ、勝手なことぬかすんじゃねぇ!」
 自分より頭ひとつ背の高いクーにしがみつかれたバンの怒号が、今日もまた響き渡った。

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