とある冒険者たちの物語
和田 芳弘
★遺跡へGO!
明かるい。その迷宮は実に明かるかった。もちろん、外の陽の光、月の光には比べるめくもないが、周囲の状況を掴むには十分な明かるさだった。迷宮を構成している焼き煉瓦が、まるで焼きたてのときのように赤く光っているのである。とはいえ、この程度の明かりでは忍び寄る怪物はもとより、罠を感知するのは至難の技だ。
「どうする? 一休みするかい?」
有翼人の闘士、シャーラ・アルペジオンが『光照』の呪文の効果が切れるのをみ見やると、傍らを歩く魔法使いのマハ・アルヴァーヤに尋ねた。
「大丈夫だよ。でもお腹が空いたねぇ」
「のんびりメシくってる暇はねぇぞ。こんな狭いとこはストレスがたまる。特にクーが」
「いえ、私は……」
「そんな前屈みなって、説得力ないよ!」
戦士バン・アーディルがその長身に難儀している僧侶、クー・リアンカにいうと、さらにシャーラが追い撃ちをかけた。
「大丈夫大丈夫。干し肉かじってくから。……どうしたの? テクマちゃん」
急に先頭を歩いてたエルフの狩人、テクマ・クマヤが歩みを止めたことに、マハが干し肉をくわえたまま尋ねた。テクマはゆっくりと引きつったような笑みを浮かべて振り向いた。
「……すまん……迷った……」
そのテクマの台詞に、全員が硬直した。迷宮内に静寂が再び訪れた。
「い、いまなんていった?」
「すまん! どうやらワープゾーンに引っ掛かっちまったらしい」
テクマがその台詞をいうや、途端にバンとマハに袋だたきにされはじめた。これにシャーラとクーが加わらないのは、下手に暴れると単にその長身で天井に頭をぶつけるからである。
「そろそろ止めようか、クー」
「そうですね」
クーがシャーラに同意すると、シャーラは一際大きく息を吸い込んだ。クーは耳を塞ぐ。
「いいかげんにしろーっ!」
迷宮内がシャーラの声に震えた。
そのあまりの大音声に、バン、マハ、そしてテクマが麻痺したように硬直していた。
「ここでテクマを殴ってもしょうがないだろ。先に進しかないんだ。こっからマッピングのやり直しをすればいいじゃないか」
「そうです。それにここから脱出してからテクマさんにたかったほうが、得ですよ」
クーの言葉に、シャーラは呆れたような顔をした。
「クーちゃん、なんだか性格かわったねぇ」
「鬼だ……」
マハとバンが聞こえないように呟いた。
「とりあえず、印をつけながら古典的な手法でいこう」
テクマが気を取り直していった。
「古典的って、どうやるんだ?」
「こうして右なら右、左なら左でどちらか一歩に決めて、壁にそって進むんだ」
テクマがそういうと、マハがむぅっと顔をしかめた。
「それなら最初からそれで行けばいいじゃないか!」
「欠点があってな。猛烈に時間が掛かる。とはいえ、これが確実だからな。あとはワープゾーンに気を付ければ何とかなるだろう」
そして再び一行は全身を始めた。
数時間後。
不意に狭い迷宮の通路が終わったかと思うと、広いホールに一行は飛び出した。そして正面には、竜ですら出入りできそうな巨大な扉が行く手を塞いでいた。
「……どうやって開けるんだよ、これ……」
「手で……ことはないだろうな。どこかに仕掛けがあるはずだ」
バンの呟きに、顔を腫らしたテクマが扉を調べ始めた。
「随分と立派な扉じゃないか」
「そうですね、このレリーフ、神話を表わしたものですよ」
クーは扉一面に彫り込まれたレリーフに目をうばれながら、ぼんやりとシャーラに答えた。
「ね〜、これは引いちゃいけないの?」
急にマハが扉の中央にある取っ手を指差していった。
「あ、マハ駄目だ! そういうあからさまな奴は……」
「え?」
テクマの静止がマハには届かなかった。マハは既にその取っ手を引いてしまったのだ。
がらがらと何かの回る音がしたかと思うと、突然ホールの床一面が輝き始めた。
「あ〜! ごめんなさい〜ぃ!」
数瞬後、ホールを光が完全に包み込んだかと思うと、そこにはシャーラたち5人の姿はなかった。
「ぅあいたっ!」
突然一行は全員高いところから落とされた。その感触は、固い煉瓦ではなく、紛れもない土と草の感触だ。
「つぅ〜。どこだいここは?」
羽根をさすりながらシャーラが周囲を見回すと、そこにはつい最近見たものがあった。
「ここは……もしかして入口……」
シャーラの言葉に、皆の目が一斉にマハに向いた。
「あ、あはは。みんな目が怖いよ……」
引きつったようにマハは後退さると、一目散に逃げ出した。
「お待ち! マハ! 許さないよ!」
それから暫くの間、森に怒声と悲鳴が響いていた。
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