夜伽話の部屋へ
お人形たちの夜会
文:和田好弘
その少女は人形が大好きで、両親が本棚にとしつらえてくれた部屋の壁一面を覆う大きな棚には、人形がずらりとならんでいました。
ぬいぐるみや着せ替え人形など、それこそ統一性もなく、だが順番にかしこまって並べられていました。
そして、それはある夜、突然起こったのです。
いえ、気が付いたといったほうがいいのでしょうか?
夜中、その少女は突然、なんの前触れもなしに目が覚めました。
目が覚めたといっても、目は瞑ったまま。
別に金縛りにあっているというわけではありません。
ただ、緊張していたのです。
なぜなら、誰かの話し声が聞こえたから。
部屋の中で、確実に。
なに――?
わずかな恐怖心を胸に、彼女は首を少しだけそっと傾け、声のする方を薄目を開けて見ました。
そしてそこに彼女が見たものは――
棚の上で輪になるように集まっている人形達。
少女は目を疑いました。
人形達はいつも棚に、行儀良く並べられているハズなのです。どうして一箇所に?
そして、その小さな耳に聞こえてくる話し声は、まさしくそこから発せられていたものでした。
それは、人形達の声。
人形達は、同じ言葉を繰り返し、繰り返し云っていたのです。
「カオ ヲ ツブシテ シマエ」
「クビ ヲ キリ オトシテ シマエ」
少女はその言葉に怖気づき、ぎゅっと目をつぶりました。
嘘。
なんで。
夢。
夢よ。
こんなこと――
こんなこと、あるわけないもん!
そう思っているうちに、いつしか少女はまた眠りに落ちていきました。
――翌朝。
彼女が目を覚ますと、まっさきに棚を見ました。
そこにはいつも通り、行儀良く並んだ人形達。
だれも動かしたような後はなく、確かに自分が並べた通り。
人形のひとつを手に取って、じっくりと見つめました。
どこにもおかしなところはありません。
やっぱり夢だったんだ。
でも……ヤな夢だったなぁ。
少女は人形を棚に戻すと、学校へ行く準備を整えてランドセルを持つと、部屋からでていきました。
いつものように、学校へ通うために。
それからしばらくがたって、彼女はもうすっかりあの夜のことを忘れてしまいました。
数日の間は、すこしばかり夜が怖くて、なかなか寝付けない日が続いてはいましたが、いつのまにかあの記憶は薄れ、もうすっかりアレは単なる夢だと思っていたのです。
そして、いつものように夜がやってきます。
布団を敷いて、明かりを落し、布団にもぐりこみます。
枕もとの目覚し時計のスイッチを、ベルがなるようにきちんと切り替えて。
それからちゃんと姿勢を整えると、ちょうど薄暗いオレンジ色の二色ランプの灯った、吊り下げ式の電灯が真上に見えます。
四角い傘に覆われた、二本の丸い蛍光灯の中。二色ランプだけがくすんだ光を灯しているランプ。
少女はいつもの見慣れた天井の下、いつもの穏やかな眠りへと落ちていきました。
……。
……。
……。
そして数時間後。
真夜中。
突然少女は目が覚めました。
ぱっちりと。
まるで、直前まで眠っていたなどという様子など微塵もみせずに。
彼女は目をぱちくりとさせると、時計を見ました。
薄暗い明かりの下、針は1:40を指しています。
少女は再び寝ようと思いました。でも、なんだか口のなかが粘っこいような気がして気持ちが悪い。
夜中。
わけもなく怖く感じる家の中。
少女はこのまま眠るか、それとも口をゆすいで、気分をすっきりさせてから眠るか悩みました。
でも……どうしてもこのままじゃ眠れそうにありません。
そこで少女は仕方なく起き上がると――
がしゃぁぁんっ!
突然凄まじい音がすぐ背中で起こりました。
その音で、父親も母親も血相を変えて少女の部屋へと駆け込んできました。
そして明かりは――つきませんでした。
そう、あの電灯が落ちたのです。
少女の、枕の上に。
辺りには傘の折れた梁と、蛍光灯の破片が飛び散っていました。
もし、少女が身を起していなかったら、電灯は少女の顔面に直撃していたことでしょう。
おろおろと慌てた母親に抱きすくめながら、少女が思い出していたのは、あの晩のこと。
人形たちはいっていたのです。
「カオ ヲ ツブシテ シマエ」
そして今日、電灯は少女の顔めがけ落ちました。
こういった電灯が、そうそう落ちるものではないことは、少女も知っています。なにより、二色ランプの灯に落すとき、スイッチの紐を引っ張ったときには、落ちそうな雰囲気などまるでなかったのです。
電灯は落ちました。
でも、人形たちは、こうもいっていたのです。
これが、人形たちの仕業だとしたら、次は――
次は――
少女の頭の中では、あの晩の人形達の声がぐるぐると木霊しています。
「クビ ヲ キリ オトシテ シマエ」
これは、単なる偶然だったのでしょうか?
それとも――
「カオ ヲ ツブシテ シマエ」
「クビ ヲ キリ オトシテ シマエ」
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