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ももたろ〜

和田好弘


 昔々、或るところに、お爺さんとお婆さんが棲んでおりました。
 それはそれは仲の良い老夫婦でしたが、残念ながら子供には恵まれませんでした。
 それはある朝のこと。
 いつも通りお爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。
 お婆さんが洗濯に勢をだしていると、上流からドンブラコ、ドンブラコと大きな桃が流れて来ました。
 お婆さんはその大きな桃に思わず驚き、目を見開きましたが、すかさずその桃を川から引き上げました。
 歳の割には丈夫な足腰のお婆さんです。
 お婆さんは桃を担ぎ上げると、洗濯物も放っぽって家へと帰りました。
 もちろん、その大きな桃を食べる為です。
 どん。
「ふぅ……」
 お婆さんはちゃぶだいの上に桃を置くと、廚へ包丁をとりに行きました。
 ややあって、包丁片手に婆さん登場。
 ぶぉん! ちゃき〜ん!
 婆ぁ、包丁を右手で構えた。
 もちろん左手は、なぜだかそのでっけぇ桃に向けられている。
 ぐらぐらぐら。
 うぉ、なんだか桃が動いたぞ!
 だが婆さんは間髪入れずに包丁を振り降ろした。
 ぶんっ! ざむっ!
「ぎゃあっ!」
 包丁が桃に突き刺さるや、悲鳴が上がった。
 だが婆さんは耳が遠くて、その悲鳴は聞こえなかったのじゃ。
「堅い桃じゃて」
 ついでに目も悪かったのか、包丁にしたたる赤い液体にも気がつかなかった。
 そしてもう一度。
 ぐらぐらぐら。
 さすがに今度は桃が動いたことに気がついたが、婆ぁはおかまいなしに包丁を振り降ろしたのじゃった。
 ぶんっ! ざくぅっ!
「うぎゃぁっ!」
「な……なんかヤな感触がしたで……」
 そして今度ばかりは婆ぁにも聞こえたし……
 どっくどっくどっく(桃から吹き出す赤い血)。
 見えたのじゃった。
 桃はだんだんしぼんでいっての……
 やがて、桃の皮を張り付かせた人型のものだけが残ったのじゃ。
 そして婆ぁは、お爺さんが帰って来る前に、こっそりと川に桃を捨てに行きましたとさ。
「おっかねぇ」
 ぼちゃん!

めでたしめでたし。



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